第7話 女学院前をウロウロする仕事

 長い石橋を車で渡った後、森に入ってしばらく走行してると、赤い鳥居を入り口とした神社が見えてきた。



 車はそのまま鳥居を潜り、参道から外れて境内の駐車用に設けられた四角いスペースに停まった。



 俺達は車から降りると、そのまま境内の奥に建つ本殿へ向かう。



 本殿の両開きの重い扉を開けて中に入る。



 入り口から奥へ左右に赤い灯籠が列び、更に進むと、狐の像が両側に立ち、その奥中央には、長く横に伸びた台座に、巨大な円の形をした鏡が乗っていた。



「これが、現世と異界を繋ぐ門です。」



 と、如月さんが巨大な鏡を示す。



「これが門ですか‥。 もっと、どこでも行けるドアみたいなのだと思ってましたよ。 」



「門の形は場所によっては違います。実際に、長方形の形をした門もありますよ。 」



 門の説明受けていたが、実はどういうものかは見たことがなかった。



 御酒島さん曰く、研修中に門を見せたり場所を教えると、現世に帰りたくなって研修場から逃げてしまうかららしい。




 ―日本には現世と異界を繋ぐ門が五つ存在する。



 五つの門にはそれぞれに一人の【門の巫女】が付いて門を管理し、守っている。



 門は常に開かれ、手続きを経て許可された者は門を通過する事ができる。



 しかし、不法侵入等の異常事態が起これば、門を閉め、あるいは消滅させる。



 それが門の巫女の役目である。―



「この門は、『幽世』から現世 『東京』に繋がっていて、管理は私がしています。」



 如月さんが俺達の前にある丸鏡型の門について説明をして、門へ歩き出す。



「では、行きましょう。 お二人は久しぶりの現世で、早く帰りたいしょうし。

 後、早く行かないと私、学校遅刻してしまいますので。」



 最後に冗談を言って、如月さんは鏡の中へ入って行った。



「ほら、ぼさっとしないで。 警護人が警護対象を先に行かせてどうするんですか。」



「あっ、はい!」



 冴木さんに背中をポンっと軽く押されて、人が鏡に入って行くのを唖然と見ていた俺は、ハッとする。



 冴木さんが鏡に入り、その後を俺と秋野さんが続く。




 鏡を通り抜けると、周囲が硝子張りの円形のフロアに着く。



 硝子の向こうは空を近くで見ることができ、その下に高いビルが密集した街が広がっている。



 かつては都内で最も高いと言われた電波搭の上部円形部分、『東京タワー』の特別展望台に俺達は着いていた。



 現在は一般の人が立ち入る事はなく、異界から到着玄関となっている。



 その後、特別展望台からエレベーターで一階地上まで降りて、タワー近くの駐車場に停めてある会社の車に乗って、如月さんの通う学校へと向かう。



 しばらく走行し、周囲が高い壁に囲まれた女子の園、【私立 月宮つきみや女学院】に着く。



「送っていただきありがとうございます、冴木さん。 では、日高さん、秋野さん、お仕事頑張ってください。」



 如月さんはニコニコとそう言って車を降りて、校門へと向かって行った。



 俺がその後ろ姿を見ていると、冴木さんがじと目で俺を見る。



「 日高さん、学院に侵入して女子高生を眺めたい気持ちはお察ししますが、堪えてください。 男は女子高に入れませんよ。」



「…一ミリもそんな気はなかったんですが。」



 警護対象から目を離さなかった事を褒めてほしいものである。



「冗談はさておき、」



(冗談かい。)



「男は入れませんので、日高さんは外で不審人物が入って来ない様に見回ってください。」



「はい。」



「女性の秋野さんは、校門の前にいる警衛にライフ・ガーディアンの社員だと言えば校内に入れますので、校内での見回りをお願いします。」



「わかりました。」



「私は用事があるので、少し外れます。 学院内で襲撃される事は無いと思うので、二人だけ残しても問題無いでしょう。」



 そうして、俺と秋野さんの配置を決め、俺達を車から降ろして、冴木さんは車を走らせて用事とやらに行ってしまった。



「じゃあ、秋野さん。 俺は学院の外をぐるぐる回ってます。 何かあれば、連絡ください。」



「了解です。 じゃあ、私は校内にいますね。

 ‥ぐるぐる回るのはいいですけど、不審者に間違われない様に気を付けてくださいね。」



「…了解です。気を付けます。」



 注意事項を伝えて秋野さんは警衛の方へ向かい、俺は学院を囲む塀に沿って歩く。



 学院の近辺には、高い木々が立つ緑豊かでジョギングが楽しめる広い公園がある。



 まだ午前中であるが公園には、お年寄りや犬の散歩に来た人、会社をさぼってベンチで缶コーヒーを飲むサラリーマン等の人がいる。



 俺は公園にいる人、散歩中の犬、野良猫にまで目を向けて警戒していた。



(どいつもこいつも怪しく見えなくもないし、そうでもない。 これは、気が抜けないな。)



