第6話 初仕事開始

 ―7月×日―


 桜は散り、青葉繁る真夏。

 それは幽世も同じで、島の四隅みを囲む巨大な木々もすっかり青葉で島の上空を覆っていた。



 幽世に来て三ヶ月。 異界に関する座学を受けつつ、冴木さんにぼこられながら魔力を使った戦い方を覚える訓練に明け暮れていた。



 ちなみに、7月になる頃には、秋野さんが誕生日を迎え、めでたく26歳となった。



 秋でもなく春でもなく、夏に誕生日を迎えた 秋野 小春さん(26)は



「…会社辞めて転職して、異界で物理的パワーハラスメント受け続けて、気が付いたら歳を食ってた…」



 と呟いていたが、仕事してたらいつの間にか一年過ぎてた、なんて当たり前の事だと思うので気にしないし、かける言葉もない。



 長き研修も終わりを迎え、御酒島さんを前に俺と秋野さんは、


白ワイシャツの上に、黒のジャケット、黒のスラックスというシンプルなスーツ姿で姿勢を正して立っていた。



 少し離れた場所に、鬼教官を務めてくれた冴木さんと、如月さん、前鬼と相方の『後鬼』という綺麗な女性の姿をした鬼がいる。



 御酒島さんは俺達を見て、



「二人とも、三ヶ月間研修お疲れ様でした。 これで二人は晴れて、ライフ・ガーディアンの社員です。

 おめでとうございます。 そして、これから、よろしくお願いしますね。」



『はい!』



 卒業生に贈る様な御酒島さんの言葉に、二人揃って元気よく返事をする。



「本当に良く頑張りましたね。 正直戦闘訓練が辛くて途中で逃げ出すんじゃないかと思ってました。 少しだけ。」



((右も左もわからない異界の島から、どうやって逃げろと…))



 成長した我が子を見るような優しい眼差しで言う御酒島さんに、俺達二人は同じ事を思ったであろう。



 ちなみに、その辛い戦闘訓練を実施していた冴木さんは、相変わらず無表情のままで、如月さんの隣に立っていた。



 御酒島さんが、俺達の方へ近づく。


「今から二人には、我が社の正式な社員になった証として、社章を渡します。」



 御酒島さんはそう言って、掌を上に向けて俺達の前に出す。



 すると掌の上が光り、二つの小さな物がそこに現れた。



「社章です。受け取ってください。」



「はい、ありがとうござ―」



 掌の光が消え、そこに乗ってる物を見て俺達は固まった。



 社章らしき物は、黒地の長方形に、はみ出る様な縦書きの赤字で『命 守』という文字がある代物だった。



(ダセェ… )


(ないわ…)



「これは、我が社の社章です。 仕事中は常に付けていてくださいね。」



『………はい。』



 御酒島さんから社章を受け取って、渋々ジャケットの左襟に付ける。




「では、これから二人の初仕事を発表します。 」



(もう来た、初仕事!)



 突然異界に連れて来られ、家族や友人に連絡を一切せずに三ヶ月間の研修の後に、休みも無くすぐに仕事を振るとは、なんたるブラックさ。



「‥え、休みはないの?」



 秋野さんも驚いて声を上げていたが、



「すみません。本当は休暇をあげたいのですが、ちょうど、うちの会社が今忙しいのと、人手が足りないので…」



「…会社が忙しくて、人がいないのなら、しょうがないですね‥。」



 休みをねだれない理由が揃ってしまっていたので、諦める。



「さて、初仕事ですが、二人には組んで一緒に仕事してもらいます。 最初という事もありますので、冴木さんを教育係として同行させます。」



 戦闘訓練等の教官してくれた冴木さんが、またしても俺達新人社員の教育係か。



(冴木さんには、世話になりっぱなしだな‥。)



