第8話「統計調査です!!!!!」

 昼寝を終え、HHOM(Happy Holiday Oha Morning)を迎えた私は、今日の晩酌用の酎ハイとつまみの浅漬けを買おうと、部屋の外に出た。


 「えっ…!?」


 すると、私の部屋の前に、見知らぬ女の子が一人で立っていた。私を見るなり、まるでバケモノにでも出くわしたかのような青ざめた顔で硬直している。どうしたのだろう。誰も居ないと思っていたのだろうか。


 「…あの、ここ、私の部屋ですけど、何か用ですか?」


 もしかしたら新人の空き巣かもしれないと思い、私は少し警戒気味に声を掛ける。外出用の服に着替えておいて良かった。単眼小僧ミニマミオンのTシャツ姿を見られたら、生かしてはおけないところだった。命拾いしたな。


 「あ!?あ、あぁ、いえ!あの、美味しい者…、じゃなかった、怪しい者では無くてですね!!」


 お?怪しいぞ?


 「…美味しい者でも怪しい者でもなくて、何なんですか?」

 事の次第によっては警察に通報しようとも思ったのだが、そんな事をすれば奴らきっと頼んでもいないのにこのアパートが警邏対象にしてウロつくに決まっている。そうなったら私のパラディソス計画は台無しだ。この地に国家権力の入る余地は無い。

 目の前の女の子は「あーいや、だから、そのー…」と、歯切れの悪い返答を繰り返している。なんだなんだ、一層怪しさが増しているぞ。お?食ってやろうか?お?


 「あ!あの、こ、このアパートには一人でお住まいなのですか!?他の入居者とか、いないんですかね!?」

 図々しい奴だな。空き巣かもしれない奴にそんなこと教えるわけないだろうに。お?食ってやろうか?お?

 「なんでそんなこと教えなきゃ…はっ!もしかして…」

 私は嫌な予感が過ぎる。この女の子、まさか。

 私がジッと見つめると、女の子ははわ、はわわわわ…と、絵に描いたような狼狽を見せる。やっぱり!


 「もしかしてあなた、このアパートに住むことを検討しているんですか…!?」


 私がそう詰め寄ると、彼女は

 「いえいえいえいえいえいえいえいえいえいえ滅相も無い絶対住まないですこんなアパートそれは無い無い絶対無いです笹田さん大丈夫です間に合ってます無理無理無理無理ありがとうございます!!」

 と、ちぎれそうな程に首を振って(多分一瞬ちぎれてた)、喧嘩売ってんのかと思うくらい否定した。「お?食ってやろうか?お?」

 「ひ、ひぃぃ…!!」

 おっと、つい口に出してしまった。私はわざとらしく咳払いをして完璧に誤魔化した。「…え?…て言うかなんで私の名前知ってるん」



 「統計調査です!!!!!」



 「………!」

 もの凄い剣幕で言い切られ、私は一瞬言葉に詰まった。

 「統計、調査…?」

 「は、はは、はい!あたしは市役所から委嘱を受けた調査員でこの辺り一帯の担当なんですだから笹田さんの名前も名簿を見て知っていたんです今回の調査は各家を回ってお話を伺う聞き取り方式でして頻度とか時間帯とか不定期らしいんですよねそれで事前にこの辺りの人達の日中いらっしゃる時間帯とか確認しておきたいなと思っていやぁあたし真面目なものですからそれでちょっと不審者だと思われるのは承知でうろついていたところ笹田さんとバッタリ遭遇したという訳です本当に偶然ですねあたしもビックリしてしまってちょっと頭がフリーズしてましたすみません不審でしたよね分かりますでもそれも重々承知でここまで来たんですつまり逆説的に考えると不審に思われるのも承知ということはあたし元々は不審ではないと言えますよねつまり怪しい所なんて何もございませんこのアパートに住む気も全然ありませんから安心してください命だけは見逃してくださいとりあえず今日の所はこれで失礼しますけれどもすみません国の!制度に!基づいて!仕方なく!調査しなければならないので何度かこちらに伺う事になると思いますもし良ければ笹田さんの日中いらっしゃる時間といらっしゃらない時間があれば教えて貰えませんか!!!!」


 「……………………」


 後半酸欠気味で顔面真っ青だったけど、成程、統計調査ね…。腕章も道具も無いけれど、事前に視察に来たというのであれば、まあ、そう見えなくもない…。

 「…なんだ、そうだったんですか。今回は家計統計ですか?住宅・土地統計ですか?」

 私がそう聞くと、彼女は疑いが晴れて安心したのか、スライムみたいにその場でへたりこんで「え、えっと…(もごもご)調査です…」と、まるで何かを誤魔化すかの様に呟いた。よく聞き取れなかったけれど、なんかそんな調査があるのだろう。

 しかし、随分と上がり症な女の子らしい。私のような真人間を前にしてこれなら、他の世帯への訪問では話にならないのではと心配になる。


 「あなた学生?名前は?」

 私がそう聞くと、女の子は「大学1年、内海雪乃です…」と答えた。答えた後にしまったという顔をしていた様な気もする。


 「内海さんね、私笹田って言うんですけど…あ、もう知ってるのか。私、平日はいつも朝8時から夜9時くらいまで仕事で不在ですから、早く帰れそうな日は連絡するんで、その時調査をお願いしても良いです?」

 そう提案すると、内海さんは顔を輝かせて、「良いんですか!はい!是非!!」と、立ち上がり、すぐさま連絡先を交換した。交換した後にまたしまったという顔をしていたような気もする。もしかしたら真顔がしまった顔なのかもしれない。

 「夜遅くには来ないでくださいね、何が起こるか分かりませんから」

 若い女性が夜に一人歩きするのは危険すぎる。脅かすつもりは無いが、彼女の身を案じて、あまり怖がらせないように微笑みながらそう告げる。


 しかし、内海さんは相当な怖がりなのか、一気に顔から血の気が引き、ガクガクと震えだした。そして、

 「はははいっ、でも不定期で調査なんで、ば、バッタリ遭遇しても許してくださいね…!で、ではっ!!」

 そう言うや否や、生まれたての小鹿のような足取りで、アパートから去っていった。



 ふぅ…、人生の先輩ってのも、大変だぜ☆

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滝上荘202号室にはバケモノが住んでいる 44 @Ghostshishi

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