誰が何と言おうとこれは百合!!!

 ふと気づくと、私は机上のノートパソコンの画面をぼーっと見つめていた。画面上には懸案事項(緊急のフラグがついている)のメールや、時間刻みのスケジュール。そして壁紙には相根とのツーショットが映っている。

「美香、どうしたの」

 私を下の名前で呼ぶことを許されているのは二人だけだ。好き勝手やって死んだ母と、私の親友の相根。いつの間にか部屋に入ってきていたようだ。

「あなたと会う前のことを思い出していたの。でも、ドアを開けたのにも気づかないぐらいだから、ちょっと疲れていたのかしらね」

「そりゃいけない。もし私が暗殺者なら今頃死んでるわよ」

「別に、相根に殺されるならいいけど」

「そういうことじゃないの」

 信者たちが聞いたら激高しそうなジョークを飛ばして笑い合う時だけは、私たちまるで女子大生どうしみたいだ。私が19で相根が22。だからもしお互いに大学に行けていたら、一年生と四年生になるはずだ。

「じゃあ、今日もやるわよ。どこか痛いところはない?」

「ううん、大丈夫。美香が優しくしてくれるから」

 よくわからない模様がついている、どうにも高級そうな木製の棚――母から受け継いだものだが、私には良さがわからない――から、包帯と消毒液をとり出す。相根がぱさりぱさりと長袖長ズボンの服を脱いでいく。露わになるのは包帯でグルグル巻きの体。顔からつま先まで至るところが覆われている。その包帯を一枚一枚ゆっくりと剥がしていくと、痛々しい火傷の跡がしっかりと残っている。私の前で一糸纏わぬ姿になった相根は……

「毎回思うけど、相根は綺麗ね」

「もう、こんな火傷だらけの肌、見せるのが恥ずかしいんだからね……?」

「すらっとしている整った体に、豊かな黒髪。火傷は、戦った勲章じゃない」

 喋りながらも手は止めない。消毒液にひったりと浸した包帯を丁寧に巻く。私が相根を見つけた時、彼女は焼死しかけていた。燃え上がる孤島の中で火の中を潜り抜け、まだ火の手が回っていない砂浜に倒れていたのだ。もっともそれは拠無い事情があって自分でつけた火なのだけれども。とにかく、そこを高級フェリーで気晴らしをしていた私が通りがかって救助した……のはいいけれど、相根の肌は今でもボロボロだ。だから定期的に消毒液につけた包帯を取り換えてやる必要がある。相根は放火殺人犯として指名手配されてるから、見た目でバレないようにする、という理由もある。互生には優れた外科医もいるから、皮膚を移植して別人のようにすることも技術的にはできる、と部下からは進言された。けれども相根はそれを拒否した。

「ねえ、やっぱり移植したほうが……」

「その話はもうしたでしょ。全身の皮膚移植なんて、いくら互生でもどこかの病院の設備を借りないと無理だし。それに移植用の皮膚も用意しないといけない。どこかから足がついて、美香にも、互生にも迷惑がかかるだけ」

 それに、こうして美香にお世話してもらうのは好きだから、なんて言うのは卑怯だと思う。

「……いや、今だって随分と迷惑をかけてるよね。私のことを匿うだけで大変だし、メリットもないし」

「もう、その話こそ何度もしたじゃない。私がしたくてしてることだし、相根は大事な友達だから。それに、相根がいなければ今の私は……互生の本当のリーダーとして、自分がやりたいことをできる私はいなかったから」

 そうだ。相根はたった一人で、島の因習と、そして自分の運命と戦ってきたんだ。意識を取り戻した相根からそのことを聞いた私は、自分の考えを深く恥じた。こんなにも誇り高く、気高く、一人で戦っている人がいるというのに、こんなに恵まれた環境にある自分がどうして何もできないなどと言えたのだろう。

 私は大嫌いな母が作り上げた互生を丸ごと利用してやることに決めた。自分が互生のトップに立ち、そして自分の目的のために使うのだ。今日の大総会で予定している演説はそのための最後の仕上げ――互生を互助、内向きの団体から外向きに打って出る団体にするためのものだ。

 自分の目的。特段何をしたいというのは、昔の無気力な自分にはなかった。物質的には豊かな暮らしをしていたし、十数年間も意思を尊重されない着せ替え人形のような生活をしてきた私に、いまさら何か強い意志を持てと言っても無理な話だ。

 けれども相根が言った。

「私、あの島を全て消してしまいたいな」

 あの火事を生き延びた島民を――彼女の父親を含め――皆殺しにして、歴史書からも行政書類からも消して、最後にダイナマイトかなんかで爆破して物理的に消してしまいたいと。とんでもなく美しい横顔で、そう言った。

「それって素敵だね」

 それが私の目標になった。

 そのためには政治権力を握らないといけない。あの日を生き延びた島民の数は多くないけれども、島を歴史的にも物理的にも消すなんて、それこそ日本のトップにでもならないと無理だ。だから、なることにした。

 包帯を巻き終えた。まるでエジプトのミイラみたいになった相根は、そのくせ世界で一番生気に溢れている。


 私を縛った母は死に、愛する人は美しく、信者たちはホールに詰め込まれて演説を待っている。島一つ消すプロジェクトを始めるには最高の日だ。

「さて、じゃあ今日から始めるわよ」

「ええ、行きましょう、美香」

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