万能俺様使用人×LJK

ぴぽぱ

第1話

ごく一般的な高校生であれば、学校に行かなければならない朝は、目覚まし時計もしくは携帯のアラームがお供になってくれることだろう。

しかし、私の朝には彼らを必要としない。

なぜならば。

コンコンコン。

軽いノックが三つ、部屋の外から聞こえる。

「おい、まだ寝てんだろ。起きろ」

不機嫌な色を隠さない、無機質な男声が私に向かって起床を促す。つい先程目が覚め、目は閉じているがはっきりと意識がある状態の私に、その声の主の言葉はしっかりと届いている。

「入るぞ」

男はドアを開け、私のプライベートを御構い無しにずかずかと部屋に入ってきた。個人的なスペースを侵害されるのは、この時間帯であればいつものことだ。

「もう一度言う、すぐ起きろ」

「んー…起きてる…今”賢者タイム”。もう少し待って」

「てめぇ!」

男は大声をあげ、左手で私の身体を強い力で掴み、一度揺さぶった。もちろん加減して、だ。

ここで一度、”賢者タイム”について解説させてもらおう。賢者タイムとは、基本的にはご存知の通り、ナニをアレした後に欲求から解放され何もかもが馬鹿馬鹿しくなる虚無の時間のことを指す。つまり、私の言う賢者タイムは「睡眠という欲を果たした後のインターヴァル」という意味なのだ。

外から衝撃を与えられ、悟りを開いていた私は、何かをつんざくような勢いで短くギャッと声をあげる。

「なにすんの!?」

「賢者の時間が必要ならアラームでもかけてもっと早く起きろ」

目の前の男は、朝の太陽をバックにするには似つかわしくない、ぶっきらぼうな言い方をした。私は仕方なく布団から這い出る。

「わざわざ目覚ましかける必要なくない?起きてても起きてなくてもこうやって貴紀が起こしに来てくれるんだから」

私のいい加減な発言に我慢ならなかったのか、彼はこめかみに青筋が入ったかのような顔をして怒鳴り声をあげる。

「お前のは!起きてるとは言わないんだよ!!」

大声で部屋の中を震撼させたのち、ぶつくさと小さな声で何かを言いながら私の抜け殻である掛け布団を畳む。


氷川貴紀、二十五歳。独身。

青黒い髪と高い身長、下半身はそこまででもないが、上半身はなかなか鍛え上げられている。所謂逆三角形の身体をしている。

私の両親が遠くの地で働いており、あまり家に帰ってこないため、私のお守り役をしている。要するに使用人だ。

私、豊島美彩、十八歳。高校三年生。

栗色の髪をした、どこにでもいるような若干つり目気味の顔をした女子高生。使用人を雇えるレベルくらいには実家が太い、以上。

私たちの関係をざっとまとめるとこんな感じである。

「美彩、何してんだ。早く食え」

朝食を前にボーッとしていた私は、貴紀の一言でハッとし、目玉焼きの乗ったトーストにかじりつく。この男の作る目玉焼きはいつも半熟で、とろりとした黄身とトーストの組み合わせがなかなかに乙であり、悔しいが実に美味である。

その味に夢中になってトーストを貪っていると、時計の針はすでに七時半を指していた。

ここから学校までは徒歩で二十分程度かかる。登校完了時刻である八時十五分までに着くには最低でも五十五分には家を出なければならない。

やばい、と思った私は喉に食べ物を詰まらせないように麦茶を飲んでから素早くトーストを口にいれる。

「ごちそうさま!」

そう言ってシンクへと食器を運んだ。

「だから早く起きろって言ってるんだよ、全く…」

貴紀は呆れたように私の方を見て、食事を続けながら呟く。

「……そんなに急いでんならさ、俺が」

「絶ッッッ対に駄目!!」

私は間髪入れずに断固拒否の姿勢を取る。

奴が何を口にしようとしているかは言わずとも分かっているのだ。

「車出せば秒だろうが」

目と眉の間を広げ、馬鹿にするような表情で貴紀は愉快そうに話しかけてきた。彼の言う通り、ここから車でかっ飛ばしてもらえば余裕で学校に着く。だが私は、これだけは絶対に譲らない。

「貴紀、私との約束、分かってるでしょ?」

「はぁ、意固地な奴だな」

私は貴紀がこの家に来て間もなく、ここでの生活を送る上で守ってほしい約束をいくつか取り付けた。

一つ目は、学校への送迎は何があってもしないこと、である。

「あんたが私を学校に送ってるところを誰かに見られたらどうするつもり?」

私は貴紀を睨みつけ、こう続けた。

「もし見られたら、年若い男とほとんどの時間を二人きりで過ごしてるヤバイ女と思われるでしょ?」

「そうかねえ」

全く、呑気な返事だ。

学校という小さな世界のネットワークの中では、他愛のない噂話はいともたやすく本物になってしまう。私の場合は、噂などではないのだが。

「それに、そうなったらあんただって危ない立場になるかもしれないんだよ?私の家に使用人がいるってことは学校の中の誰も知らない。学校があんたを女子高生と親密な怪しい男だと判断したら、最悪の場合あんたはここを追い出されてまた路頭に」

「いいのか、時間」

だらだらと文句を連ねている間も時間は待ってくれなかった。話を逸らされたことは納得いかないが、早く準備をしなければ学校に遅れてしまう。私は急いで制服に着替え、支度を整えて家を出た。





_______これは、万能だが俺様な使用人と、とある少女の話。

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