第4話 組手

「私達の仕事は、異界に関わる人を守る事です。」



 如月さんに案内されて『会議場』と書かれた木札が貼られた建物に入り、そこで俺達は御酒島さんから、業務内容の説明を受けている。




「異界の存在は公にされていません。 秘密裏に各国の政府や組織、特殊な家柄の関係者が交流し、友好な関係を築きながら互いの世界の秩序を保っています。


 しかし、中にはそれを良しとしない者が現世と異界問わずに存在します。 その者達から人を守る事が私達の主な仕事になります。」



「そういうのって、警察とか公的な機関でやらないんですか?」



 俺は、なんとなく思った事を質問してみた。



 政府やその関係者の案件なら、民間に頼るより公的機関に任せた方がいいのではないのか。



「うちの会社は、古来より現世と異界を繋ぐ出入口、 『門』と呼ばれる空間の歪みを守ってきた陰陽師の一族により設立されました。


 門に限らず、特殊な事案に特化した専門の警備会社であり、異界の無法者に対処するノウハウを我社は持っていますので、多く人から警護を任されるわけです。」



「なるほど。 わかりました。」



 しかし、今の説明で新たな疑問が浮かぶ。



「なぜ、その様な特殊な会社に 俺は採用されたのでしょうか?」



 うちの家系ははっきり言って特別でもないし、俺自身異界についても全く知らなかったのだ。



「あの、 私もそれ聞こうと思ってました。 私もなぜ採用されたのでしょうか?」



 小さく手を挙げながら秋野さんが質問する。



 やはり、秋野さんも特殊な世界の関係者じゃないらしい。



「それに関しては、適性があるからです。 うちの業務に従事するための技術を習得する能力があるので、採用しました。

適性がある人は稀です。 お二人は、その能力を持つ才能があると判断されたのです。」


‘‘すごいことですよ~! パチパチ~’’と、小さく拍手しながら褒める御酒島さん。



 ふむ、適性か。 能力や才能があると言われると、自分が必要とされてる様で悪い気はしないな。



「適性ってどうやって見分けたのでしょうか? 採用試験は面接だけでしたよね?」



 秋野さんが質問する。



確かに、採用試験は面接のみで、特別な事は何もしていない。 面接自体も簡単な受け答えしかしていない。



「面接官に一人、眼力のある方がいます。 その方が個人を見て、その人の適性を判断します。」



 なるほど、長年 面接官をしてきたベテランがいて、一目見ただけで人柄や仕事の向き不向きなどが見えるということだな。



 俺は、目が鋭い強面の人もしくは眼鏡をクイッて人差し指で直すインテリー系の面接官を想像した。



 でも、そんな人いたかな?確か、面接官は三人いたが…



「‘‘占未眼’’という未来を視ることができる眼を持っているんですよ。 それでお二人の未来を見て、大丈夫と判断されたのでしょう。」



 (眼力があるって、そういう意味か!?)



 その超能力的な理由で採用されたのか、俺達。



「ちなみに、見た目は前髪が目元まである方です。雰囲気はかなり…いえ、若干暗い感じの。」



 いたな、 そんな感じの人。 ホラー映画でテレビからに出てきそうな感じの人だった。



「あ、あの 人ですか… 私を瞬きせずじっと見てぶつぶつ何か言ってた人…」



 面接の時を思い出して、ガタガタと震える秋野さん。



「そういえば、俺も怖くて面接中は目を合わせないように他の面接官に顔を向けていたな…」



 なんとなくだが、あの面接官とはすぐにまた会えるような気がする。



 俺達の反応に、御酒島さんと部屋の隅で静かに座っていた如月さんがふふっと小さく笑った。



「さて、大体の業務内容とお二人に適性があることはお話しました。 次は、お仕事に必要な能力について、実際に見ながら説明します。」



 その後、俺達は『会議場』から『修練場』と書かれた木札が貼られた建物へ移動した。



『修練場』の中は、一面 畳が敷かれ、壁には刀や槍の様な物がフックで支え置かれていた。



 修練場の真ん中には、冴木さんと先ほどの角の生えた男性が立っていた。



「あらら、冴木さん 、なぜ道着に着替えていないのですか?」



 冴木さんの服装を見て、御酒島が問う。



 冴木さんは、俺達を乗せた車を運転していた時は上下のスーツ姿であったが、今は上着を脱ぎ、白のワイシャツと黒のタイトスカートという格好であった。



 室内が畳なので、裸足である。



「汗をかくから、道着に着替えた方がいいと言ったんですけどね。」



 角の生えた男性は、困り顔で言った。



 男性の方は先程と同じで袴姿であったが、その手には刃にカバーをした手斧が握られていた。



(薪割りでもするのか?)



