短編01:舞踏会


「お願いティルちゃん!! フォーゲルくんを貸して!!」

「駄目です!! いくら大好きなおば様のお願いでもそればっかりは聞けません!!」

二人分の大きな声に、フォーゲル・フライハイトは事務所の扉を開けた姿勢のまま、目をぱちくりとした。

出入り口の扉を開けてすぐそこの応対室で声を上げているのは、この事務所を贔屓にしてくれているフィークス・フラーメン婦人と、所長であるミスティルだ。そっと扉を閉めて視線を彷徨わせてみると、二人から少し離れたところでレオウ・レントゥスとマーネ・メモリアが手招きをしている。心持ちそろりそろりと足を運んで二人の側へ寄ってみれば、レオウが手短に説明してくれた。

曰く、フィークス婦人からの依頼だそうだ。婦人の付き添いとしてとある舞踏会へ参加してほしい、という簡単な内容である。

ただし問題が二つ。一つ目は、その舞踏会は男性禁止。二つ目は、ミスティルは過去に同じ依頼でフィークス婦人と参加したらしいのだが、大変不愉快な目にあってもう懲り懲りであるということだ。

「? 何が、あったの?」

「うむ、それがだな……その舞踏会の主催者が、大変な女性好きであるのだ」

ああなるほど、とフォーゲルは納得する。ミスティルはそういった手の話を極端に嫌がるのである。大方、前回の依頼で、相手方に好奇な目を向けられて大変なことになったのだろう……と、ここでフォーゲルは首を傾げる。

「……もしかして、よく依頼を横流ししてくる、ミスティルのことが好きな人?」

「その通りよフォーゲル!! わかってくれる?! この私の気持ち!!」

くわっと噛み付かんばかりにミスティルが言い切った。

つまり、前回の依頼から現在まで、その主催者に激烈なラブコールを受けている状態らしい。どうやら主催者である貴族男性は、財力だけはたんまりと蓄えがあるが独身らしく、自分の花嫁探しにと年に一回舞踏会を開いているらしいのだ。フィークス婦人が毎回その舞踏会に招待されるのは婦人の顔の広さに頼る為であり、婦人としても辞退したいところではあるのだが、旦那様の仕事の関係者でもある為に無下にはできないとのことだ。

「わたくし自身は既婚者ですから、彼の目にはノーマークなのですよ。嬉しいやら悲しいやら……けれど、その代わりに良い子を紹介して欲しいと毎回しつこく言われるものだから」

「それで前回は私が付き添いをしたの。でもあの人、はっきり言って魅力がないのよね。話すことも自分の自慢話ばかりで飽き飽きしちゃう」

「おまけに目移りも酷くて、浮気もよく耳にするのよ。商人貴族としては一流な殿方なのに、女性の方々からはモテなさすぎて、そこが残念で仕方ないのよねぇ……」

ずけずけと男性の欠点を挙げていく二人は、相当頭を悩ませているらしい。

その時、おそるおそるとマーネが手を挙げた。

「あの、ですから私が……」

「マーネは駄目よ!」「マーネさんは駄目!」

「ひぇっ、は、はい」

声を揃えていう二人に、すごすごと引っ込むマーネである。

二人の様子と、マーネの様子と、レオウの苦々しい表情と……それらを見て、ようやくフォーゲルは事態を察した。

「……俺?」

「そうなのフォーゲルくん!! 常々フォーゲルくんは容姿だけは抜群だと思っていたのよ! お顔も綺麗だし、傷跡さえ誤魔化せばなんとかなるのではないかしら!! ちょっと綺麗なお洋服着てみない?!」

フィークス婦人が縋り付く。もはや婦人もなりふり構えない状態らしい。後ろでミスティルが「だから無理ですってー!」と叫んでいる中、フォーゲルはあくまでもマイペースだった。

うーん、と逡巡した後、少年は口を開く。

「別にいいけど」

「そうよねやっぱり駄目よね! ……え?」

婦人はきょとんと呆けた顔をする。

それは後ろのミスティルも同じで、よく見ればマーネも同じ顔をしていた。

「だから、別にいいけど」

「……フォーゲルくん、女装することになるのよ?」

「うん」

「……フォーゲル、本気で言ってる?」

「うん」

二人に頷けば、最後にマーネが恐々と尋ねる。

「……フォーゲルさん、素っ気なく言ってますけれど、その、ドレスを着たことはあるのですか?」

「? 奴隷だった時、買われた先の主人の趣味で抱か……むぐ?」


レオウが咄嗟にフォーゲルの口を塞いだ。

女性三人はそれぞれ目を逸らした。


「……速やかにお断りする作戦を立てましょう、おば様」

「そうね、ティルちゃん……」

「私は何も聞いていません……何も聞いていません……」

その後、婦人とミスティルの呼びかけにより舞踏会に招待された女性全員が団結し、主催者側へ舞踏会の内容変更を要望した結果、舞踏会は中止になった。

更にその後日談として、主催者の男性は自分磨きの旅に出たとかなんとか、そんな噂がフォーゲルの耳に届いたのはそれから一週間後のことだった。

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