三月の返礼品

残務と急務

「僕はね、いいんだよ、別に。僕は」

 月に一度の定期面談の席で、町田さんはいつものように歯切れ悪く言う。


「はぁ……」


「こないだの、M2の件も、一時はどうなることかと思ったけど、結局うまく引継ぎを済ませてくれたし、他の業務の進捗に関しても文句はない。うちのメンバーはみんなちょっと、その、あれだけど。君はうまく付き合ってくれているみたいだし。非常に助かっている」

 確かに町田さんの言う通り、香月さんをはじめ基礎探索グループのメンバーは個性的な面々が多い。因みに男性社員は、僕と町田さんを除けば残り三人が、女性社員は香月さんと恵さんを除くとあと二人が所属している。


「そう言ってくださるのは有難いですが、何か問題が?」

 僕は仕方なく、町田さんがこれみよがしに含ませていた部分を尋ねる。


「まぁ、残業量がちょっと、ねぇ。僕はいいんだけど部門長がうるさくて」

 催促を待っていたかのように、町田さんは切り出した。なるほど、それで、と僕は頷く。


「僕個人の方でしょうか? それともグループ全体の?」


「両方、かなぁ」

 残業量について指摘される可能性が高いことは、ある程度予想していた。働き方改革推進の最も分かりやすい評価指標といえば、残業時間の削減と、有給消化率の向上だ。


「両方、ですか」

 僕は努めて難しい顔を作った。


「君だけが飛び抜けて多いというわけではないのだけど、一番多いのは事実だし。いや、まあ業務量に関して君に多く負担がかかっていることはわかってるんだけどね。君誰とでも組ませやすいし」

 最後の一言は、出来れば黙っておいてほしかった。僕を組ませやすいということは裏を返すと、僕以外は誰とでもは組ませにくいということで。それは、つまり町田さんがリーダーでありながら、他のメンバーに気を使っていて。残業を減らせ、と部下に高圧的になることを得意としないGMであることを示している。


「それでは、まあ、なんとか減らしていく方向で」

けれどそれは町田さんのパーソナリティでもある部分なので、僕は渋々了承するしかない。ちなみに町田さんの上司である部門長は、部下に高圧的になれるタイプである。町田さんもまた哀れな役職だ。


「できれば月間二十時間くらい減らしてもらえると」


「え?」


「二十時間ほど」


「え?」

 飛び出してきた数字に、僕は面食らってしまった。現在会社の規定で、月の限界残業時間が五十程度なので、実現するとすれば今の時間外勤務をほぼ半分にしなければならない。


「無理そうかな?」


「二十はちょっと……。まあ、減らせるだけ努力はしてみます」

 僕の中で、こんなふうな町田さんの態度は、もうそういう交渉術なのではないかという疑念が湧き上がる。哀れなどと感じていたことはすっかり忘れてしまうのがよさそうだ。


「そう、じゃあよろしく頼むよ」

 明日からは早朝にいくらか、勤務表にのらない勤務を消化するしかない。


「分かりました。面談ありがとうございます」

 僕は緊張の糸を解いて、立ち上がり、開いていたパソコンと電源ケーブルを片付け始める。その最中で、ぽろりと町田さんが零した。


「そういえば、ホワイトデーの件はどうなったかな?」

 僕は一瞬だけ、手の動きを止めた。アフリカ奥地のジャングルで、タブレット端末を拾ったような気分だった。ホワイトデーというのはそれくらい、意識にない単語だった。


「もちろん、万事滞りなく」

 内心で冷や汗をかきながら、僕は努めて冷静に答えた。そういえば、そんなイベントの準備もあったなぁと。理不尽にも、先日チョコレートをくれた女性社員一同心中だけで恨み節を送る。


 三月ももう一週目が過ぎ、梅の花がそろそろ見ごろを迎えると今朝のニュースが告げていたのを思い出した。


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