第7話 オークと悪党と

 「なっ……!」


 オーク達は、騒然とした。


 『母なる樹』がこの泉の、天然のせきとなっている事は、一目で分かる。もし巨木が失われ、堰が決壊すれば、ほとんど崖に近い形状となっている山の斜面を、大量の水が流れ落ち――真下にある村は、無事では済まないだろう。


「馬鹿な! これほどに巨大な『母なる樹』を、破壊しようなど!」

「ハッタリだと思うか? 俺の加護剣アミュレットソードの威力は、たった今見せただろ? あれでも大分、手加減してやったんだぜ」


「……テレンスさん、なしてこがぁな事を!?」


 エイダンは声を張り上げる。

 テレンスがエイダンの方を見遣り、鼻先で笑い飛ばした。


「信用のため、って所だな。俺がもう一度冒険者として一儲けするには、信用が必要。信用には実績が必要だ。『青麦峠のオーク共を一人で蹴散らした英雄』……どうだい、信用を勝ち取るのに相応しい、華々しい実績じゃねえか?」


 暗闇の中で、また短剣の刃が閃いた。エイダンのすぐ傍の、小さな岩石が一つ、火花を散らして弾け飛ぶ。


「うわわっ」

「癒やし手! ……このッ、外道めが!」


 慌てて爆発を避けたエイダンに代わり、ディクスドゥがテレンスの方へ、一歩踏み込む。しかし、それ以上彼へと近づくのは難しい。『母なる樹』と村全体を、人質に取られたようなものだ。


「はっは! どうしたよ戦士長、さっさと決断しろ! 今、村に残ってるのは誰だ? 枯れ木の根から這い出してきたばかりの餓鬼がき共か? この崖を水が流れ落ちるのが先か、そいつらが逃げおおせるのが先か。面白い勝負になるかもしれねえぞ!」


