最終話:3人のそれから
「ルーク、それにアルマも本日は足労していただきありがとうございます」
調印式の後でルークとアルマは
「王族を代表しての大役、お疲れ様でした」
「固い挨拶はこれくらいにしましょう。もう肩が凝っちゃって凝っちゃって。あ、2人ともお茶でいいかしら」
フローラは朗らかな笑顔を見せながら自らの手で茶を淹れている。
「ここの花茶は凄く香りが良くて好きなの。王城へも取り寄せてるくらい」
◆
「ごめんなさい、あなたがたを騙すようなことをしてしまって」
しばしの談笑の後でフローラがふいに呟いた。
おそらく南方領土に誘ったことを言っているのだろうと悟ったルークが手を振りながら微笑む。
「気にしていませんよ。元々調べてくれと言われていたわけですから」
ルークの言葉にアルマも頷く。
フローラに南方領土を調査してほしいと言われた時から何かが起こるだろうことは覚悟していた。
それに美しい南国を訪れることが出来たうえにルークにとっても多くの収穫があったから不満などあろうはずがなかった。
それを聞いたフローラの顔に安堵の表情が浮かんだ。
「あなたにそう言っていただけると救われます」
「全てフローラ姫はわかっていたことなんですか?神獣が復活することも……」
「それは全くの想定外でした。あなた方を危険にさらしてしまったことは今でも申し訳なく思っています」
フローラが申し訳なさそうに頭を下げる。
「まさかウィルキンソン卿があそこまで危険なことを企んでいたとは……神獣が復活してしまえば条約どころの話ではありませんでした。最悪魔界との関係が再び悪化することもありえました。その点においてはまたあなたに救われたことになりますね」
あれからオミッドとダンデールは厳しい取り調べの果てに全てを自供したらしい。
南方領土を簒奪しようとした2人の罪は重く、既にダンデールは極刑を執行されてオミッドも監獄で己の最期を待つ身となっている。
「南方領土は王家が直接統治をおこなうこととなりました。私が暫定領主となることが内定しています」
フローラが静かに告げる。
「私にはあまりに荷が重い役ですがゲイル殿下がいない今、王家も人材に不足しているのです」
あれ以来ゲイルの消息はようとして知れない。
一月ほど前に魔界を旅する3人組の人間が目撃されたとバルバッサが言っていた。
おそらくそれがゲイルたちなのだろうとルークは思っている。
あの王子のことだ、魔界でもたくましく生きているに違いない。
「これからもルークとアルマの力をお借りする場面が出てくるかもしれません。その時は頼ってもいいでしょうか?」
「もちろんです!僕にできることがあったら何でも言ってください」
「私もです。私の力必要な時はいつでも馳せ参じます」
ルークとアルマが力強く頷く。
「ありがとうございます。ほんの心ばかりのお礼ではありますが、これは私からあなた方へのお返しだと思ってください」
フローラは2人の言葉に嬉しそうに首肯するとルークの手を取った。
ルークの手のひらに何か小さなものを落とすとその手をゆっくりと放す。
「フ、フローラ様、これは……!」
渡されたものを見てルークは仰天した。
それはナイチンゲール家の家紋とフローラの名が刻まれた印章指輪だった。
「その指輪を持つものは私の名のもとにナイチンゲール家の庇護下に置かれます」
フローラがほほ笑む。
「それが誰であろうと、仮に魔界のものであってもです」
「フローラ様……仰っていることの意味を分かっておいでなのですか……」
ルークは知らず知らずのうちに固唾を飲みこんだ。
フローラはルークがその指輪を託した者なら誰であれ守ると言っているのだ。
おそらくルークがそれを誰に渡すことになるかもわかっているはずだ。
「もちろんです。言ったでしょう、これはあなた方に対する私の気持ちだと。ルーク、あなたはこの国を何度も救ってくれました。私は王族の人間としてそれに報いる義務があります。それはその証だと思ってください」
フローラは変わらぬ笑顔でそう言うとふいと立ち上がった。
「今日はそれを伝えるためにお呼びしたのです。お時間を取らせてしまってごめんなさいね」
その言葉を談話終了の合図と受け取ったルークが立ち上がる。
「フローラ様、ありがとうございます。このご恩は決して忘れません」
「こちらこそ、あなたのご師匠様にもよろしくお伝えくださいね。あれ以来歓待することは叶わずにいますから、いつでもお待ちしています」
◆
「へえ~、そんなことがあったんだ」
フローラの印象指輪をもてあそびながらイリスが興味なさそうに呟く。
「そんなことどころじゃないですよ!」
ルークが興奮したようにまくしたてる。
「師匠をどうやってみんなに受け入れてもらうかずっと悩んでたんですから。フローラ様の支援があれば悩みは一気に解決ですよ!」
イリスは人類に敵対した魔神として今でも恐れられている。
中には神敵として教義に掲げている宗教もあるくらいだ。
そんな人々の心を急に変えることは難しいだろう。
それでもフローラが支持してくれるという物的証拠があれば今までよりも遥かに希望が持てることは確かだ。
