第2話 人形ちゃんは何者?
「やあ、こんにちは。準備はいいかい?」
「…………」
青年は最後の支度として人形の具合を確かめに来ていた。人形から返答はない。こうして会うのは二回目であり、最初にあったのは一週間前だった。
◆
一週間前、青年はISEでパリから送られてくるという人形の調査結果を見ていた。人形が今日到着するということで今までの研究成果を復習しておこうと思ったのだ。
「人形は話せるには話せるが、なぜか日本語しか話さない。フランス語や英語で質問すると対応した答えは返ってくる。日本語で……だそうよ」
同僚女性はデスクトップの画面に英語で書かれた文章をなぞりながら青年に教えてくれた。青年は英語の読み書きが苦手であった。PDFファイルの見出しには「人形の基本情報:経過観察の記録」と題してあった。
ファイルの概要は以下のようなものが書かれていた。
人形の基本情報:経過観察の記録
人形の基本情報
・年齢不詳。見た目年齢15歳。体重10キロ(衣装込み)。身長160cm。
・フランス人形のような顔立ち。
・出るところは出て締まるところは締まったボディーライン。
・どの言葉も通じるようだが日本語でしか返答しない。
・球体関節人形。素材不明。きわめて皮膚に近い素材が使用されている。
・骨、だいたいの臓器に至るまで形も場所も完璧に配置されている。しかし、生体的に機能していない。これら骨、臓器の素材不明。
・にもかかわらず声がでる(物理的に声帯、肺は機能していない。原理不明)。
経過観察の記録
・突如としてユネスコ本部に訪問してきた。世界遺産を見に行きたいと主張するその者は一見、大変美しい少女であったが手の関節が継ぎはぎになってた。受付していた女性職員はそれに気づくと短く叫びその場にいた職員が急遽集まった。
・精密な検査のためドレスを脱いでもらうよう要求するが拒否(主にこれが原因で人形の研究が進まない)。
・妙に礼儀正しい、あるいは方言交じりの日本語を話す。
例1「フランスの紳士がレディに服を脱げとおっしゃるなんて、ありえませんわ。き っとあなた方は悪魔なんだわ」
例2「わたくしは世界遺産を巡りになるため星からやってきましてよ」
例3「何度も言わすのがお好きなようですわね、わたくしは人形ですの」etc……。
・どうにもならなそうなので生態観察に移行。
・人形を本部で保護下に置き監視モニターで24時間行動を監視。
・食事はしないが睡眠はする模様。性欲不明。睡眠以外の生理現象は確認されず。
・服の上からレントゲン撮影を決行。人形は訝しげだったが撮影は成功。ボタンやブラジャーのホックなど異物も映っているが骨と、ある程度の臓器の形が確認できた。
・多趣味であることが判明。星から生まれたものなら何でもたしなむそうだ。本を一冊よこしたら
「こちらは読み終わりましたわ。他にもまだまだ本はあるのでしょう?よこしやす」
と言われた。はじめの言動から思っていたことだが、図々しい人形だ。
「何度見ても……これが研究成果か?全く進んでないようだが」
ISEが建てられるまでおよそ一年、パリで行われた研究の進捗具合に青年は目を細めた。
「どうもあちらの職員は人形を不気味がっているようでねぇ、気味悪がってアプローチできずにいるみたいよ」
同僚女性は椅子に座ったまま背伸びをしながらいった。黒のパンツスーツに白シャツ。毛先がカールしたボリュームのある茶髪を後ろで結んでいる。青年と並んでみると背丈が一緒であり、女性の中に混じるとそのルックスは目を見張るものがあった。
「写真で見た感じはかわいい女の子って感じだけどね、会えるのが楽しみだわぁ」
「そうだな、しゃべるお嬢様人形なんて、歴史的に見ても初めてさ。僕も楽しみだよ」
同僚女性と青年は幼いころだれでも持っている好奇心を残している人間だった。青年は時間を確認し、そろそろかと思った。ISEのエントランスホールまで移動し、玄関ガラスから差し込む陽に無償の感謝をした。これから出会う不思議な存在と、長い歴史から見ても特異な現象に立ち会える機会とを太陽に感謝した。
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