第38話 おまけ・尚哉が打撃系を禁止されてる本当のわけ

 これは本編に直接は関わらない、過去にあった一幕。


 尚哉の両親は変わっていて、母は古武術の家系──主に剣術と徒手空拳の打撃系を継承し、父は父で合気や柔術の類を専門としていた。


 双方ともに武技と精神修養をおさめている、完全なる武闘派の家系である。


 そんな家に生まれついてしまった尚哉は完全なるサラブレッド。

 もしや、両家の才能を受け継いだ秀才が誕生するのではないかと、期待もされていた。


 が、問題が発覚したのは母が庭で鍛錬を──いわゆる、剣術の型を木刀で行っている時だった。


「母さん、なにやってるの?」


「尚哉。居間で父さんとテレビ見てたんじゃなかったの?」


「うん……でも、途中で母さんがいないから気になって、なんか、庭の方から物音が聞こえたから」


「そっか、それで来ちゃったんだ。母さんはね、稽古をしてたんだよ」


「稽古……?」


「うーん……尚哉がもうちょっと大きくなったら詳しく教えるんだけどねぇ。えっとね、もし悪いやつが襲ってきても大丈夫なように、イメージしながら剣を振ってるの」


「ふーん……?」


「やっぱりまだ分からないよねえ? 心を鍛えるのもあるんだけど……世の中ってね、良い人ばかりじゃなくて、中には悪い人もいるんだよ。そういう時はね、大事な人も自分も守らなきゃいけない。そのためって言えばわかるかな?」


「それ、悪者をやっつけるってこと?」


 幼いながらも、うろ覚えである勧善懲悪かんぜんちょうあくの時代劇を想像して答える尚哉。


「そうそう! やっぱり、尚哉は賢いね」


「ん。でも、見えない敵と戦って意味があるの?」


 純粋かつ幼い答えに、母は微笑ましい気持ちで言葉を返す。


「こういうのはね、練習しておかないと本番で思うように動けないものなの。だから、普段からこうやってないと、いざって時にね、悪者に逆にやっつけられちゃうかもしれない」


