第5話 魔力

「では、今日から研修を始めます。」



 冴木さんが無表情のままに言う。



 斧槍を持った冴木さんが、修練場の壁をぶち抜く勢いで前鬼を蹴っ飛ばしたあの衝撃の組手があった次の日。



 俺と秋野さんは、壁に穴が空いた修練場で研修を受けるのであった。



「お二人にはまず、会社の身分証をお渡しします。 」



 そう言って冴木さんは、二枚のカードを俺達に渡す。



 カードは薄く光沢のある銀色の下地、片面には俺達の顔写真と名前等が記載されていた。



「その身分証は、この世界の鉱物で出来ています。 私達はそれを使い、武器を出現させる等の魔法を使用します。」



「へぇ~、これが例の魔法アイテムですか。」



 上にかざしたりしながら、カードをしげしげと見る秋野さん。



「それを持って、おんと唱えてください。 それが魔力を発動させるスイッチになります。」



 俺達は冴木さんに言われた通りに身分証を持って、



おん



 と、唱えた。



 すると、体の周りから青白い光が浮かんだ。

 体中に活力が沸くのを感じる。



「これで魔力により身体を強化し、武器を出現させる事が出来ます。

 頭の中で武器を思い浮かべてください。それが今後二人が仕事で使う物になります。 」



(…武器か。)



 俺は学生時代、空手をやっていたので武道の経験はあるが、武器を扱った事がない。



 どうしたものか‥と考えていると、



「わっ!?」



 秋野さんの手から先程より強く、青白い光を発光させた。



「武器を思い浮かべた様ですね。 では、『急急如律令』と唱えてください。」



「え~と、急急如律令!」



「あっ、小さい声でいいので。」



「あっ、…そうですか。」



(…………………。)



 手の周りが再び強く発光する。



 そして、光が消えたかと思うと、秋野さんの手には、日本刀が握られていた。



「わっ、本当にでてきた!」



 出現させた本人が驚いていた。



「刀ですか…。 剣道か何かやってました?」



「祖父が剣術をやってまして。 昔、祖父から習ってました。 なので、武器って聞いてすぐ思いついたのが、刀でした。」



「ふーん。 なるほど。わかりました。」



 秋野さんの話に無表情のまま納得する冴木さん。



(そうか。 秋野さん剣術経験者か。それで刀か。)



 そこでふと疑問に思った事を聞いてみる。



「ちなみに、冴木さんはなぜ斧槍を?」



「西洋武器が好きだからです。」



 そんな理由であんな厳ついもんを使おうと思ったのか‥。



「私の事より、日高さんは何か武器を思い浮かびましたか?」



「いや、それが…」



 いくつか考えてみたが、ピンとくるものがなかったのである。



「俺、学生時代は空手やってたんですが、武器はいまいちよくわからなくて‥」



「まあ、とりあえず魔力さえ使えれば徒手空拳でも戦えますし、武器の出現はまた今度にしましょう。」



 俺の武器の件はまたの機会へとなり、次の研修内容へ移る。



「秋野さん、刀を持って、修練場を出た先のあの木まで走ってください。」



 冴木さんは、修練場の出入口から見える一本の桜の木を指差した。



 修練場から見ても、木は小さく見える事から距離は少しあるようだ。



「はい、わかりました。」



 そう言って、秋野さんが修練場の畳を蹴って走ると、あっという間に、桜の木に到着した。



(早っ! いつ出入口を通過したかも見えなかったぞ!?)



 修練場から裸足のまま外の桜の木に到着した秋野さんは、こちらを振り向き、



「早っ! いつ出入口を通過したのか、わからなかった!」



 と、驚いていた。



「ちなみに、ここからあの木までおよそ50メートル。 今の秋野さんなら、およそ2、3秒くらいで着くでしょう。」



「はぁ~、すごい…」



 俺がそう感心していると、



「私最近全く運動してないし、ぽん刀持ってるんだよ? それで50メートルを2秒ってすごくないですか!?」



(うおっ!? もう戻ってきた)



 いつの間にか隣に帰還していた秋野さんが興奮した様に言っていた。



(てか、ぽん刀言うな。)



「では、次に日高さん。 ガードのポーズをしてください。」



「え、ガード? ‥こうですか?」



 俺は両腕で眼前を守る様に構えた。



「はい、それで大丈夫です。 ‥じゃあ、秋野さん。」



 冴木さんは、俺から秋野さんに視線を移し、



「日高さんの腕を斬ってください。」



「え?」



 とんでも無い事を何でも無い様に言った。



「はい、わかりました。 」



「は?」



 ヒュッ


 ザンッ



 秋野さんが目にも止まらない速さで抜刀し、俺の両腕を目掛け、刀を一の字に横に振った。



(このアマ! 本当に斬りやがっ……あれ?)



 俺は自分の両腕を確認する。 腕は斬られておらず、僅かに切り傷が付いていた。

 そして、その切り傷も、次第に治っていく。



「今、日高さんの体は魔力により護られています。魔力の鎧を着ている様な物です。 ついでに、傷も治ります。」



 冴木さんの説明が終わる時には、腕の傷はなくなっていた。



( へえ、治りが早いな。)



「わぁ…すごい。」



 俺の腕に傷を付けた張本人は、刀を出しっぱにしながら、傷の治りの早さに感心していた。



「それにしても、 見事な抜刀術でした、秋野さん。」



「確かに、全く見えなかったですよ! …後、躊躇なく斬った事を謝ってください。」



 刀を納刀した秋野さんは、



「えへへ、すみませ~ん。 」



 へらへらしながら、謝ってやがった。



「久しぶりに刀持ったので、若干テンション上がっちゃって。」



 それで躊躇無く人の腕を斬れるんだから、危ない人だな…。



「さて、お二人とも、」



 冴木さんが話を次に進めようとする。



「二人は今、 『魔力の出し方』『魔力による身体強化と治癒』『武器の創造』を覚えてもらいました。」



『はい。』



「日高さんは、武器が決まるまではとりあえず、徒手空拳で戦う訓練をしましょう。 」



「…わかりました。」



「では今後の研修ですが、 ほとんどの時間を私と戦ってもらいます。

 そうやって、魔力を出した状態での戦い方を覚えてもらいます。」



『…え?』



「唵。」



 冴木さんの周りを青白い光が包む。



「急急如律令。」



 言うと冴木さんの手が強く光り、次の瞬間にはその手に長く重量感有る斧槍が握られていた。



 ブォン



 斧槍を軽く振って構える冴木さん。



「では二人とも、構えてください。 行きますよ?」



 冴木さんのマジな雰囲気に、俺達は咄嗟にそれぞれの構えを取る。



(格闘技の構えをするなんていつぶりだろう…。)



 などと思っていると、



「日高さん。」



 左手で鞘を持って親指を鍔にかけ、右手を柄に添えている 秋野さんが声をかけてきた。



「ん?」



「どっちかがふっ飛ばされたら、生き残った方は、介抱しましょうね。」



「そうすね…」



 俺は、目の前で斧槍を持って無表情だが、闘志を向けてくる人を見て思った事を言う。



「俺達二人ともふっ飛ばされたら、その時は、自分の事は自分でなんとかしましょう。」



「…そうですね。それで、いきましょう。」



「二人とも、ご相談は済みましたか? では、始めますよ。」



『よし、バッチこーい!』



 それから二人ともふっ飛ばされたのは、言うまでもない。











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