扇風機のある夏

@kizaki_kiko

扇風機のある夏



「あ~~~~~~暇だ!何もすることがない」

そう呟いたのは8月31日。

「何もすることがない」といったのはもちろん嘘で、目の前には夏休みの宿題という「すること」が山積みになっている。

俺はそんな「すること」を机の端に寄せると、肘をついてスマホをいじった。現実逃避である。

最近インストールした漫画アプリでよさげな漫画を探していると、似たような漫画が多いことに気付く。

「異世界転生モノねぇ…。」

さんざんやりつくされて、それでもどこかに抜け道はないかと玉石混交の作品が世に生み出されている。もちろん面白いものも多いが、正直食傷気味だ。


俺はスマホの電源を切るとベッドに仰向けに寝転んだ。ちょうどベッドの横に置いていた扇風機が頭のすぐ上にある。目が合った気がした。

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”」

一定の強さで風を送ってくる扇風機に対抗するように「あ」を言うと、扇風機はそれを避けるように首をゆっくりと横に振り始めた。


そういえばこの扇風機、電源を入れた記憶がない。

ふとそう思ってスイッチを見ると、電源は入っている。

今日はそこまで暑くは なかったが、いつもの癖でスイッチを入れたんだろうか。


そう考えながら電源コードの行く先を目でたどると、その先は床に転がっていた。

あれ?コンセント、刺さってない。

「うちの扇風機ってコードレスだったっけ」

いやそもそもコードレスならコードがあるのはおかしい。コードレスなんだから。コードレスレスになってしまう。

混乱する頭で扇風機とコードの先を交互に見る。


稼働する扇風機、刺さっていない電源コード。

ベッドから降り、扇風機の周りをぐるりと一周してみる。プロペラは相変わらず風を送ってくるし、首は横に振っている。

「どうなってるんだ?」

そういいながら稼働中の扇風機を持ち上げたり、持ち上げたまま横に倒したりしてみる。

すると扇風機はそれに抵抗するように風を「最強」にしてこちらを向いてきた。

「うわ!おいやめろって!悪かったから!」

機嫌を損ねた扇風機を床に戻すと、風は「普通」に落ち着いた。

「なんなんだよ、気持ち悪いなあ」

思わずそう呟くと、機嫌を損ねたのか彼(彼女?)は風を「弱」にして下を向いた。

なんだかちょっとかわいそうだ。

「...悪かったよ。気持ち悪いは言いすぎた。」

そういうと風は「普通」になった。


「前々からお前を見てると『見られてる』って感じがしてたんだよなぁ」

語りかけると「心当たりないなぁ」という感じで首をかしげる扇風機。縦と横以外にも動くとは器用な奴め。

「家電は機械で、設計された通りにしか動かないはずなんだけどなぁ。実はそういう商品なのか?家庭用ロボットみたいな?」

そう尋ねると、扇風機は首を横に振った。

「違うのか?ますますわからん...。まぁいいや。ちょうど暇してたんだ。話し相手になってくれよ」


それから俺と扇風機はいろいろな話をした。と言っても俺が話して扇風機がうなずいたり首を傾げたりするだけだったけれども。


いつの間にか外からはヒグラシの声が聞こえていた。

「いや~~いい暇つぶしになったよ。ありがとな」

そういいながら立ち上がり、夕焼けを遮ろうとカーテンに手を掛ける。

「こちらこそ、ありがとう」

後ろから声が聞こえた。

それはまるで扇風機に「ああああ」を言ったときのような、おかしな震え声だった。

振り返ると、扇風機が首をゆっくりと左右に振っている。

「扇風機、お前いったい、なんなんだ......?」

すると扇風機はゆっくりとこちらを向いたところで首を振るのをやめた。



目が合う。


いつの間にか扇風機のプロペラは回転を止めていた。


なぜ扇風機から目が離せなくて、俺と扇風機はしばらく見つめあっていた。



「なーにやってんのよ!」


気が付くとソーダ味の棒アイスを手に持った姉が部屋のドアの前に立っていた。

「こんなに暑いのにクーラーもつけずに扇風機とにらめっこして。」

いつの間にか部屋の気温は上がっていて、肌に汗がにじんでいた。どれくらい扇風機と話していたのだろう。


「いや、あのさ、なんていうか、扇風機が…。」

「動いて、話したんだ」と言おうとして、口をつぐんだ。ますます姉に頭のおかしい弟だと思われてしまう。

「扇風機?あぁ。明日回収に出すことになったから」

「回収?」

「廃品回収よ。アンタがずっと言ってたんじゃない。『クーラーがあるからもう使わないし、部屋においてても邪魔だから』って。」

そうだった。

幼いころから夏になると前に座って「ああああ」を言っていた扇風機だったが、大きくて邪魔だし夏しか使わない。夏も冬も使えるクーラーがあればもういらないし、それに今ならもっといい扇風機が売っている。そう、例えばコードレスの扇風機とか。

だから、「この夏が終わったら捨てよう」と俺が家族に提案したのだ。

「そのことだけどさ、捨てるのやっぱりやめない?」

姉はアイスの最後のかけらを口に入れると、「はぁ?」と言った。

「ずっと処分したいって言ってたじゃない。それに廃品回収用のシールももう買っちゃったよ」

そう言って扇風機にシールを貼ろうとする姉に割って入る。


「でもさぁ、ずっと一緒に夏を過ごしてきたわけじゃん。姉ちゃんも小さいころからさぁ」

「だからってアンタ、冷蔵庫も洗濯機だって買い替えたんだよ。こいつももう寿命だよ。それにクーラーあったら使わないし、アンタも使ってなかったじゃない」

「でも」

「でもって言われても、もう決まったことだし」


「でも『ああああ』ってするやつは扇風機でしかできないんだよ!!」

気が付くと大きな声でそんなことを言っていて驚いた。姉の目にはさぞかしおかしな弟のように映っていたことだろう。

姉はしばらく目を丸くしていたが、やがて口を開いた。

「廃品回収代、アンタのお小遣いから引いて貰うからね」

そういうと姉は食べ終わったアイスの棒を加えながら部屋から出て行った。


夏の夕暮れに、俺と扇風機だけが部屋に残されていた。

俺はコンセントを挿して電源を入れ、無言でプロペラを回す扇風機に「ああああ」と言った。



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