「……いえ、私の方こそ謝らないといけません。私、一つだけ風下くんに嘘をつきました」


「嘘?」


 一通り桜咲の発言を思い返すが、嘘とおぼしき発言が思い当たらない。

 この部屋は一応占い研究部の部室ということになっているようだし、桜咲に死相が見えるのも本当なのだろう。他に、なにかあったか? 


「私と、風下くんの小指が赤い糸で結ばれているという話です。私に、そんなモノは見えていません」


「そうなのか。でもじゃあなんでそんな嘘を……」


 俺が小首をかしげて、呟くように言うと、桜咲がゆっくりと口を開く。


「私、おかしいんです。風下くんのこと、一目見たときから、動機が激しくなって、初めの方は顔を見るのも精一杯でした。こんなこと今までなくて、病院に行っても解決しなくて……風下くんと事務的な話ができるだけで高揚して、風下くんが他の女の子と話していると胸が苦しくなります」


「……それって……」


「はい。一目惚れだと思います」


 臆することなく、淡々と告げる。

 俺は茹でたタコみたいに、みるみる顔を赤らめると、途端に桜咲の顔を見ることができなくなった。


 なんだよそれ。じゃあ、俺に一目惚れしてて、俺に死相が見えたから、俺に死んでほしくなくて色々俺のために尽くしてくれていたのか?


 俺の心拍が急激に上昇する。心臓の音が嫌というほど、耳に響いた。


 沈黙に落ちる中、俺は口の中にたまった唾をごくりと飲み込む。頬を掻きながら慎重に切り出した。


「あ、あの、さ……も、もしよかったら、今度どっか行くか? バイトの予定詰まってるから、すぐには無理だけど……」


「ああ。連れてってもらえるかな? 風下くん」


 勇気を出して遊びに誘う俺。

 しかしその返事をくれた声は、野太く低かった。怒気を含んだその声色に、俺はドキリと心臓を跳ねると、恐る恐る顔を上げる。


 そこには、微笑を湛えながらも、ヒクヒクと頬を引きつらせている理事長の姿があった。もう電話は終わったのか‥‥‥。


「り、理事長……っ」


「中々いい度胸しているじゃないか。私の許可もなしに麗奈をデートに誘うとは」


 俺が刻一刻と死期が迫ってくることにおののいていると、理事長の憎悪を遙かに凌駕する負のオーラを近くで感じた。


「お父様。空気を読んでください」


「ッ!? ち、違うんだ麗奈。私は、麗奈のためを思って!!」


 心霊映像に出てくる白装束の女性のように、ゆったりとした足取りで理事長に近づく桜咲。だくだくと汗を蓄える理事長が背負い投げを食らったのは、それから数秒後のことだった。


 ……す、すげぇ。大の大人をこうも易々と……。


 俺が感嘆の息を吐く中、苦痛に表情を崩した理事長が、俺へと視線を向けた。


「……そ、そうだ風下くん。キミに一つ伝えておかないといけないことがあるんだ」


「えと、大丈夫ですか? 痛いなら今は無理しない方が……」


「ああ、まあ慣れているからね」


「そ、そうですか……」


 タフだな理事長。


「さっき連絡があったのだが、風下くんの家は、すでに売却されたらしい。守れなくてすまない」


「え? 売却?」


「借金の関係で、キミのお父さんが売り払ったみたいでね。今月いっぱいで退去しないといけないそうだ」


「そんな話聞いてませんけど……」


「私もついさっき聞いたのだ。すでに次の住人も決まっていて、手放す気はないらしい。交渉の余地もなさそうだ」


 あまりに現実感のない話に、戸惑う気持ちはあるが、それ以上に納得している自分もいた。

 あのクソ親父なら、持ち家を売るくらいのことは普通にしそうだからな。俺を使って借金の返済を企むのであれば、持ち家くらい容赦なく売るだろう。


 俺のホームレス化が決定して、これからの行く先を憂いていると、桜咲が何食わぬ顔で提案してきた。


「では、ウチに来ますか?」


「え?」


「部屋数は余っていますし、風下くんを泊めるくらい容易です。ですよね? お父様」


「……っ、だ、ダメだダメだ。そんな……! 確かに風下くんをウチに居候させることは簡単だ。だが、私の大切な麗奈と、一つ屋根の下だなんて……いや、もうすでに経験してるじゃないか!? くっ、また怒りが再燃してきた。風下くん、やはりキミを殴らせてもらっていいか!?」


 理事長が再び俺に怒りを向けてくる。

 俺が肝を冷やす中、桜咲が顎に手をやりながら別の提案をしてきた。


「では、この部屋を引き続き風下くんに使ってもらいましょう」


『え?』


 俺と理事長の声が重なる。


「この部屋なら生活に不便はありませんし、家庭科室に行けば火を使うこともできます。不足はないかと」


「……確かにそれはそうだな。少なくとも、ウチに泊まられるよりは一万倍良いか」


「い、いいんですか? だってここ学校ですよ」


「他に行く当てがあるのか?」


「それは、ないですけど」


 桜咲の提案に理事長も乗っかる。

 実際、ありがたい提案なのは間違いなかった。


 親戚という親戚もいないしな。頼れるあてがないの事実だ。


「なら、潔く頼りたまえ。それに今はほとんど使われていない旧校舎だからな。学校内といえど、隔離された場所だ。特別問題もないだろう」


「……そうですかね……問題しかない気が……」


「子供なのだからアレコレ考える必要はない。理事長の私が上手いことやっておいてやる。だから心配するな」


「理事長……っ」


 どうしよう。多分ダメなタイプの大人なのに、凄く格好よく見える。


 俺が感銘を受けていると、再び理事長の着信音が鳴る。スマホを手に取ると、足早に部屋を後にしていった。


「む、電話だ。少しの間席を外すが、麗奈のことデートに誘ったりするなよ? 絶対だからな!?」


 うわ、気まずいことを言い残していきやがった。

 再び沈黙に落ちる室内。だが先ほどと違って、尋常じゃない気まずさが支配している。


 だが、ここで怖じ気づくのは男じゃないよな。


「あ──」


 俺が勇気を出して切り出そうとした刹那。

 桜咲が微笑を湛えながら、切り出してくる。


「私、いつでも大丈夫です。風下くんの予定に合わせます」


 さっきの俺の誘いに対する返事をしてきた。どうやらさっきのデートの誘いは、有効だったらしい。


 俺は仄かに頬を赤らめながら。


「俺、桜咲が笑った顔初めて見たかも……」


「そうですか? 割と笑い上戸な方なのですが」


「いや、とてもそうは思えないけど……てか、普段からそうしてればいいのに、可愛いんだからさ」


「……っ」


 桜咲はみるみるうちに顔を真っ赤にすると、逃げるように部屋から出て行った。


 そんな彼女を見て、今度デートするときは褒め殺してみよう、そう企む俺だった。


 〈完〉

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死相が見えるクラスメイトに、監禁されています! ヨルノソラ/朝陽千早 @jagyj

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