 と思って冴木の方を見ると、



「……………よろしく。」



 言葉と表情が合っていないあからさまな、めんどくさそうな顔をしていた。



『チッ、まだ新人の面倒見なきゃいけないのかよ~』



 口には出してないが、顔がそう言ってる。



 いつもの無表情はどうしたのか。



 不満丸出しの冴木さんから、御酒島さんに顔を戻す。



 御酒島さんは、構わず仕事の説明を続ける。



「これからお二人には、現世に戻って、冴木さんと一緒に『門の巫女』の警護をしてもらいます。」



「門の巫女…」


「って、確か…」



 俺と秋野さんは揃ってある人物の方を向く。



 冴木さんの横に並んで立っている人物、



 門の巫女こと、如月 美咲が手を振る。



「はい私です。 よろしくお願いしますね。 」



【門の巫女】とは、現世と異界を繋ぐ『門』を開閉できる力を持つ人間の事である。



 その力は女性にしか宿らず、古来よりこの力を使って異界と交流して、神託と称して人々に助言や預言をしていた。



 世界中にはその力を持つ人間が存在し、場所によって呼び方が変わる。



 そして、日本にはその力を持つ、五人の門の巫女が存在する。



 その一人が、株式会社 ライフ・ガーディアン 特別顧問であり、如月流陰陽師頭目である我が社の社長の娘、



 如月 美咲である。



「如月さんは、『門の巫女』としての仕事をする中で危険に見舞われる事もあります。

 二人は、常に側を離れず、彼女が門の巫女としての仕事を全うできる様に、守ってあげてください。 いいですね?」



『はい! 承知しました。』



「良い返事です。二人とも、 頑張ってくださいね。」



 こうして、俺と秋野さんは、異界での研修を終えた。





 その後俺達は、教育係の冴木さんが運転する車に乗り、島から延びる石橋を渡って、現世に通じる門へ向かう。



 車内にて、



「初仕事にしては、ハズレを引きましたね。」



 運転席から冴木さんが言う。



「え、ハズレすか?」



 助手席の俺が問い、



「私の警護がハズレって、ひどくないですか?」



 運転席後ろ、白上衣に緋色の袴姿の如月さんが可愛いく頬を膨らませる。



 その横には、秋野さんが座っている。



「現在日本には、『門の巫女』は五人しかいません。 異界と現世を繋ぐ門を開閉できる力を持つ彼女達は、あらゆる方面から常に狙われてます。」



「例えばどういう‥?」



「異界と現世を繋ぐ門を閉められたら困るから、門の巫女を消そうとする【一部の異界の住人】、


 門が開いてたら困るから閉めようとする【現世の過激派組織】 等、


 まあ、そいう人達です。」



「そんなのがいるんですか‥」



「異界の住人はもちろん、現世の過激派にも魔力が使える者がいます。 私達の会社は特殊な人達を相手に、門の巫女やクライアントを守らなくてはなりません。


 なので二人とも、心して仕事に取り組んでください。 僅かな油断が、自分と守るべき者の命取りに繋がりますからね。」



『りょ、…了解です。』



 この仕事に対する心構えを諭され、緊張する新人二人。



「私達は常に如月さんに付いてなければなりません。 なので、如月さんのスケジュールは把握していてください。」



「はい。わかりました。」



「さて、この後の予定ですが…」



 冴木さんが、この後の予定に付いて話すので、俺と秋野さんは、ポケットからメモ帳とペンを取り出す。



(日本に五人しかいない門の巫女、…一体どんなハードスケジュールなのか―)



「まず、学校まで送り届けます。」



 ……………………………



「え?」


「が、学校?」



「はい、 学校です。」



 一瞬思考が固まる新人二人。



「学校わかりませんか? スクールですよ?」



(いや、日本語がわからなかったんじゃなくて)



 そう、冴木さんに聞き返そうとしたら、



「…もしかして、二人とも、学校行った事ないんですか?」



 突如、憐れむ様な顔で俺と秋野さんを見る後部座席の如月さん。



「いや、俺、小中高ちゃんと卒業しました。」



「ちなみに、私は大卒です。」



(なるほど、秋野さん大卒か。 っていや、今はそういう事じゃなくて―)



 思わぬ所で同僚の学歴を知るが、今必要な情報はそれじゃない。



 それともう一つ、



(如月さんって、意外と毒舌? さっきバカにされた気が‥)



 と思ったのが顔に出たのか、運転席から冴木さんが、



「如月様は天然です。 少しぬけてる所があるので、変な事を言っても気にしないでください。」



「…はぁ…」



 なるほど。あれは、真面目に憐れんでる顔だったのか。



「ぬけてるってどういう意味ですか!? 私はいつだって真面目にしてますよ!」



 運転席の後ろで、ぷりぷりと怒りながら抗議する如月さん。



 その横で、



「…ハァ、可愛い。怒る巫女さん、萌え。」



(あ、不審者発見。)



 如月さんを隣で秋野さんがうっとりと見ていた。



 今のところ危険度は低いので、とりあえず放置。



 思わぬ所で同僚の性癖を垣間見たが、今ほしい情報はそれじゃない。



「それで、学校ってどういう事ですか?」



 運転席の冴木さんに改めて問う。



「そのままの意味です。…言ってませんでしたか?」



「何をでしょうか?」



「如月様は、高校生ですよ。」



「…えぇ!? だって、会社の特別顧問兼 門の巫女じゃ―」



「それは副業で、本業は女子高生ですよ。」



「……女子高生……だと…」



「…JK…だと‥ゴクリ」



(若いとは思っていたが、まさか女子高校生だったとは。)



 ていうか、女子高生の副業、役が過剰すぎるだろ。



「二人とも~、私をいくつだと思ってたのですか?」



 ジト目で聞く如月さん。



 俺は、バックミラーで後部座席の如月さんを見る。



 未成年だと知ったからだろうか。 最初に見た時よりも、少し幼く見えた。



 その横で、



「そっかぁ、JKかぁ~」



 なんか声が弾んでる隣の不審者秋野さんにも目を向ける。



 ちなみに、さっきゴクリと唾を飲み込んだのは、秋野さんであり、けっして俺ではない。



 バックミラー越しに、如月さんと目が合う。



「日高さん、私、JKというらしいですよ? イエーイ☆」



 目の端で、横ピースをしながら言う如月さん。



「はは、そうみたいですね。」




 こうして、俺の転職後の初の仕事である『日本に五人しかいないレアな力を持つ天然巫女 女子高生の警護』が始まった。





















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