「……それ、自分がやられる前に悪者を倒せばいいんじゃないの?」


「そうだね。そのために悪者がどうくるかイメージ──考えながら動いてるって言えばわかる?」


「大体は……分からないこともあるけど」


「まだ、分からなくっていいから、分からない理由、母さんに教えてくれる?」


「んー……なんて言えば……どうせ相手が来るなら、相手より早くやっつければいいんじゃない?」


「……? どういうこと?」


「言うの、難しい……わざわざどう来るか思わなくても、こっちが先にその棒を当てれば勝ちなんじゃないのかなって」


 実に単純な発想だ。理屈はわからないでもないが、そんな甘い世の中なら流派など存在しない。

 早熟なようだが我が子も相応に幼いのだと、母は苦笑しながら教える。


「そこはいずれ教えてあげるね。じゃあ尚哉は、どうすれば先に棒を当てられると思うの?」


 しかし、否定するだけが教育方針ではないため、一応本人の意見を尊重するように促す。


「例えば……そこに木があるし、それに向かってもっと速く振れるようにするとか?」


「ああ……そういう練習もあるにはあるんだけどね、素振りや巻藁を──って言っても分からないか。小さい木で大きい木に当てると、手がね、ジーンってしちゃうんだよ」


「そう言われれば……じゃあ、木から落ちてくる葉っぱは? 悪者と一緒で動くし、ちょうどいいんじゃない?」


「ふふ、達人みたいなことを言うんだね、尚哉は。これは……そうだ、母さんが小さい頃に振ってた子ども用の木刀があるし、試しに振ってみる?」


「うん、面白そうだからやってみたい」


 まあ、身を持って知れば分かるだろう。

 母は子に対し、自分が思った通りにならない現実を見せることによって、息子の今後の成長を期待することにした。


 そして、実際に木刀を持たせ、指導とは到底言えない──例えは悪いが、チャンバラで遊ばせるくらいの気持ちで気軽に言う。


「ほらこれ。それじゃあ、尚哉の思うようにやってみなさい?」


「うん」


 そして──





「──ッ!?」


 彼は難なく、あたかも人が生まれつき呼吸が出来るかのような自然さで、平然と葉っぱを叩き落した。


「あれ、これじゃダメか。遅いし弱そう。こんなんじゃ悪者、倒れないね?」


「え……?」


 そう言って、彼は次に教えられてもいない突きを繰り出した。


 突き抜けこそしないが、それは葉っぱに命中する。


「これもダメだね? あは、やっぱ母さんみたいにキレイにはできないなあ」


「な、尚哉? それ今の、どうやって当てたの?」


「……? どうって、普通に。そんな、難しいこと考えてないよ」


「えっっ!? ……それ、もう一回できる?」


 信じがたい光景を前に、思わずそんなことを提案する。


「いいけど……こんなのじゃ何回やっても悪者、死なないよ?」



「死!?」



 そう言いながら、尚哉は自然に木刀を振り続ける。

 彼が木刀を振るうたび、葉っぱは叩き落され、突かれ、薙ぎ払われる。


 その狙いが一度たりとも外れることはなく。

 しまいには、その剣筋は段々と洗練され、より無駄なく──風切り音すら変わってくる。


「そろそろいい? やっぱこれだと、テレビみたいに殺すのは無理だよ。さっきはああ言ってみたけど、悪者は葉っぱみたいに弱くないし。あれって簡単そうだけど、凄いんだね」


 その発言を聞いて、母は初めて我が子がサラブレッドですらない……化物なのだと認識した。


「……尚哉は、その、悪者が来たらテレビみたいに相手を殺──やっつけちゃうの?」


 そして、次にその倫理観を心配した。

 力をつけた末──精神の鍛練をおこたって人格が曲がりでもしたら……シャレにもならないと思い。


「? そりゃ殺すよ。テレビでも、そうしてるでしょ。そうしないと、自分や大事な人が死ぬんでしょ?」


「…………これは、モラルを叩き込む方が先ね。そっちはあの人の方が適任かな……」


 そうは言うも、我が子の才能に期待する気持ちも、好奇心もある。


 次に拳で同じことをできるか試すが──彼は首をかしげながら、木刀の時と同様に葉っぱを打ち、最後には事もなげに素手で掴んでさえ見せた。


「……こんなのより、父さんが普段からしてくるやつの方が強いんじゃない?」


 武術こそまだ教え始めていないが、父は普段から教育兼スキンシップ──遊びの一環として尚哉に関節技をかけている。


 その時は歳相応に、力が弱いこともあるが──特別な才能を発揮することもなく、父にいいようにめられていた。


 そして、彼は悟った。


 悪者をやっつけるのに一番いいのはコレだと。

 父のやっているモノこそが最高に強いのだと。


『とりあえず、八坂流古武術を尚哉に教えるのは倫理観が十分に育ってからにしよう。今の純粋な息子に凶器を与えるのは危ない』


 両親はそういう結論に達し、当初、父が悪ふざけで考案した【紳士道】を彼に叩きこんだ。


 ひとまず打撃系および剣術系を禁止し、その成長に期待しながら才能が芽吹くときを待つ。



 だが。



「ね、ねえ尚哉。そろそろ、母さんのやってる技とか、興味ない?」


「……? なに言ってるの? いつも父さんも母さんも、『打撃系は禁止だ』って言ってるじゃん。サブミッションこそ最強だし、父さんも『尚哉よ。打撃系は邪道だからな』って言ってるし」


 少年の思い込みはすでに修正不能な域に達していた。

 父が半ば言う冗談も、全てを真に受けたせいで。

 もはや剣も拳も、振るう気持ちは微塵も残っていない。


「ああぁ……育て方を間違った? いや、これはこれで精神が鍛えられてるし……でもせっかくの才能が……。うーん……良い子には育ってくれてるから──ま、いっか」


 葛藤するかと思いきや楽天的な答え。

 尚哉の思考は完全に母親譲りだった。

 時には紳士の父をもひるませるほどに。


 彼が【紳士道】とサブミッションに打ち込み、最初以降は母の技をほとんど目の当たりにしていないというのもあるが……。


 父が母に負けるのはフェミニスト兼、母に論破されるのも原因とし──八坂家で名実ともに最強なのは、婿養子の父ではなく母なのだということを、彼は未だに知らないのだった。


 ちなみに、後に父が尚哉に伝授する【萬絶ばんぜつ】も、本来は八坂流古武術の剣技で、サブミッションとは本来なんら関係もない技だったりする。


 せっかくだから名前だけでもという親心で、苦心の末にアレンジした技を父は息子に教えるのだった。教わった本人がどう思っているかは、当人以外には知りようもないが。


 そうして八坂家に空前絶後の化物が産声を上げることはなく、その少年は才能と引き換えに、彼にとって空前絶後の美少女をゲットした。


 本人は信念のみ彼女のために捨てたつもりだが、実は失っているのは一つだけではないのである。


 だが、恐らく現在の彼に改めてどちらを選ぶか選択肢を与えても……迷うことはない。

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再会した幼馴染が過去の誤解から土下座謝罪をしてきました。でも本人たちは昔も今も結局バカップルです。 鳳仙花 @syamonrs

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