大空の京都から

第7話 いざ京都へ

「それでは、行きますか」


「はい」


 青年と人形ちゃんは立ち上がり履物をはき部屋を出た。ISEを出て京都に向かう前に六階の会議室で同僚女性と合流する予定になっていた。二人は無言で廊下を歩き、建物中央にある階段を使ってのぼった。

 青年の黒の革靴とそして人形のくすんだ茶色のブーツとが鳴らす音。静かな廊下に2つの音がこだましていた。二人の無言は付き合いたての若いカップルを連想させた。また二人の顔からは余裕のある大人の付き合いとでもいうべき和やかさがあった。


 青年は会議室のドアを開け人形を先に行かせた。人形が青年の横を通るとさわやかな柑橘かんきつ系の香りがした。なぜ今まで気づかなかったのかと思うほどそれは青年に色濃く残るものだった。植物の葉から生命を分けてもらい流れ落ちる水滴のみずみずしさを思い描いた。


「おっ!来ましたねぇ。どうぞ人形ちゃん、ここに座って!……あの~どうかしましたか?」


 青年は人形の残した香りにからめとられて立ち尽くしていた。会議室では同僚女性が待ってましたと両手を広げて歓迎してたが、青年はそれにも気づかなかった様子で同僚女性が駆け寄ってきた。


「すまない、旅行が楽しみでね、寝不足かな?」


 そういいながらも青年はかすかに残るみずみずしさを捉えていた。


「小学生みたいですねぇ、でもわかります。誰だって人形ちゃんといたいですよ」


「すまない、オンラインで状況は伝えるから」


 同僚女性はうらやましそうに青年と人形をみた。同僚女性は席につき、一週間前と同じように人形と向かい合った。

 青年は新しく用意した収納ボックス付きのテーブルまで歩いて行った。正面窓の右下にあるテーブルの上には白の電気ポットと少し膨れている直径1メートル程の布が置いてあった。青年が布を取り払うと全体的に白く金で縁取られたティーカップと白いティーポットがでてきた。収納ボックスからは紅茶のイラストが描かれた缶を取り出し、紅茶を作り始めた。

 青年は三人分の紅茶を白のトレイに乗せ、軽い一礼をしながら配っていった。ようやく青年も席についた。


「いただいてもよろしくて?」


「どうぞ、あなたのための紅茶です」


 人形と青年は笑いながら言葉を交わした。同僚女性は二人の距離が縮まっているのを感じた。内心、部屋で何をしてきたのだろうと勘ぐってしまうがおそらくほほえましいことがあったのだろうと推察した。


 人形は目をつむりながら紅茶を飲んだ。ふさふさの長いまつげに切りそろえた銀の前髪とが絵にかいたような美しさを表現していた。


「すてきなお紅茶ですわ。ありがとう。」


 静かにカップを戻し、目を伏せたまま微笑んでいた。青年と同僚女性はことの進展を喜んでいた。


「どういたしまして」


 青年らも紅茶を飲んだ。特別に上品な紅茶ではないが今まで飲んだどの紅茶よりも記憶に残る味だった。


「それじゃ、旅のしおりを発表します!」


 同僚女性はそばに置いてあった長方形の大きめのカバンからパソコンを取り出した。開いた画面にはページの枠がピンク色に編集されたワードソフト。青年と人形は画面の『世界遺産ツアーIN京都』とでかでか記された項目をみた。


「本日から一週間の間、お二人は京都の文化財を見にいってもらいます!」


 相変わらず演説するときはにぎやかだなと青年は親しみを込めて笑った。向かいでパチッパチッと音がした。人形がにっこり笑いながら胸の高さで拍手をしていた。


「お!人形ちゃん~嬉しそうだねぇ」


「えぇ。それはもう」


「よおし!!!それじゃあ次のスライド行ってみよ~!」


「お~!」


 人形と同僚女性は右手のこぶしを天井につきだし互いの士気を高めていった。


「お、おぉ!?」


 青年も遅れて声を弾ませながらこぶしを突き立てた。人形の案外ノリがいい快活な一面は実に女の子らしかった。

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