第8話 ぬりかべ

 初出勤で、身長190cm(目測)の見事な直角角刈り、ムキムキの筋肉でピチピチになったタンクトップにジーンズという厳つい見た目の異界出身者と、唐突に戦闘が開始。


 俺の顔面を狙ったゴツい両拳から繰り出される攻撃を頭を振って避けると、タンクトップの男性の空いた脇腹をアッパー気味に打つ。


 続けて男性のみぞおちを下から突き上げて打ち、さらに相手の胴全面を殴り続ける。


 何発か打った後、自分より背の高いタンクトップの男性が上から掴みかかろうとしたのを察知し、素早く間合いを離す。


 少し離れた位置で息を整えながら、構える。


 幸い、現場となっている公園には人は居ないため、俺はタンクトップの男性にのみ意識を集中させていた。


(くそ~、何が襲撃されないだよ。 敵来てるじゃん!)


 ど新人を置き去りにしたこの場にいない教育係を恨めしく思いながら、じりじりと間合いを詰める。


(ていうかあの角刈り、体硬いな。 石殴ってるみたいだぞ。)


「………………」


 徐々に近づく俺に対し、タンクトップの男性はその場に留まって俺をじっと睨み付けていた。


「おい、警護人。 お前、【ぬりかべ】というのを知ってるか?」


「は? ぬりかべって、あの壁の妖怪か?」


(……このタイミングで、妖怪の話か。)



 異界の住人は、現世では人に姿を変える。


 その元の姿は、妖怪や怪異から神話に登場する化物にまで種類は幅広い。


 混乱を避けるため、基本彼らが現世で元の姿でいる事は禁じられている。


 しかし、不法に現世に渡って来た者は時折法を破って、元の姿で現れる事がある。


 各地で聞く都市伝説や怪異の目撃事例が、その不法者によるものである。



「あんた、ぬりかべか?」


「ああ、そうだ。」


(やっぱり…)


「今は人の姿をしているが、俺自身の体は硬い石で出来ている。素手で戦うなら止めといた方がいいぞ。」


「忠告ありがたいが、生憎今は武器持って無いんだよ。」


「ならば尚更俺と戦うべきじゃないな。魔力を使えるとは言え、素手では俺に勝てんぞ。」


「それはどうだろうな。拳の硬さなら、実は俺自信あるんだよ。 」



(…ぬりかべか。てことは、元の姿はデカイ壁のお化けだよな。)


 異界の住人は、人間に化けた姿では実力の全てを出せない。


 なので、戦う際は元の姿に戻って、能力を全開にして戦うという。



(確か、平たい壁に手足が付いた様な姿だっけ? てことは、どうせあれだろ、 でかい体でのしかかって相手を潰すんだろう?

昔やった配管工おじさんが主人公のゲームでそんな感じキャラがいた気がするが、多分あんな様なのだろう。)


 俺は情報源ソースが曖昧な知識で敵の戦闘スタイルを予想してみる。


(体が大きい分、移動速度もそんなに速くないはず。元の姿に戻って、のしかかって来るのを避けて、倒れたところを一気に攻めるか。)


 敵の攻略法を考えていると、ぬりかべがスゥっと静かに手を前に出す。


(…?なんだ―)


