そして私のような人間が二度といないように

 それは相根がいなくても必然だったことなのだろう。互生ほどの経済的・人員的規模を持った宗教団体が政治に関わらなかったことのほうが例外的なのだから。相根がいなくても、いずれ互生は政治に関わっていくことになっていたし、それは非暴力的手段であったことには間違いない。しかし、相根はほんの少しだけ歯車を早く進めた。そしてたった一つだけ私情を政治に捻じ込んだ。

 起きたことは、たったそれだけだ。


 20年かけて、互生は国政議会に両手で数えられる程度の議席を持った。その経過について詳しく述べることはこの小説の主題とするところではない。人口が減ったことで組織票が強くなったとか、低迷する時代に既成政党への不満の受け皿として機能したとか、そういったことは学術的な本に任せたい。後世の人間の後知恵で言えば、互生はどこかにあるリソースを別のところに回しているだけで、何かを生み出していたわけではない。休みの日に信者が互生でボランティアをする時、家ではその子供が寂しそうにしている。右から左、左から右で何も生み出していないのだから、社会の停滞にも人口の減少にも解決策を見つけることができるわけもない。けれども、そんなことは美香にも相根にも関係なかった。互生党は連立与党入りし、そして一つの法案が通った。


 その法案は、人口減少が進む中で離島や田舎の土地から都会に人を移住させ、残った設備を解体するというものだった。設備を解体するというのは、要は犯罪者のたまり場にしないためという口実だった。互生にとっては、人が密集すれば布教がしやすくなるという論理だった。けれどもそれも、むろん口実だった。

 多くの人が反対した。故郷を愛する人間もまた多いからだ。けれども最終的には合意に至った。あの災害からずっと、人は「必要なことだから」とラインを後退させるのに慣れてしまったからだ。




 もはや誰もいないあの因習の島の焼け跡に、髭がボウボウの中年男性が一人降り立った。彼は対岸から手漕ぎボートを漕いで、身一つで煤けた港を踏みしめたのである。小学校、田んぼ、燃え尽きて溶けた消防車。そして最後に、高台の、立派に焼け残った家に入る。

 高台からは村民たちの家が一つ残らず焼け落ちているのが見えて、材質が無言で支配ー被支配のくびきを語っている。

 彼が何かを呟こうとしたその時、ダイナマイトが動作して、辛うじて残った設備も島ごと吹き飛ばした。

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或る女の人生 只野夢窮 @tadano_mukyu

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