何の変哲もない誕生日 後半

アーケードに連なる商店街、老舗(肉屋、羊羹等)、こじゃれたイタリアン、隠れ名店のホルモン焼き、えんじの暖簾を見るだけで煮干出汁が香り涎がでる中華そば店、相も変らぬ佇まいの表情の駅前デパート、学生etc..。見渡す遺産と再生。


井の頭公園へつながる階段を下りていくと目に入る弁財天。池にはボートにいそしむカップル。目があった気がして、お辞儀する。弁財天様は幾億の出会い別れを見てきたのでしょうか。若干緑がかった天女様が空に浮かび映えて、ほほ笑んだように見えた。

コンサートホールへ辿り着き、小休憩。腰を下ろしたベンチは思いのほか熱かった。

麻実に告白して、玉砕して、告白された感慨深い場所。いずれも木漏れ日ある、木の葉の色が秋めいたオレンジ色に変わる季節だった。

「高校時代から、好きだったんだ。付き合ってほしい」

「ごめんなさい」

大学1年生、そして4年生の卒業前、計2回の告白は実らなかった。

それぞれ社会人になり、高校時代からの友人たちを介して会う機会が増えていった。秋口の同窓会を兼ねた花見の合間に呼び出され、彼女からの思いもよらない告白。驚きのあまり、売店で買ったフランクフルトを一口も食べずに落としてしまった。無情に転げ、ケチャップとマスタードと砂利で異様な色に変化した。


20代後半からの代謝の低下は目に余り、運動不足も重なり、下っ腹が目立つ。気を震わせ、三鷹まで歩く。

七井不動をわき目に御殿山で緑を浴びて、井の頭公園通りを闊歩する。緑多きこの武蔵野。御殿山通りに入ると玉川上水に繋がる小川のせせらぎ、風の散歩道で小休憩。太宰や武者小路の想いよいかに。甥としげく訪れた動物園、トトロや巨神兵が佇むジブリの森。

今日は真夏を思わせるほどに太陽が容赦なく、川の心地よい、せせらぎに誘われ、ふわっと川へ飛び込んでみた。

それは妄想として現実をこえて、セミの鳴き声が乱雑して、僕をワープさせる。

そのまま小川に流されて、行きついたのはどこであろうか。


三鷹駅南口中央通りに入り、街灯に吊るされた三鷹阿波踊り大会のポスターを見上げ、もうそんな季節かと驚いた。開催まで2カ月を切っている。1年の半分が終ったんだ。

心弾ませ地下への階段を足早に下りる。17時開店の10分前、空席は既に1席だった。

「毎度!どーも、どーも」

「こちらさんに皿と赤星ね」

このスピード感と常連感が心地よく、和ませてくれる。

週に2回は通う老舗中華そば店。屋台からはじまり、いまは2代目に引き継がれた哀愁と呼ぶに相応しい唯一無二の空間。


皿(メンマの上にチャーシューとたっぷりの白ネギが乗ったつまみ)を平らげ、ワンタン皿(ワンタン、もやし、チャーシューが乗ったつまみ)、そこに中瓶(赤星)、小瓶(キリン)を重ねて締めの中華そばを食らう。

「大将、ラーメン、半熟(卵)、もやし、硬め、麺半分で!」

「はいよっ!麺半分、どーしたんです?」

何か疑った笑みを大将。

「あっ、今日ね誕生日なんですよ。帰ったらこれがね」

小指をたてる。

「おっ、いいっすね」

大将も小指を立てる。

「へい、お待ち、誕生日特製です」

チャーシューが多めに盛られた大将の心意気に頭が下がる。膨れ上がった腹には収まらないビールを大将のコップに注いだ。


改札越しから、小走りで駆けてくる麻実が見える。相変わらず綺麗だ。自分のような何の特徴もない、平々凡々な輩には不相応かもしれない。

駅前で買い物を済ませ、改めて御殿山通りを歩く。

「どんな家にしていこうかね?」

「ん?家族のこと?それともレイアウトとか?」

「ほら、子供とか、うちの母親とか、まさるのお母さんもいるもんね」

「彼女は旦那さんがいるから今のうちは大丈夫だろうよ」


改めて聞いてみたことがあった。

「あのさ、何で2回もふった相手に告白なんてしたわけ?」

「あとのときは若かったの。一瞬の情熱とか見た目とか背景とか。。。ね」

「それって、平々凡々ってことじゃんよ」

「何も知らなかったの。それがいいの。何より真剣だったから。あなたが一番」

「そーか」

「そーなの、女は好みが変わっていくの。二郎から春木屋が好きなるみたいにね」

あまりスマートな例えではないと思いながら、僕はうれしくて小躍りしたかったけれど、ただただおとなしく、麻実の手をいつもより少しだけ強く握りかえした。あの時の御殿山のひと時が記憶に蘇る。


小川のせせらぎを聞きながら、改めてこの武蔵野が好きになる。井の頭へつづく、静かな木々、文豪、アニメーション、老舗中華そば。

暗い、木陰のその奥から、太宰が手を振っている気がした。


麻実はそっと僕の手に紙袋を渡す。中身は小ざさの羊羹、マット・スミスの写真集とガルシアマルケスの小説が入っていた。そして、首にふわっとかけてくれたストールが心地よい。

「まだ早いけれど、きっと似合うと思って」

コットン100%の生地は首筋だけでなく、心も温もらせた。

横断歩道の手前、電信柱の電灯が明るく照らしだし、恥ずかしかったけれど、かまわず僕は麻実を抱きしめた。

心で誓う、これからもここ武蔵野で生きていこうと。

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たかだかたか Masashi Mori @kandata-dm

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