 すると、ぬりかべの前腕から先が突然石柱に変わり、猛スピードで俺に向かって伸びて来た。


 迫り来る石柱をギリギリのところで回避。


 横を通り過ぎた石柱が後方の木にドォンっとぶつかる。


衝撃で木を少し揺らした後、石柱が木から離れて元の腕の長さまで戻っていく。


印を押されたかの様に、木の表面に石柱が押し潰した跡が残っていた。


「よく避けられたな。 いい反応だ。」


「…なんだよ、今の?」


「この世界で元の姿になるのは、目立ってしまっていろいろと面倒でな。だから、 こうして体の一部だけ変化させて戦う事にしてるんだ。 」


「今の石柱がお前の能力か…。 くそう、壁の妖怪は、でかい体で倒れ込んで相手を潰すんじゃないのかよ!」


「…そんな間抜けな戦い方をする奴いない。」


「え、いないの? 」


どうやら俺の勘違いらしい。


「まあいい。どうやら、相手の能力を見誤った様だな。 …行くぞ、警護人。」


 そう言うと、ぬりかべは手を顎まで上げたボクシングのオーソドックスな構えをする。


 素早く手を前に出してジャブとストレートの二連打を放つと同時に、腕を石柱に変えて俺に向かって勢いよく伸ばす。


「おっ!? ―ぐぶっっ!!」


 突きの動作に合わせて更に速度が増した石柱に直撃した俺は、後方へ押し飛ばされる。


 背中から地面へ倒れると、ぬりかべは続けて伸ばした石柱の腕を上に上げてから振り下ろして俺を潰しにかかる。


 横に転がってそれを避けると、すぐに立ち上がって地面を蹴って加速し、間合いを詰める。


 ぬりかべの手前で着地すると直ぐ様相手の顔目掛けて上段の回し蹴りを振る。


 しかし、ぬりかべは、前腕を四角い石版の盾に変えてそれを防ぐ。


 そして、もう一方の腕で殴る様に石柱を俺に向けて伸ばしてぶつける。


 またもや直撃し、離れた場所まで飛ばされた。


 倒れずに踏み止まるが、ぬりかべは容赦なく伸ばした石柱のジャブを放つ。


 一つ避けるが、再び別の石柱が向かって来る。


その間にもう片方の石柱を元の腕の長さに戻し、突きの動作ですぐにこちらに向かって伸ばす。


次の攻撃も避けるが、先程避けたもう一方の腕の石柱が眼前に現れる。


遠い間合いにも関わらず、まるで近くで相手の拳打を受けているかの様な正確で速い攻撃が襲いかかる。


 相手の伸縮する石柱の腕を使った無数の連打がより加速する。


 ジャブ、ストレートの連続動作に合わせて伸びて来る石柱が、木や地面を押し潰す。


 遠く離された位置で、俺はギリギリそれらを避け続ける。


(魔力で体の丈夫さと反射神経が強化されているが、いつまでも避け続けられない。 打ち終わりを狙いたいところだが…)


 連打は続き、一向止む気配がない。


「成す術無しか? 警護人。」


(ちっ、くそう… )


「無いならとっとと食らえ、警護人!」


(野郎、調子に乗りやがって…。 うし、少し危ないが前に出るか!)


 俺は腕を上げて構えると、地面を蹴って前へ進む。


「ふっ、玉砕覚悟で向かって来るとは。とうとう自棄になったか?」


「 自棄になんかなってねえよ!おらぁっ!」


 前進しながら、向かって伸びて来る石柱をフック気味に横から殴り、外側に弾いて軌道を逸らす。


 迫り来るもう一方の石柱の腕も横から殴って外へ弾く。


 そうして開いた隙間を通って前進する。


「ちっ…!」


 ぬりかべは、弾かれた石柱を元の腕の長さに戻し、すぐに真っ直ぐに伸ばして来るが、


俺は、再びフックで横から打って軌道を逸らす。


 そうして、ぬりかべの石柱の連打を拳で弾きながら間合いを詰めて行く。


「くっ!ふざけた事をッ」


(まあ、伸びて向かって来る分は距離があってタイミングを合わせやすいとは言え、実際は素早く放たれるパンチに合わせて横から殴ってるのと変わりはないからな、これ。)


 魔力により反射神経を強化した事で出来る芸当である。


 先程よりも眼に魔力を集中させて、相手の僅かな動作を捉える事により、予備動作から攻撃のタイミングを合わせていた。


 そして、俺は最後に向かって来た石柱を潜り抜けて、


(よし、到着!)


「なっ…!」


打撃が入る間合いまで一気に近づいた。


 素早く拳を連続で突き出して相手の顔とみぞおちを打つ。


「ぶっ! ぐほっ!」


 後ろへたたらを踏むぬりかべに、追撃を仕掛ける。


 顔面目掛けてストレートパンチを放つが、ぬりかべは、前腕を石版の盾に変えてそれを防ぐ。


 もう一方の手で突きを放つが、ぬりかべももう一方の腕を石版に変えて攻撃を防ぐ。


 ぬりかべは、顔の前に石版の盾と化した両腕を上げてガードの体勢に入っていた。


 前を壁で固めて守るその体勢は、まさに壁の妖怪らしい戦い方だと思えた。


「すぅ~っ」


小さく息を吸い、俺は両拳に魔力を集中させ、


「っしゃあああああああ!」


鉄壁と思えるそのガードを、真正面から押し込む様に何度も殴りつけた。


「ぐっ、おおぉっ…」


 止まない連打にぬりかべは、腕に力を入れてガードを固めた体勢のままズルズルと、後ろに下がっていく。


反撃の隙を与えまいと、俺はひたすら連打を繰り返す。


「おおおおおおおおおおお!」


「…ぐうぅっ!」


 後ろへ下がっていたぬりかべが、ぐっと脚に力を入れてその場で踏ん張る。


(よし、今っ!)


 踏み止まって完全にその場に居着き、拳打の威力が逃げない状態になったところを狙い、拳に宿した魔力の出力を更に上げる。


 そして、一歩前に深く踏み込んで、拳を真っ直ぐ石版に叩き込んだ。


 バガァンッ


 石版の盾は割れ、ガードしていた両腕の間ががら空きになり、石版で隠れていたぬりかべの前面が表れる。


「―っっ!?」



(両拳の魔力を集中!これで決める!)


 狙いを顔面とみぞおちに定めると、更に深く一歩前へ踏み込み、上半身を前に傾けながら両腕を伸ばす。


「っしゃああ!!」


 山という漢字を傾けたかの様な姿勢で上段中段みぞおちを同時に攻撃する諸手突き、『山突き』と呼ばれる技がぬりかべを直撃した。


「ぶふぉっ―!!?」


 魔力の込もった両拳が体にのめり込み、その威力を硬い石の肉体を突き抜けて骨と内臓に響かせた。


「ぐはっっ…―、」


「…………スゥッ…」


 俺はぬりかべから拳を離して一歩大きく下がると、半身の姿勢で顔の前に両腕で十字を切り、片手を前に出してもう片方の拳を脇に引いた『残心』の構えを取りながら、


その場で白目を向いて崩れる様に前に倒れ込むぬりかべを見下ろした。


「ふぅ~。まさかの人生初の妖怪退治だな…。」


 俺は張り詰めていた緊張が抜け、くにゃっと残心を解きつつ、


今更ながら、異界の者と戦ったという非日常を実感するのであった。

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境目の警護人 夕陽 @aoi-saka

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