 挑発を続けるテレンスに対して、ディクスドゥは歯噛みしたものの、すぐさま表情を切り替え、兵卒達に向き直る。


「皆、村に戻るぞ! グェンラーナと、村に残っている者らと、たくわえと家畜を、出来る限り連れて避難しろ! ……ノッバ、お前は癒やし手を逃がしてやれ!」


 空色の首飾りをつけたオーク達は、一斉に、吼えるような声で命令に応じた。

 目覚めかけてはいるが、まだ朦朧とした状態のグェンラーナを、手早く担架に乗せ、坂道を駆け下り始める。


「癒やし手! ほれ、もっぺんおらの肩に乗られま!」

「あっ、ちょい待って下さい、ノッバさん」


 ノッバに引っ張られかけたエイダンは、慌てて彼を制止し、テレンスの方を振り向いた。


 テレンスは、まだ古木の上に立っている。しかし、先程からちらちらと、峠の向こう側を気にしているように見えた。

 ……何かに焦っている。


「俺、テレンスさんが気になるんよ。世話せあないけん、先に避難しとって」

「何を言うがけ! ディクスドゥ様じきじきの命令ちゃ、お前を無事に山から降ろさな、俺も戻れんがいぜ!」

「ええと……ほんなら、一緒に。あそこの岩陰に隠れんさって下さい」


 エイダンは、急ぎノッバを岩陰に押し込んだ。

 オークの体格を鑑みると、やや無理のある隠れ場所である。ただ、テレンスは人間なのだから、エイダンと同程度にしか、暗闇の中の状況を把握出来ていないはずだ。


 エイダンとノッバ以外のオークは、皆村への道を戻っていく。とどろくような足音が、遠ざかっていった。


 それを見届けたテレンスは、誰も残っていないと判断したのか、古木の上から、泉の向こう岸へと降り立った。

 ランタンに火を灯して、彼は速足で歩き出す。


「アレ? 奴はどこへ行くんけ? 『母なる樹』を壊すつもりじゃ……」


 素っ頓狂な声を上げるノッバを、「しっ」と小声で諫めてから、エイダンは言葉を続ける。


「多分テレンスさん、『母なる樹』を壊すつもりは、最初からなかったんと違うかな」

「どういうこっちゃ?」

「それを、確かめてみようっちゅうんです」


 ひそひそと会話を交わし、エイダンとノッバは、先を行くランタンのか細い明かりを頼りに、小走りになってテレンスを追った。



   ◇



 木々の合間を縫ってしばらく走り続けると、不意に景色が開けた。峠の北側から続く、細い獣道が見下ろせる場所だ。


 崖の上に、テレンスが一人立っている。


「テレンスさん!」


 エイダンは、再び彼に呼びかけた。

 振り向いたテレンスは、驚きに硬直し、それから、しまった、とでも言いたげな苦い顔になる。


「お前、何でここにいる……! 早く行っちまえ、ろくな事になんねーぞ!」

「まだ、本当の所を聞いとらんですよ。なんでテレンスさんが、こがぁな事をしんさったか……」


 怒りに任せて飛びかかろうとするノッバを何とか抑えて、エイダンは続けた。


「オークの村と、グェンラーナさんが危ない。皆を、特に子供達や弱っとるオークを、急いで村から逃がさんといけんのですね?」


 テレンスへの威嚇を、ぴたりとやめたノッバが、「あん?」と呟き、困惑に頭を掻く。


「……だから、さっきからどういうこっちゃ、癒やし手!」


「テレンスさんは、オークの村の事をよう知っとりました。俺に『癒やし手』を示す首飾りをかけたんも、テレンスさんじゃろうし」


 身につけっぱなしになっていた、シャムロックの首飾りを、エイダンは手に取った。


 ――オークに対して、エイダンが治癒術士である事を知らせ、眠らせた上で誘拐させる。


 この時点で、彼は大分まどろっこしい手段に出ている。単にオーク達を峠から追い出したいだけなら、もっと簡単な方法が取れたはずだ。

 そこには何か、悪意以外からくる意図があるように思えた。


「村には今、他の癒やし手がおらん事も。ディクスドゥさんの事も、『母なる樹』の泉の事も、全部知っとんさった。誰か……凄く信頼出来る誰かに、村の話を聞いとったはずです。その相手は――グェンラーナさんですね?」


 テレンスは無言のまま、ますます顔をしかめ、不貞腐れたような表情になる。


「……グェンラーナ様に呪術をかけた敵が、テレンスっつう話じゃないんけ?」

「いんや、犯人は別におります。テレンスさんは、グェンラーナさんを助けようとしたんじゃね」


 ノッバの疑問に、エイダンはきっぱりと答える。


「なーん! こんテレンスは、ディクスドゥ様に無礼な態度を取りよったし、オークをコケにして、挙げ句、何も白状せんと逃げ出し……」

「お前らが、人の話を聞かねえからだろうが! 村に入ろうとしたら、いきなり殺されかけたんだぞ!」


 ノッバとテレンスの言い合いに、何故事態がこうもややこしくなってしまったのか、大体の理由を察して、エイダンは少々げんなりした。


「最初から、落ち着いて話しうたら良かったんに。俺にも、事前に全部相談しといてくれれば……」

「初めに言っただろ。時間がなかったんだ。オークの木偶頭でくあたま共と、腹割って話してやるだけの時間はな。それに俺にとっちゃ、お前みたいなお人好しは、騙して利用した方が手っ取り早いんだよ」

「……そがぁですか」


 お陰で、こちらまでオークに絞め上げられたのだ。エイダンは流石にむっとしたが、それこそ、今は文句を言っている暇がなさそうなので、こらえる事にする。


「もう、この際ええですよ。そんで……一体何が、村に迫っとるんですか? グェンラーナさんを攻撃したんは、誰です?」


 と、エイダンはテレンスの傍らに立ち、夜空の下を見回した。


「今、見えてきた。奴らだ。――気をつけな、向こうも夜目が利くぞ。伏せてろ」


 テレンスが、慎重に身を屈めつつ、北を指差す。

 闇の中で、いくつかの影がうごめき、こちらに近づいて来る。遠目にも、かなり大柄な影だと分かった。二本足で立ち、人型に近いが、人間ではない。――そして、オークでもない。


