第3話 幽世

「お二人とも、着きましたよ。」



 助手席に座っていた御酒島さんが後部座席に座る俺達二人に言うと車を下りた。



 俺と隣に座っていた女性は一回顔を見合せてから続くように車から下りる。



 辺りを見渡すと、周囲は太く高い鳥居が囲む様に円周状に並び、 外には海が広がり、先程 車で渡った一本の大きな橋が延びた島である事がわかった。



 海からは、空に届く程巨大な四つの木がそれぞれ四方に位置する様に立ち、その太く長い枝は、島の端から端まで上を通り過ぎていて、そこから無数の桜の花びらが舞い降りていた。



 島の真ん中には広い参道があり、奥の本殿らしき大きな社殿に続く。 その途中、枝分かれするように直角に曲がった道があり、それぞれ別の社殿へ続いている。



(…神社、だよな。)



 周りの風景や建物を見る限り、今俺達がいるのは島全体が大きな神社の境内であろう。



 眠らされて起きたら車の中、どこに向かっているのかと思い不安と混乱でいっぱいだったが、 この場に着くと妙に気持ちが落ち着いていた。



「日高さん、秋野さん、少しこちらでお待ちください。 すぐ戻りますから。」



 そう言い残すと、御酒島さんは小走りにどこかに行ってしまった。



 その背中を見て立ち尽くしていると、



 トン トン‥



 と、背中を軽くノックされた。



 後ろを振り返ると、車の後部座席で一緒に座っていた女性、秋野さんがいた。



 ちなみに名前は、俺達二人が目を覚ましたのを御酒島さんが助手席から、



「日高さん、秋野さん、お目覚めですか?」



 と確認してきた時に知った。



「あの、 日高さん‥でしたっけ?」



「はい、日高です。 日高 昇矢と言います。 秋野さん‥でしたっけ?」



「はい、秋野です。 秋野 小春です。よろしくお願いします。」



「はい、こちらこそよろしくお願いします。」



 と、お互いの自己紹介終わり。



「あの、ここがどこかってわかります?」



 少し顔を寄せ、掌で口を隠し小声で聞いてくる秋野さん。



「いや、俺もさっぱりです。 俺も秋野さんと同じく連れてこられたんで。」



 ハァ~っと落胆した様に溜め息を吐く秋野さん。



「…そうですよね。 日高さん、喫茶店のテーブルにうつ伏せで寝てましたし。」



 どうやら、俺が眠らされた後に秋野さんは喫茶店に来たらしい。



「車の中で採用担当者を名乗る御酒島っていう人に行き先はどこかと聞いても、‘‘もうすぐ着きます’ ’しか応えてくれませんでしたね。」



「取りつく島がない感じでしたよね。 まあ、たどり着いた先が島なんですけどね。」



「どうなるんでしょうね、私達。」



「さあ… 」



「……………あ、‘‘取り付く島がない’’のに、御酒島さんの名前に島が付いてるのと、島にたどり着いたのを掛けたの、面白いと思いますよ。たぶん。」



「……………ありがとうございます。」



 車の運転席のドアが開き、中から女性が出てきた。



 名前は、冴木さんという。 ここまで車を運転してくれた人で、運転中は一言もしゃべらず、無口な人という印象である。


 

 冴木さんは俺達を一瞥し、



「お二人とも、如月様がこちらに来ます。 失礼のないように。」



 そう言うと、ピシッっ姿勢を正す。



(…如月様?)



 冴木さんが正対する方を見ると、御酒島さんとその横に白の上衣に緋袴姿の女性がこちらへ歩いてくる。



  女性は大分若く見え、長い黒髪と袴姿の和風美人という印象で、桜の花びらが舞う境内で歩く姿が絵になる。



 袴姿の女性は、俺達の前で止まると一礼。艶のある長い黒髪が少し揺れる。



 俺と秋野さんもつられて一礼を返す。女性は顔を上げて微笑む。



 一礼して面を上げるという僅かな所作であったが、無駄がなく美しく、且つ女性自身が容姿端麗ということもあり、つい見とれてしまった。



「はじめまして、私は 株式会社ライフ・ガーディアン 特別顧問の 如月 美咲といいます。  」



(特別顧問ってなんだ?)



 改めて見るとやはり、俺より若く見える。



(歳は二十代前半かな?)



 しかし、役職にも付いているし偉い立場の人なのかもしれない。



 ザッザッ



 少し遅れて二人の人物が 後から到着し、如月さんの後ろで止まった。



 俺はその二人に視線を移して、ぎょっとした。



 袴姿の男性が一人と女性が一人、 姿勢を正して俺達をにこやかな表情で見ている。



 如月さん同様、威圧感はなく優しそうな印象であったが、問題はその頭にあったもの。



「…え? あれって」



 如月さんにぽうっと見とれていた秋野さんもその後ろの二人に気づいて、驚いていた。



「はは、すみません、驚かせてしまいましたね。」



「最初は、みんなそういうリアクションをするんですよ。 ふふ。」



「私も新入社員の時は目を丸くしたものです。懐かしい。」



 袴姿の男女は笑いながら、御酒島さんは懐かしそうに言った。



「…………よくできた作りもの、じゃなさそうですね。」



「本物でしょうか、あれ」



 俺達の視線の先、



 如月さんの両側に立つ袴姿の男女の額にはそれぞれ、長く伸びた二本の角が生えていた。



 生え際を見ても継ぎ目はなく、歯が生えている様に体の一部なのだと見ただけで分かる。



 不自然な物であるのに、それが有る方が自然だと思ってしまう程自然体である。



「日高さん、 秋野さん。」



 角を凝視していた俺達に如月さんが声をかける。



「改めまして、採用おめでとうございます。

 そして、ようこそ、株式会社 ライフ・ガーディアン、 幽世支社 研修場へ。」



(…かくりよ? 何県 何市だ?)



「今お二人は、今までいた現世とは別の世界、つまり異界にいます。」



「へ?」


「ふぇ?」



「ここは我が社の研修場であり、ここで研修を受けた後、元の世界で勤務してもらいます。」



 そういえば喫茶店で御酒島さんが研修がなんだのって言ってたような‥。まさか研修先が異界とは。



(ふむ、 異界か…。)

 


 角の生えた人や巨大な桜の木を見た後だと、ここが今までいた場所ではない事は理解できる。



 それにこの様な何かと目立つ場所、本来なら有名になって知ってそうなのに、俺と秋野さん二人揃ってわからないとなれば、本当に異界とやらだと思う。



 (実は、俺は死んでいて地獄で鬼が出迎えに来たのではないかと思っていたところだ。 異界と言われれば、まあ…

 …よし、ここは異界だ。はい、納得。)



「研修? 異界…? 聞いてない‥」



 秋野さんが呆けた顔で呟いていた。



 もしかして、研修のことは聞かされてないのかな?



 秋野さんが説明を求めて御酒島さんを見る。



 御酒島さんは秋野さんの視線を受け、ニコッと微笑んで言う。



「研修の間は、うちのスタッフがサポートしますので、生活面は安心してくださいね。」



「あ…………はい。 もう、なんでもいいです。」



 秋野さんはまだ納得してない様だったが、いろいろありすぎて、考えるのをやめたみたいだ。



 かくいう俺も物事の急な変化に疲れ、もうどうにでもなれと半ば諦めモードであった。



「え~と…、立ち話もなんですし、移動しましょう 。詳しい話はその時に。」



 俺達が詳しい説明を受けず連れて来られたのを察した困り顔の如月さんの指示に従い、俺達はその場を後にした。



























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