第6話 居酒屋
彼女から指定された店はどこにでもあるようなただの居酒屋だった。
てっきり敷居の高いお店に連れていかれるのかと思っていたけど、余計な心配だったようだ。
「ここの料理がおいしいんだよ!!特にあたしはトウモロコシの焼き串が豪快でおいしいのよ!!それでね、、、」
と、
かなり饒舌に語りだす彼女。まだ居酒屋に入ってないのにもう食べ終わった気分でいるようだ。だいたい5分くらいはお店の外で彼女が一方的に話していた気がする。
「よし!!行こうか!!」
と急に僕を引っ張って先に進みだす彼女。この切り替えの早さは何だろうと思う。
「おなかがすいた。」
そういうことね。
カウンターに通された。目の前で炭火で串を焼いてくれるお店だった。店内は活気にあふれてて店員さんの接客もよく雰囲気もいい。
いいお店だねと彼女に伝えた。
そしたら
「でしょ!!あたしはそういうところにしかお客さん連れて行かないから!!そしてね、ここのこれもおいしいし、、、、、」
なんとも楽しそうである。もう僕の話より、何を食べるかをずっと考えていたようだ。そういえば、以前も食べることが好きって言ってたな。そして彼女は休日でもほとんど変わらないのだなと思った。ほとんどお店にいるときと変わらないな。
ひとしきり注文した後、飲み物が先に届いた。
彼女はお酒は飲まないらしい。休日は飲みたくないそうだ。毎日、営業中に飲んでるから。
乾杯を済ませた後、料理がどんどん運ばれてくる。
彼女は取り分けてくれるのだけども、僕はお酒を飲みだすとあまり食べないから彼女がほとんど食べていた。
突き出しから始まり、前菜と一品物からどんどん来た。だけども料理が一向に止まる気配がない。どのくらい料理を頼んだのだろう。あっという間にカウンターいっぱいになってしまった。僕はほとんど食べないから食べきることができるか不安だったが、彼女はその細身からは信じられないくらいにすべての料理をぺろりと平らげてしまった。彼女との会話より彼女の食べっぷりのほうに意識がとられていた気がする。もはやなんの会話をしていたか覚えていない。もちろんトウモロコシの串焼きも食べた。このお店のメニューを全部注文しても彼女だったら食べれるんじゃないかとも思った。一通り、料理を食べ終わった後
「しめはどうする?」
僕に聞いてきたときはさすがに驚いた。
カウンターいっぱいに料理が並んだのが2回くらいあったのにまだ食べるんだ。
「タンタンメンかお茶づけなんだよねー。うーん、、、、、、辛いのがいいから担々麵にしよう!!分けて食べよう!!」
分けてもらってもおなかがいっぱいだったけど少しだけもらうことにした。
小皿に気持ち程度にもらった後、彼女は心配そうに
「足りた?おなかいっぱいになった?全部食べてしまうよ?いいの?」
なんか、すごい心配してくれてるみたいだけども、おなかいっぱいなのは変わらなかったのでどうぞと彼女に伝えたら、かなり嬉しそうにタンタンメンを食べだした。スープまできれいに飲み干していた。彼女の食べっぷりを見ていると、なぜか他の事はどうでもいいように思えてきた。
かなり不思議なストレス発散だと思う。彼女を見ていて気持ちよかった。僕の仕事の悩み事とかも全部一緒に食べてくれていたみたいだ。
「ふぅー、おなかいっぱい。ごちそうさまでした。」
お会計を済ませ、外に出た後彼女の家の近くまで送ることにした。
彼女の家はこの居酒屋から近いそうで歩いて行けるのだと。
「おいしかったね!!またいこうね!!次は、、、」
つぎに行くお店を考え始めた彼女を見ていて、この人はほんとに食べるのが好きなんだなって改めてわかった。
一緒に帰る帰り道、さっきの居酒屋ではわからなかったけど香水のいいにおいがする。ふんわりと甘い香りが。彼女が隣にいる。彼女の香水の香りがするくらい近くにいる。肩が当たりそうだし、ちょっと伸ばせば手が触れる。どうしよう。どきどきする。背中にジトっと汗もかいてきた。
そんな僕を気にせず彼女は相変わらず、楽しそうに話している。
うだうだと考えながら、彼女の会話に相槌を入れながら歩いていると家の近くについたようだ。
「今日はありがとう!!また飲もうね!!」
とここでお別れのようだ。
またねと返すと彼女はくるりと振り返ってすぅーっと行ってしまった。あっという間だった。
夏の夜の住宅街にすぐに溶け込んでいって見えなくなってしまった。
なにもできなかった。せっかくの彼女の休日に一緒にいることができたのに。別れた後にいろいろと現実が押し寄せてきた。
また、こうやって飲みに行ってくれるかな。
もし次も飲みに行けるんだったら、次はもう少し一緒にいたいことを伝えてみよう。
今日は一回目だし、このくらいがきっとよかったんだと思う。
そう自分を鼓舞し僕も踵を返し帰ることにした。
今日はよい夜だった。よく眠れそうだ。
ひと夏の恋 @hironcho99
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