短編02:猫探し
フォーゲル・フライハイトには、アハートという名の相棒がいる。
相棒といっても、鷹である。一年間にも渡る昏睡状態から回復した直後にやってきたこの鷹は、フォーゲルが診療所を退院しても尚ついて来ては離れようとはしなかった。警戒心が高く人には懐かない種、らしいのだが。
とは言え、このアハート――ヒスイコタカという種にあたるこの希少な小鷹は、リーベルタースが拠点としている街においては保護条例対象にあたる。フォーゲルから一向に離れようとしないことで条例違反が発生してしまう恐れがあった為、条例を取り決めている保護団体と交渉し、定期的に動物専門の病院に報告と検診その他細々とした諸々の許可を得て、ようやく安心して事務所に巣箱を設置して一緒に暮らすようになったのがつい先月のことである。
そんな経緯があった為、ミスティルは勝手に「フォーゲルは動物に好かれる性質らしい」と思っていた。の、だが。
「まさか貴方が動物から嫌われる方だったとは、思ってもみなかったわ……」
ミスティルの素直すぎる感想に、フォーゲルは僅かに肩を落とした。
少年の顔は相変わらずの無表情ではあるが、纏っている空気が明らかにションボリしている。そんな少年の手の甲には小さな引っ掻き傷。先程捕まえようとした子猫に引っ掻かれたのだった。
ミスティルはあらかじめ持ってきておいた消毒液で簡単に手当てをしてやりながら、俯いている少年の頭をよしよしと撫でる。
「私が勝手に期待しちゃっていただけなのだし、貴方が落ち込むことないわよ」
「……ねこ……」
「貴方自身は動物がすごく好き、というのも良くわかったから。ほら、見るだけなら平気なのだから、さっきの子を追いかけるわよ」
「……うん」
ションボリとした空気はそのままに、少年は顔を上げると辺りを見渡し、確信を得ながら歩き出した。
動物から一方的に嫌われてしまうらしいフォーゲルだが、その割にはどんなところに動物がいるか、どの方向へ逃げたか、が彼にはなんとなくわかるらしい。その感覚を頼りに、今回依頼された迷子猫の捕獲ミッションをクリアしようというのがミスティルの作戦である。
とはいえ、先程見つけて手を伸ばしたフォーゲル本人がこの有様なので、場所だけ知らせてもらった後はミスティルとレオウが捕獲する、という作戦に変更せざるを得なかった。ちなみに、レオウには向こう側に待機してもらっている。挟み込む為だ。
と。
ふいにフォーゲルが指をさす。
「え、見つけたの? どこ?」
「ベンチの、下」
「……いた! あ、待って、目が合っただけで逃げないで! レオウそっちに行ったわ!」
「! 承知しまし、た、あっ」
「レオウ大丈夫!?」
「……まさか私を踏み台にして逃走するとは……無念……」
「あーもー、レオウまで落ち込まないの!! ほら追いかけるわよ! 見失っちゃう!」
そんなこんなで、子猫を捕獲できたのは日が傾き始めた頃だった。
保護用のゲージに収まった子猫は警戒を解くことなく、ゲージの隅で小さくなっている。そんな子猫を未だにしょんぼりとしたままのフォーゲルが覗き込む。
「ねこ……」
「二人とも、お疲れ様。これで無事に依頼達成できそうね……それにしても、えらく嫌われちゃったものね。この子とは今日が初対面のはずだし、家猫だから外の環境に慣れてなくて警戒心が増している、にしても……フォーゲル、貴方、何か心当たりはないの?」
ミスティルが一緒になってゲージを覗き込みながら、問いかける。
「心当たり……」と呟きながら、フォーゲルは小首を傾げる。どうやらこれと言った心当たりはないようだが、無意識に少年の手が自身の胸元へと伸びているのをミスティルは横目で見ていた。
少年の胸元には、未だにエテルニア石がある。
1年間の昏睡状態を経てもなお皮膚と癒着した状態で残っているその青く輝く石は、持つ者の精神を狂わせたり、辺りの環境に影響を与えたり……と、未知数ながらに報告が挙げられている。ならば、動物にはその本能で危機を感じ取ることも可能なのでは。
そこまで思考したところで、ミスティルはこっそりと息を吐く。
「まぁ、貴方にはアハートがいるじゃない。もしかしたらアハートの臭いが貴方に移ってしまっていて怖がられているのかもしれないわよ」
「! ……そうか……」
「って、信じちゃうのね貴方。えぇっと、全てアハートのせいってわけでもないと思うし、あくまでも推測なのだから、誤解しないようにね?」
納得しかけるフォーゲルに慌てて訂正を入れながら、ミスティルは再度よしよしと頭を撫でる。
それから子猫を依頼者へと引き渡すまでの間、フォーゲルはかなりの距離を取りつつも子猫を思う存分に眺めていた。
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