 それを一時間近く繰り返し、若干疲れを感じた頃、



『日高さん、聴こえますか?秋野です。』



 頭の中に秋野さんの声が聴こえた。



 これは別に秋野さんが恋しくて幻聴を聴いているわけではない。



 秋野さんが魔力を使ってテレパシーを送って来たのである。



 一時間おきに、報告を入れる事にしている。



『はい、日高です。どうぞ。』



『こちら校内は異常無し。そちらは、異常無いですか?どうぞ。』



『こちらは異常無し。どうぞ。』



『あっ、不審者発見!どうぞ。』



『何!? どこだ?』



『女子高の周りをキョロキョロしながらウロウロしてるスーツ姿の野郎がいます! どうぞ。』



『…それ、俺じゃね? どうぞ。』



『今、如月さんの教室がある三階の窓から見ているんですが…あ、日高さんでした。どうぞ。』



『いや、わかってたでしょ?どうぞ。』



『てへぺろ。どうぞ。』



(…殴りてぇ。)



『ぷくくっ‥』



(……………)



 変なやりとりをしていたら、少し肩が楽になった気がする。



 初仕事で、自分でも気付かずに緊張していたのであろう。



 秋野さんはそれを知っててリラックスさせようと冗談言ったのかね。




『ありがとうございます。秋野さん。』



『なんの事でしょ~? どういたしまして。』



(はは。 ‥よし。)



 年下に気を使わせてしまい、情けない自分に渇を入れ直す。



(さて、見回り頑張りますか― っ!?)



 見回りを再開しようとした時、異質な気配を感じとり、息を呑む。



『日高さん、気付きましたか!?』



『はい、外に一人―』



『校内に一人。 不審者二人ですね。』



 秋野さんも気配を察知し、確認を取る。



 俺達は訓練により、魔力の気配を察知する事が出来る。



 異界の住人は現世にいる際は、人の姿に化けて魔力を隠して過ごし、基本、現世での魔力の使用は禁じられている。



 何者かが魔力を使用すれば、直ちにその気配を感じ取り、【異常事態】として、俺達は対象しなければならない。



 俺は察知した魔力の元に走って向かった。



 そこには、タンクトップにジーンズ姿の角刈りで筋肉質の背の高い男が学院の方を見て立っていた。



 男は身体の正面を学院に向けたまま、俺にギロリと眼だけを向ける。



 その屈強な身体からは魔力とともに静かな殺気が放たれていた。



「そのバッチ、ライフ・ガーディアンだな?」



 俺のジャケットの襟に付いたダサい社章を見て、低い声で男が問う。



「ああ、そうだ。 あんた、異界の住人か? とりあえず、魔力と殺気を仕舞おうか。 あと、女子高ガン見してると通報されるぞ。」



 角刈り筋肉質のタンクトップだけでもやばそうな雰囲気なんで。



「それは無理だ。ターゲットである門の巫女はあそこにいるし、警護人は排除してくれと言われてるんでね。」



「…ああそう。」



 話して大人しく帰ってはくれない事はわかった。



『…日高さん、そちら大丈夫ですか?』



 秋野さんから緊張した声でテレパシーが送られる。



『大丈夫そうじゃない。今、角刈りムキムキタンクトップに睨まれてる。 そっちは?』



『こっちは、……メンヘラっぽいゴスロリと対面中です。 警護人は排除するって言ってます。』



 あちらも大丈夫じゃなそうだな。



(…ふぅ、しょうがない。こういう仕事だもんな。)



 俺は覚悟を決め、テレパシーにて秋野さんに伝える。



『これより日高及び秋野、各々目前の不審者への対応にあたる。 不審者が武力を行使した場合、こちらも武力により応戦せよ。』



『秋野、了解しました。』



 秋野さんからの了解を得て、俺は全意識を角刈りタンクトップに向けて構える。



 眼だけ俺に向けていた角刈りタンクトップは、身体をこちらに向ける。



 俺は魔石を素材として作られた身分証から魔力を受け取るため、呪文を唱える。



おん



 それが、転職して初の業務戦闘開始の合図となった。


















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