卯の花






 いつまでも、莫迦みたいに競争するもんとばかり思っていた。

 それこそ、おじいちゃんおばあちゃんになっても。

 お互いに好いた人と結婚して、伴侶や子どもたちにまたやってるって呆れ笑いを向けられて。


 ずっと。

 ずっと、ずっと、ずっと。


 一緒に走り続けられるとばかり思ってたんだよ。







 でも、











「で。目を覚ました私はもちろん夢の中の。私が創り出したもんだって信じなかったんだけど。真赭が夢に出て一年後。真赭のお母さんが私の部屋に突撃してきて、アップルパイを作ってって言うのよ。真赭と食べ比べるから早くって。おばちゃんの必死さを見ても信じなかったんだけど、急いで材料を買って来て、作って、おばちゃんに食べてもらったら。引き分けって言うわけ。で。二年後。三年後。私の両親も同じ。しかも判定は引き分け」

「だから、引き分けって旗を立てているんだね」

「そう」


 瑠璃、真赭の実家から徒歩で行ける山の中腹にある、墓地。

 やわらかい髪質の短髪、糸目、少しだけ猫背のおっとりとした男性、千草ちぐさと共に、瑠璃はしゃがんで真赭の墓前で手を合わせていた。

 結婚報告の為に。


「結婚相手にって、思わなかった?」

「うん。皆無。ずっと、ずっと、好敵手」

「兼務できると思うけど」

「ううん。無理。必要不可欠って点では同じだけど、全然違うから」


 おもむろに立ち上がる瑠璃に沿うように千草もまた足を伸ばして、空を見上げた。

 うろこ雲が広がる薄い青の空と、戯れる三匹の赤とんぼを。


 行こうか。

 墓に備わっている写真入れに一枚供えた瑠璃を待ってから、手をさし伸ばした千草。瑠璃はたおやかな手を取り、少しだけ先を歩く彼の徒歩に寄り添いながら微笑んだ。


「あーあ。でも会わせたかったなあ。気が合うと思うのよね。一週間に一回は必ず連れ立って飲みに。ううん。宅飲みしそう。お酒弱いのにね。それで二人でこっそり私の愚痴を言っている所に突入してみたかった。あ。その前に。アップルパイを食べてほしいわ。公正な判定下してほしいもの」

「うん。僕も食べてみたかったな。おとなのアップルパイ」

「どーせ私のはおこちゃまアップルパイですよ」

「ううん。瑠璃のアップルパイはお伽噺のアップルパイだよ」


 瑠璃は途端、頬を紅に染め上げては、口を尖らせて、今日作ろうかなと小声で言った。

 千草はわーい嬉しいなあと無邪気に喜んだ。











 芯をくり抜いた林檎を横二つに切って、表面にバターと蜂蜜を塗り、酢酸をパラパラと振りかけ、オーブンで焼きます。

 紅と焦げ茶がいい具合に混色している林檎からは香ばしい匂いがして、ついつい味見をしたくなりますが、我慢をして。

 バニラビーンズたっぷり、甘さ控えめのカスタードクリームをくり抜いた部分に詰め込んで。

 カリカリに焼いた蝶々結びの林檎の皮と輪切りの檸檬、サクサクに焼いた縦長の砂糖まみれのパイ生地をいい具合に添えれば完成。






「どうぞ召し上がれってか」


 自身の墓の上で瑠璃と千草を見送った真赭。今更写真を供えられてもなと呆れながらも、出現させたのは、二人の愛の結晶とも言えるアップルパイ。

 瑠璃が作ったものとは違うそれを、一旦目を瞑ってから、おもむろに開いて、あんぐりと口を開き、一気に喰らいあげた。

 途端、身体が淡く光り出し、その場から消えたのであった。




 失恋を受け入れた天使は消滅。もしくは、輪廻転生の輪に戻る。と。

 真赭が予想したとおりに。
















 はなりませんでした。


「あーあ。あまったるい。あまったるすぎるわー。酸味と苦味と甘味の調和が必要だよー。まったくー。しかもカリカリどころかガリガリだしよー」


 まったくもう。

 首をやおら振った真赭は、力なく空を蹴った。


 これからも。


 ときーどき、迷える生物を導きながらも、恋が実った者たちが創生するアップルパイを頂戴して。


 ごくごくまれに千草の夢に出現するのだ。









「あーあ。けどもっと檸檬を」
















(2021.9.6)


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恋したアップルパイ 藤泉都理 @fujitori

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