目覚めたら異世界
むーこ
目覚めたら異世界
炎天下で熱中症を起こしぶっ倒れた俺は、気づけば見知らぬ部屋のベッドに寝かされていた。
カントリー調とでも呼ぶのか、レンガの壁に淡色の木製家具が並ぶこの部屋には木製の十字窓から優しい日差しが射し込んでいて、まったく知らない国に来たように思える。
一体ここはどこなのか─
場所のわかりそうなものを探す為に起き上がろうとしたところへ、部屋のドアが開き若い女性が入ってきた。ベビーピンクのロングウェーブに白磁のような肌、フリル付きのエプロンドレスという浮世離れした出で立ちの彼女は、俺が目覚めたことに気づくと「おはよう」と切れ長の目を綻ばせた。
「…お、おはようございます。ここは一体」
「私の家よ。洗濯をしにお外へ出たら貴方が倒れていたものだから」
「あ、それはそれは…」
頭を下げつつ、俺は夢の中にいるような気持ちになった。
女性が話す言葉は紛れも無い日本語だが、その言動も見た目も部屋の様子も、まるで日本では無いようだ。これが夢でないとしたら、後は『異世界転生』というやつぐらいしか思いつかない。
「すみません、ちょっと頭が混乱してて。ここは何という街でしょうか?」
混乱したフリをして街の名前を問うてみる。女性は驚いたような顔をして、それからこう答えた。
「ここはマドコロという街よ」
「バリ地元やんけ」
思わず突っ込んでしまった。マドコロ─政所は我が家がある街だし俺が倒れたのも政所の路上だ。
「そりゃ地元でしょう、だって貴方、そこで倒れてたんだから」
女性が十字窓の外を指す。見下ろしてみれば、そこには見慣れた『一時停止』の標識がついた電柱と、選挙ポスターを貼る為の掲示板。俺が意識を失う前、薄れゆく視界に映っていた景色そのものだ。
「す、すみません。あまりに部屋もあなたも異国感すごいので」
「私こういうのが好きなの」
「あっでもさっき洗濯をしにって…」
「ええ、すぐそこにウォッ○ュハウスがあるから」
異国情緒というか異世界情緒溢れる見た目の女性から『○ォッシュハウス』という言葉が飛び出す様に頭がイカレそうになりながら、俺は「救急車を呼んで下されば良かったのに」と言った。
「男一人ここまで運ぶのは大変だったでしょう。それに見ず知らずの男を家に入れるのもかなり勇気がいることですし」
「いえいえ。私、これでも一応女子プロやっておりますの。それにスマホをトイレに忘れてたし」
これは驚いた。ベビーピンクの髪でも許される職業なんてヴィ○ッジ○ァンガードの店員さん意外に何かあったっけと思っていたら、まさかの女子プロレスラーだったとは。
美しさと強さを併せ持つ女性が増えてきたものだと感心したその時、俺は気づいてしまった。
「あなた、もしかしてイモータル井上さんでは?」
イモータル井上とは地元では有名な悪役女子レスラーで、華奢な体躯から非道な反則技の数々を繰り出すことで有名な人物だ。そういえば最近イモータルのSNSに上がった写真では、彼女の髪は優しいベビーピンクに染まっていた。
「お恥ずかしいですわ…」
顔を赤らめるイモータルの可愛らしいこと。対戦相手に罵声を浴びせる姿しか見たことが無かった為に、今の姿とのギャップに心を射抜かれそうになる。
それはそうと俺を助けてくれた女性がイモータル井上であるとわかった以上、こちらもちゃんと自己紹介しなくてはなるまい。
何故なら俺も悪役レスラーだからだ。
「あの井上さん、実は僕」
「アブソリュート・ぺぺさんですよね。存じ上げております」
大正解である。
先日まで存在を認知していただけの同業者がこんな所で知り合うことになるなんて、縁とは奇妙なものだ。そうイモータルと笑い合ってから、俺達は「せっかくいらしたので」と在宅ワークをしているイモータルのご主人が作って下さったミートボールパスタを頂いた。
目覚めたら異世界 むーこ @KuromutaHatsuro
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