「まあいいんだけどさあ。ルークから初めてもらった指輪が別の女の持ち物だってのはねえ~」
気乗りしなさそうにイリスがぼやく。
「
「いやいや、いったんルークに手渡された以上ルークが私にくれた指輪という事実は変わらないでしょ」
念を押すアルマに対してイリスがからかうように返す。
「ま、もらって損はないものだろうしありがたく頂戴するよ」
イリスはそう言うと右手に指輪をはめた。
「そういえばこれもお返しします」
ルークは左腕に手を突っ込むと中から赤い魔石を取り出した。
イリスの魂が込められた魔石だ。
「それはあんたに預けておくよ」
「し、しかし……」
「わかってる、今のあんたにはまだ過ぎた力だと言いたいんだろ?」
イリスの言葉にルークは頷くしかなかった。
赤子の手をひねるように神獣を討伐できるほどの力がこもっているのだ、今のルークにはとてもじゃないが制御しきれるとは思えなかった。
むしろ力は力を呼び寄せることにもなる。
この魔石を求めてどんな者がルークに近づいてくるのか、想像するだけで背筋が寒くなる。
「それでもだよ、ルーク。あんたはこれからも望むと望まざるに関わらずに色んな事に巻き込まれていくだろう。それはあんたがそれだけの力を身に付けたからなんだ。それらを切り抜けるためにはこのくらいの力を自分のものにできなきゃいけないのさ」
イリスはそう言って笑うと元気づけるようにルークの肩を叩いた。
「大丈夫だって!ルーク、このあたしが大丈夫だと確信したんだからあんたに託したんだよ。もっと大船に乗った気持ちでいきなって!」
「そう……ですね」
こわばった顔でルークが頷く。
イリスの言うことももっともだ。
これからも様々なことが起こるだろう。
その時に自分や周りのみんなを守れるようになるためにはもっともっと強くなる必要がある。
いや、強くならなければいけない。
「寂しくなった時はそれをあたしだと思って抱えて寝てくれればいいよ。アルマだけに任せるわけにはいかないからね」
「なにおう!まさか、あんたそれが狙いだったのね!」
イリスの言葉にアルマが食ってかかる。
「そいつはあたしの魂だからね、文字通りルークと一心同体って寸法さ。あんたがルークと一緒の時でもその間にはあたしがいるって思い出すことだね」
「外す!絶対に左腕は外させる!」
じゃれ合う2人を見ているルークに笑顔が浮かんできた。
(そうだ、何を迷うことがあるんだろう。僕はこの2人と一緒なら何でもできるはずだ)
「わかりました、師匠。この魔石はありがたくお受けいたします。師匠の期待に応えてみせます!」
そう言うルークの眼差しには新たな決意がみなぎっていた。
この力を使いこなせるようになった時、イリスを解放できるようになっているはずだ。
不思議な確信がルークの胸を満たしていた。
「その意気だよ、ルーク。あんたならできるさ」
「そうよ、ルークだったらきっとできる!私も手伝うから!」
イリスとアルマが立ち上がりながらルークに笑いかける。
「ありがとう……2人がいてくれて本当に良かった。こんなに素敵な2人が一緒にいてくれるなんて、僕はこの世界で一番幸せな男だと思う」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないの!」
イリスがルークとアルマを抱きしめた。
「それじゃ今夜は朝まで宴と行こうじゃないか!2人が持ってきてくれた酒もあることだしね!」
「ちょっとイリス、あんた飲みすぎるのもほどほどにしてよね。この前だって結局……」
「固いこと言いこなしだって!ルークあんたもそう思うだろ」
「……そうだね、今日くらいは思い切り楽しむのも良いよね」
「ルーク、あなたまで……まったくもう、わかったってば。言っとくけどやると決めたからには徹底的に行くから覚悟しなさいよね。私はもう止めないからね」
「そうこなくっちゃ!久しぶりに飲み比べと行くか!」
3人は肩を組みながら屋敷の中へ入っていった。
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ご愛読いただきありがとうございました!
ルークたちの冒険はまだまだ続きますが『《解析》の魔法は全てを見通す ~ 魔法が使えないからと追放されたうえに殺されかけた少年は魔神の力で最強の戦士となる。魔法騎士?僕の目には弱点だらけにしか見えません~』はこれにて終了となります。
途中かなり休載してしまった中、待っていただいた読者の方々には感謝の言葉しかありません。
現在新作を構想中ですので来年にはまたお会いできると思います。
それでは、重ね重ねになりますがありがとうございました!
《解析》の魔法は全てを見通す ~ 魔法が使えないからと追放されたうえに殺されかけた少年は魔神の力で最強の戦士となる。魔法騎士?僕の目には弱点だらけにしか見えません~ 海道一人 @kaidou_kazuto
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