第9話 美来様。ごきげんよう!
「はいこれ、人形ちゃんが言ってた黒色のスマートフォンですよぉ」
「へぇ~、スマホも使えるんだ」
渡された法人用スマホは既に初期設定が完了していた。追加されたアプリケーションはLINEのみだった。
「ありがとう。ご連絡先はもう登録されていらっしゃるのかしら?」
「電話帳の方にはね、多分lineの方にも名前が挙がってると思うよ」
同僚女性は『いつでも連絡が取れるね』と言いながら人形の手をつないで上下に揺らした。人形の方も女の子同士が共鳴するときに見せる笑いをしていた。
「さて、それじゃあ、そろそろ時間だね」
同僚女性は落ち着いた雰囲気でそういった。スマホがあればいつでも連絡できるという安心感がそうさせた。
駅まで送るよといい、同僚女性は部屋を出ていった。青年は用意していたショルダーバッグをかけた。中にはパソコンや財布など旅に必要なものと仕事でいるものが入っている。人形はドレスポケットにスマホを入れ、少しだけごわつくのを気にした。青年に続き人形ちゃんが最後に部屋を出た。ドアを閉める際、部屋を見渡した。置かれた三つのティーカップ、自分の名前が書かれたホワイトボード。正面ガラスに映った人形。人形は見たものすべてに愛を感じた。
エントランスホールに移動するまで人形は次のことを青年に聞いた。
「恐れ入ります、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「んぁ?うん、いいよ」
「京都までは幾分離れていますの?」
「新幹線で二時間ほどかな」
「いえ、空間的に、という意味ですの」
「空間的に?それなら……ちょっと待ってね」
青年はポケットからスマホを取り出し地図を開いた。
「こんなもんかな、地理とかも気になるの?」
「はい、それはもう」
人形はそういうと軽く笑って見せた。もらったばかりのスマホを開いて器用に文字を打ち込み始めた。その様子を見た青年は急に人形のことが日常の一部に感じた。それほど普通にスマホを使っていた。
エントランスホールにつくと旅の門出にふさわしい陽の光がガラスから入り込んでいた。それは空気中のちりをあらわにするほど透明だった。
「素晴らしい天気だね!二人とも。私もついていきたかったなぁ」
「ふふ。遅くならないうちにまたお目にかかりますの」
玄関のガラス扉をあけながら会話をし、同僚女性を先頭に外へでた。一週間前、人形と初めて出会った場所に三人はいた。
「車取ってくるから二人はここで待っててねぇ」
「……その必要はありませんわ」
「え?」
4,5歩すすんだ場所にいた同僚女性はなぜ?と状況がつかめなかった。人形の近くにいた青年もまた訳が分からず左手にいる少女をみつめた。人形は青年の右手を引きながら目の前の環状路をゆっくり歩いた。
人形から強い力で連れていかれた青年は体重10キロのどこから力が出てきたのか、と思うほどに意外で抵抗ができないものだった。
「ありがとう。美来様。あちらに着いたらご連絡申し上げるわ」
美来とは同僚女性の名前で本名は杉田美来という。目線は同僚女性に送りながら環状路の中心にある土が盛られた高地を登っていった。丈が短い植物が生えているその地を進み、すぐに一番高いところまできた。
「なに?!どうしたの人形ちゃん?」
「おい?!ここ登るところじゃないぞ、人形ちゃん」
同僚女性は何をしたいのか口早にうながした。青年は何か面白いことでもするのかとでも考えていた。
「とりあえずさ、何するかだけ教えてくれない?」
青年は立ち止まっていった。いったん手を離させようと左手を人形に伸ばした。人形は伸ばされた手を両手で素早くからめとり、豊満な体を青年の左半身に押し付けた。
「それでは美来様。ごきげんよう!」
そこからの出来事は到底信じられないものだった。人形の掛け声とともにどこからともなく淡い黒色の球体が彼女と近くにいた青年を包んだ。それはちょうど人形らが立っていた高地を包むほどの大きさであった。
赤黒い閃光がチリチリと音を出し球体を走りはじめた。瞬間、激しい音とともに強烈な光を放った。同僚女性はそのすさまじさに思わず叫び声をあげた。
あまりのまぶしさに目を開いていられなかった。音が鳴りやみ、目を開けると、とっさに顔をふさいだ腕が見えた。脳が統制力をなくしたかのように、息をしてもしたりない感覚を味わった。荒い呼吸を抑えながらゆっくり腕を下ろした。
人形と青年だけがおらず、足元の植物たちは気持ちよく伸びていた。
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