11


 「ズーハンさん…ですか?」


 「ああ、子涵は…」


 〝ドオオォォォ…!〟


 私はディーヴァの隣に立ち、昔の恋人について語ろうとしたが、頭上高くで積もっていた暗雲から、雷の音が鳴りだした。

 「少し、雨宿りしようか」

 雷雲の下で傘を差すことは躊躇われたので、私は携帯電話でタクシーを呼び、近くの古びたマンションの入口でディーバと共に雨を凌ぐ事にした。

 

 「濡れても故障しないのかい?」

 私が冗談交じりに彼女にそう聞くと、彼女は「砲弾の雨に降られても平気ですよ」と、少し自嘲的に笑った。少々心無い言葉を掛けてしまったかと後悔したが、そう考えるとまた、昨日の考えが頭を過ぎる。


 彼女には、〝心〟があるのだろうか。


 少しの時間だが、彼女と共に過ごして分かった。その答えはきっと、Yesだ。


 今までのディーヴァの挙動を振り返ると、コミュニケーションにおける表情の変化や、ルシアというアンドロイドに対する恋慕など。これらの言動原理は、恐らくプログラムによるパターン応答などではなく、もっと複雑な〝心〟に基づくものなのだろう。

 だが、人工的に統制された心なのだとすれば、つまりは、今のディーヴァの状態が、未来人類にとって完成した究極の〝心〟であると言うのか。

 とてもじゃないが、そうは思えない。

 私が見る限り、彼女は不確定な事態に狼狽し、私の顔色についても伺いかねている。外見の年齢は10代後半程に見えるが、その年代の少女と同様に、心も未だ不安定のようだ。

 つまり、彼女の心は、本人の経験や学習で、その在り方を変質させながら、確立されていくのだろう。むしろそれこそが、未完成の心が、外的要因に晒され、一つの存在として個性を獲得する事が、未来人類にとって究極の〝心〟だと、定義されているのかもしれない。


 砲弾の雨にも耐えるボディと、未完成の心。

 アンバランスにも程がある。


 しかし、その心の有様はまるで…。


 「まるで私達と同じだな…」


 「え…?」

 私が思考を止めて呟くと、ディーヴァは私に唖然とした顔を向けた。


 「ズーミンさん…砲弾が効かないんですか?あたし、流石に砲弾が平気なのは嘘なんですけど!?」

 「嘘なのかよ!」


 その時、一際大きな雷が目の前に落ちた。弱くて未完成な私達は、二人揃って竦み上がり、すぐに笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

呪縛 44 @Ghostshishi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