「問題ありません。 私は、この服装の方が動きやすいので。」



「まあ、当人がそれでいいのならいいです。」



 気にせず、ポーカーフェイスのまま応える冴木さんに、ふぅ~と溜め息をつく御酒島さん。



「あの、これは?」



 会話の終わったタイミングを見て秋野さんが質問をする。



 失礼しました、と軽く謝罪してこほんっと仕切り直す御酒島さん。



「今から冴木さんとあちらの男性、‘‘前鬼’’さんで組手をしてもらいます。

 お二人は、冴木さんの一つ一つの行動を見てください。仕事に必要となる能力をお見せします。」



「組手って…」



 あの二人が戦うっていうことか。



‘‘前鬼’’と呼ばれた男性の手には、刃にカバーを被せた手斧。



 冴木さんの手には何もない。



 手斧を持った角の生えた男性と手に何も持っていない女性が対峙している。



 かなり猟奇的な絵面だが、どうやって戦うのだろうか。



「では、始めてください。」



 御酒島さんの号令がかかる。



 それと同時に、冴木さんの両手が青白く光る。



 すると、何もなかった冴木さんの両手にはいつの間にか鉄製の長い棒が握りしめられ、その上部は、刃の部分がカバーされているが斧の形をし、さらに先端は鋭い槍であった。



斧槍ふそう!?」



 別名ハルバードと呼ばれる武器が出現していた。



「どこから、あんなでかい物がでてきたんだ?」



「あれは、創造したのです。 」



 俺の疑問に如月さんが応える。



「創造?」



「社員には各自、魔石で作られた社員証をお渡ししています。 魔石はこの世界に空気の様に充満する魔力を溜め込むことができるこの世界の石です。 その魔力で魔法を使う事ができるようになります。


 冴木さんは、社員証から魔力を受け取り、魔法で武器を創造しました。」



「………すごい。」



「魔法まででてくるとは…」



 何でもありかよ。



 如月さんの説明と冴木さんの何も持っていない手から武器が出現した事実に、唖然とする俺と秋野さん。



 冴木さんは槍の先を前鬼に向けた中段の構えの姿勢を取る。



 見た所 冴木さんの身長は165cm位で、斧槍はそれより少し長い。



 重量もあり、がっちりした体系でもなく華奢な見た目の冴木さんが使いこなせるとは思えなかった。



 冴木さんの体の周りが幽かに青白く光る。



「今 冴木さんは、魔力を体中に流しています。 それによって、身体能力を上げる事が出来るようになります。 」



 如月さんが解説してくれる。



 その解説の通り、冴木さんは重量のある斧槍を持って構えたまま、踏み込んで素早く前へ移動し、そのまま真っ直ぐ突きを放つ。



 前鬼は横に避けると直ぐに、持っていた手斧を突きの動作で延びた冴木さんの腕目掛けて振る。



 冴木さんは矛先を9時から12時の方向に向ける様に、真横だった斧槍を立てて、柄で手斧の攻撃を防ぐ。



 ゴォン と、武器と武器がぶつかる音が響き止まない内に、冴木さんは立てた斧槍を後ろ向きに回した。回転した勢いを使い、下から跳ね上げる様に柄頭で前鬼の顎を狙う。



 前鬼は上体を後ろに引いて避け、さらに二歩下がって間合いを離した。



 しかし、担ぐ様に構えた冴木さんが大きく一歩踏み込んで、長いリーチのある斧槍を振り下ろした。



 両手で手斧を支えて、振り下ろされた斧槍を防ぐ前鬼。



 カァァンン



 冴木さんは斧槍を引くと、次は横薙ぎに振った。



 これも防がれたが続けて、



斜め、横、下段斬りと角度を変えながら幾度もランダムに素早く振る。



 それら無数の攻撃を手斧で防ぐ前鬼。



 その度に、ゴォン カァンっという衝撃音が鳴り響く。


 自分より長く重量のある武器を速く自在に振り回す冴木さんの動きに、俺と秋野さんは言葉を忘れて見入っていた。



 そんな俺達に、如月さんが解説する。



「魔力を使えば、あの様な重い武器も軽々と使いこなし、移動する速度も速くなります。 さらに、体は何倍にも頑丈になり、少しの攻撃なら受けても、大きなケガをする事はありません。」



「………便利ですね。」



「お二人には、『武器の創造』と『体中に魔力を流す』、この二つの事を覚えてもらいます。 そしてある程度、あれくらい戦える様に強くなってください。」



「あれくらい強く…ですか。」



「はい。 あ、あれ以上強くなってもいいですよ?」



 ニッコリと優しい笑顔で厳しい注文をする如月さん。



「…善処します。」



 そのに目を戻す。



 激しい攻防を繰り広げていたが、冴木さんの攻撃で前鬼の手斧が弾かれて宙を舞う。



 冴木さんは柄頭を畳にあてて斧槍を真っ直ぐ立てると、柄を握りしめたまま飛び上がってそのまま前鬼に飛び蹴りを放った。



「え‥ ぐえっ!?」



 手から離れた手斧を目で追いかけて無防備になったところを、蹴りを受けた前鬼は潰された様な声を出して吹っ飛ばされ、壁まで激突。



 バゴォォンという音をあげて壁が壊れた。



「あ、すみません。」



 蹴った本人は、思いの他クリーンヒットした事に僅かに驚いていた。



 壁は大きな穴が空き、前鬼は外へ放り出されていた。



(…あれくらい強くか…)



「前鬼さーん、大丈夫ですかー?」



 如月さんの心配する声が響く中、俺は改めてとんでもない所に来てしまったと思ったのだった。

























































  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る