第13話 いたずらな瞳

 古都、京都の街並みは眼前に広がっていた。空からの眺めは教科書で見たような碁盤状に整備された区画があらわになってみえた。鳥たちと並んで飛べる高さまで高度は下がっていた。ときおり鳥の真似をして人形が手足をばたつかせるので青年は目を回していた。


「人形ちゃん~、あの辺に降りようか」


 震える指先で示した場所は公園だった。京都駅から西に歩いて10分もしない地点である。人形のおかげで上空にいる二人は誰の目にも映っていなかった。念のため人に見つかりにくい、木々が立ち上っているところに降りようと思った。


「あちらの整地された場所ですの?」


「グラウンドの庭の方だね」


 青年の指示を確かめるように目線を公園へ青年へと動かした。近くを飛ぶと数人の人が見えた。人目につかない場所がないかキョロキョロしながら浮遊していた。


「……人形ちゃんあそこ。橋がかかってる場所にしよう。あのカップルが通り過ぎたらでいいかな、後ろには誰もいないし」


「かしこまりました。やまとさま。ごめんあそばせ」


 ゆっくりと橋に近づき体一人分の高さで足がつきそうになった時、人形は手を離した。青年は久しぶりの重力に引っ張られ体を固くし、短くうなり声を上げた。

 人形は素早く青年の正面へからだを向けた。脇の下から背後に手を回して受け止めた。2、3歩後ずさりしながら着地の衝撃をやわらげた。代わりに橋がギシリとゆれた。

 散歩に来ていた成人カップルの女性が頭だけを使ってとっさに振り返った。青年と目が合ったがみてはいけないものを見たと言わんばかりに肩をはねらせて彼氏に顔を向けた。うまく抱きとめてくれた体勢は抱擁ほうようそのものだった。それもとっさのことで強くきつくギュッとした熱いハグだった。

 カップルはニヤつきながら青年らの愛情表現について意見交換していた。抑えきれていない声が届き青年は耳まで赤くなった。


「ありがとう。人形ちゃんってさ、運動神経いいよね。ケガ一つなかったよ」


「ふふ。受け止めるのは得意ですのよ」


 抱きついたまま会話をしながら耳まで登ったものが冷めるのを待った。大きく胸を膨らませ人形から半歩からだを離した。人形は上目遣いで幼げな瞳をいたずらっぽく片方だけつむり笑ってみせた。おさまったはずの血潮は桃色に姿をかえてこめかみまで熱くした。青年はあたりを大げさに見渡し、気取られないように何か行動しようと考えた。

 

 木の赤と緑がおりなすコントラストが映える場所で持ち物を確認した。京都に降りるまで極寒の空にいたがバッグの中身はすべて無事だった。青年はふと空を見上げた。真上にある太陽を薄い雲がおおっていた。夢のようなことが立て続けにあり、脳が処理をしきれず軽い立ちくらみを起こした。左に小さく右に大きくゆれたところで人形が小走りで近づき支えになった。


「どこかお体が優れませんの?」


「いや、感動しすぎただけさ」


 青年は強くこぶしを握り、体力の心配はなさそうであることを確かめた。とはいえ精神的な休息は感じていた。ホテルのチェックインまで時間がどれほどあるのか。青年はスマホを取り出し、ついでに人形も旅の途中で落としていないか聞くことにした。


「人形ちゃん、スマホポケットにいれてたよね?ちゃんと入ってる?」


「えぇ。こちらに」


 青年は自身のスマホを握り手首を振りながら持っているかうながした。それをみた人形はスマホを両手で挟みながら胸の前に軽く突き出した。しっかり持っていますよと首をたおしてほほ笑んでいる。突き出されたスマホには通知が並んでいた。


「人形ちゃん……電話……たくさんきてるね」


「さようでございますか。……やまとさまほどでなければよろしいのですが」


 互いのスマホの画面で同僚女性から電話やメッセージが送られていることに気づいた。二人は目を引きつらせ唾をのみ、背中から汗が流れた。


「電話、かけなきゃね」


「賢明ですわ」


 穴が開くほどコールボタンをみながら押した。数回コール音が鳴り、快活でおっとりとしたお姉さんの声が聞こえた。


「もしもし!」


「あ、もしもしお疲れさまですやまとです」


「なにがあったの?無事なの?あなたたちでたらめな場所にいたみたいだけどこれ京都で合ってるんだよね?」


 同僚女性はところどころで舌が回りきらなくなりながら質問を浴びせた。ざっくりと起きたことを話し、これからホテルに向かうことを伝えた。そのあいだ人形は忍び足で近づき、スマホのスピーカー口の近くで聞き耳を立てていた。


「わかったわ、詳しいことはホテルで話しましょう。人形ちゃん!分かった!?」


「はい!!」


 人形は背筋を伸ばし体育会系ばりの返事をした。同僚女性は声色を撫でるようにして『ではまた~』と言って電話を切った。まだ休めそうにないことを知った青年は再び空をあおいだ。

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