魂源と神格の遺産巡礼

ドンカラス

美少女人形ちゃんは話せます

第1話 青年と人形ちゃん

 1955年、一人の男がいた。

「この川が人類の文明を成長させてくださった」

 信仰の深そうな澄んだ黒い瞳を持つ男は偉大な大地にながれる尊い川を見つめていた。


「ここで根付いた文明が、また文明により崩れようとしている」

 白色のトーブを乾いた熱風がなびかせる。生まれてからずっと中東の日差しを浴びてきたのがよくわかる日焼けした肌に、面立ちがはっきりした顔を対岸に向けた。


「お願いします。どうか人類の歴史を……魂源が未来永劫、語り継がれますように」

 男は対岸に見える建造物に祈った。それは遥か昔の権力者が建てたものだった。悠久の時が過ぎた現在とたしかに存在した過去の文明。この遺跡には時間を超越した超自然的空気感があった。



 


 新元号「令和」に改元されてから数年、日本の首都圏の山々は赤みを帯びていた。新たな芽をはぐくむために枝がポトリと落ちていく季節。閑静な住宅街に奇抜な建物があった。上空からみると人の字に似た形をしている。白を基調とした外観で窓ガラスが隙間なく埋め尽くされている。八階建てのその建物は国際教育科学文化機関ユネスコが運営する「ユネスコ道徳教育研究所Institute for Spiritual Education(以降ISE)」であった。


 青年はISEの廊下を歩いていた。スーツ姿に白い半そでのワイシャツ。気の優しそうな童顔で眉にも耳にもかからない髪型は落ち着いた印象がある。今日中に身支度を整えて京都に出張するため最後の支度を済ませるところだった。廊下の内装はここも白色をふんだんに使い病院を思わせるような色合いをしている。これほど清潔にしなくてもは汚れはしないだろうと青年は思った。


 五階の南東方向に延びる棟の中ほどに目的の部屋があった。ドアの表札には「人形ちゃん」と記してある。青年はドアノブを握り口元にかすかな笑みを浮かべながらドアを開けた。


 人形ちゃんの部屋は入って正面に窓ガラスがあり、そのすぐ下に書斎を構えていた。部屋の左右は本棚が天井の高さまであり床は黒茶色のじゅうたんが敷かれていた。一人かけ椅子が一台設置され、等身大の人形が座っていた。その他に物はなく全体的に暗い茶色で統一された部屋だった。


 ひときわ目立っていたのはやはり人形だった。体は青年のほうを向いており、椅子で眠っているような態勢で置かれてあった。肩口からひざ下の中ほどまで伸びた黒いドレスに、頭から肩ほどまである黒いベールを下ろしている。少し青みがかった銀髪は前髪が切りそろえられこめかみの部分からは顎下まで伸びていた。サイドの髪が顔を隠していて表情は分からない。遠目からみると人間に見えるが、足をそろえた太ももの上にそえてある指、そこから伸びた手首、肘の関節が継ぎはぎになっている。きれいな白い肌にその継ぎはぎはなぜか不安な気持ちにさせた。


 青年は靴を脱ぎ部屋に入っていった。最後の支度を済ませるためだ。うなだれるように頭を下ろしている人形。青年はゆっくり近づいた。手が届く距離まで近づくと人形は首を滑らかに動かし、顔を上げた。女性の顔をした人形だった。端正な顔立ちにくりくりとした可愛らしいつぶらな瞳。白い肌と人形らしい無表情。妙に愛らしく、それでいて神秘的な雰囲気を持っていた。


 青年と人形は目が合った。人形の瞳からは何を考えているかわからなかったが、青年の瞳からは好奇心の色がうかがえた。


 「ごきげんよう」

 人形は青年にあいさつをした。

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