北極星

 大ホールでの演説を終え、自室に戻る。相根が笑顔で出迎えてくれるから、優しいハグをする。

「中継画面をここで見てたよ。いい演説だったね、美香。最後に沸き上がったコールの力強さと振動が、ここまで伝わってきたよ」

「ありがとう、相根。でもね、実はあれは仕込みなのよ。サクラがいたの」

「サクラがいたとしても、しょうもない演説では誰も盛り上がらないわ。それはやっぱり美香の実力よ」

「そう言ってくれると嬉しいわ。さて、これからの話だけど……」

「選挙で合法的に政権獲得を目指したほうがいい、って美香は言ってたわね」

「そうよ。これまでに日本で武装蜂起が成功した前例はないし、これからもおそらくないわ。例の災害のせいで世界中が他国を侵略するどころじゃなくなったから自衛隊は規模を縮小しているけれども、それでもなお戦車や装甲車を数十台単位で保有している大規模な軍隊だわ。はっきり言って勝てるわけがない」

「それこそ、もっと昔には政党や宗教団体が武装蜂起しようとした例があったと本に書いてあったわ。中核自衛隊とか、オウムとか。でもそれらは全て失敗した」

「そう。人数だけで見れば私たちのほうが彼らよりも多いわ。けれど、私たちには彼らのような化学兵器を作るノウハウも、強力な一体感もない。私たちの強みでもあり、弱みでもあるのは、緩やかなつながりで結びついていること。だから、武装闘争よりも数を頼みに出来る選挙のほうがいい」

「理屈はわかったよ。でも、私たちが元気なうちに政権を取ることなんてできるのかな」

「実際のところ、政権を取るまでする必要はないかもしれないわ。例の災害の時に、憲法を改正して緊急事態条項を正式に組み込むべきだという議論があったのよ」

「でも、今まで改正は進んでいない……」

「そう、それは私たちの国の憲法が硬性憲法だからだわ。具体的には、国会で三分の二の賛成を集めることが必要になるのよ」

「三分の二ってそんなに難しいのかな」

「相根の住んでた島ほど、この社会は意見が統一されているわけじゃないわ。それに、有権者の投票率は50%弱なの」

「確かに、私の島の投票率は100%で、白沖家以外に選択肢はなかったわね」

 二人してブラックジョークで笑って見たりする。

「つまり、50%×30%で、有権者の二割弱を抑えていれば、十分憲法改正は阻止できることになるわね。まあ、これは単純計算で、実際は得票率がそのまま議席に占める割合にはならないんだけど……」

「死票があるからね」

「そうね。ただ、要はある程度の岩盤支持層を抑えてさえいれば、憲法改正を何としても阻止することは可能ということよ。逆の立場から見れば、どんな災害や戦争が起きようとも、一字一句変えることはできないというわけ。だからこそ例の災害ですらきっかけにならなかった」

「ああ、美香の言いたいことがわかった。つまり、数議席程度でも、三分の二を占めるためのキャスティングボードを握ることができれば……与党と交渉してこちらのやりたいことを一つ、二つ通すぐらいのことはできるということね」

「そういうこと。私たちは10万を超える信者たちを抱えている。これから地方選挙や布教活動で地道に人数を増やして、国政選挙で比例代表に食い込むぐらいになれば、チャンスはある……!」

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