 オーク以上の巨躯きょくに、額から生える短い角。獅子のたてがみのような、白々しらじらとした髪。片手には、凍てついた投擲槍ジャベリンを握っている。


「ありゃあ、ひょっとして……」

「ノーザンオーガだ。北の不毛の大陸から渡ってきた、オークの天敵!」

「な、なぁっ!?」

「ノッバさん、静かに……!」


 狼狽うろたえるノッバを、エイダンが宥める。慌てて口元を拳で押さえ、ノッバはひそめた声で言った。


おるがいぜ!? 十体、いや、もっと……?」


 『でかいと』というのは、シリンガレーン北西部の方言で、『たくさん』という意味になる。

 確かに、エイダン達が身を伏せる崖の下には、今や十数体のノーザンオーガが集結していた。


 なるほど――と、驚くより先に、エイダンは一人納得する。グェンラーナの受けた氷の呪術。あれは、人外の生き物が使った魔術だったのだ。

 火を吹くドラゴンに、獲物を石化させる蛇。そういった高位の魔物モンスターが行使する、天賦の才、本能的な力だ。人間技に思えないという印象も、当然である。


 テレンスは怒りの眼差しで、ノーザンオーガを見据えている。


「北を荒らし回ってた、人喰い盗賊共の残党さ。北方は今、北の大陸からの魔物と、正規軍との戦場になってるだろ。それで、ああいう半端な連中は、逆に略奪がやりづらくなって、ここらまで南下して来た。シリンガレーン山脈を、オークや人間から奪い取るつもりでいるらしい」


「奪い取る……追い出す気ですか?」

「追い出す程度で済ますような、生易しい連中じゃねえ」


 さらりと返ってきたテレンスの答えに、エイダンとノッバは、顔を見合わせた。


「……グェンラーナは」


 と、テレンスは、この場で初めて彼女の名を呼んだ。その声音には、今までにない温度が篭められている。


「南下しつつあるノーザンオーガが、故郷の村を襲撃する計画を立てていると、偶然知ったんだ。彼女は、村に報せようとしたが……奴らに気づかれて追われ、あと一歩の所で、凍結の呪術を喰らっちまった」


 呪術の刃を突き立てられながら、グェンラーナはなおも、故郷へ急ごうとした。

 テレンスは彼女と共に、ノーザンオーガの追撃を振り切り、青麦峠まで辿り着いたが、そこでグェンラーナは、呪いにより完全に動けなくなってしまう。


 幸い二人は、通りかかった村のオーク達に発見された。

 グェンラーナは保護されたものの、村には現在、癒やし手がいない。そしてテレンスは、オーク達から疑いの目を向けられ、堪らず逃げ出した。


 アンバーセットまで逃げ延びたテレンスは、グェンラーナを助ける方法を模索した。冒険者ギルドを頼ったり、治癒術の教本を頼ったりしたものの、打つ手がないまま路地裏でうずくまり――


 ――その時、エイダンと出会ったという訳だ。


「っちゃあテレンス、お前は……グェンラーナ様と、一緒に旅しとったんけ?」

「ここ一年近くな」


 ノッバの質問に、テレンスが頷く。


「一年前の俺は、釈放されたばかりで、ギルドからも追放扱い。家も故郷も、訪ねる相手の一人もいねえ。北方の山奥で飢えて死にかけて、いよいよここまでかって時……彼女に、助けられた」


 腰に提げた加護剣アミュレットソードを、静かに抜刀しつつ、テレンスは独白めかして呟いた。


「だから……今度は俺が彼女を救う番だ。どんな手を使おうが、誰を巻き込もうが、絶対にグェンラーナを助ける。それだけは譲れねえ。――まあ、お前にゃ悪かったと思ってるよ、エイダン。ありがとうな」


 すっと、テレンスがその場に立ち上がる。


「テレンスさん?」

「稲妻がはしったら、お前らは、すぐに逃げろ。ノーザンオーガが襲ってくると、ディクスドゥに報せてやってくれ。……出来るだけ、派手にやってやるからよ!」


 それだけ、言い終えるや否や――


 テレンスの握る短剣から、三度みたびとなる閃光が放出された。

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