夏の個人事業主

@bigmona

第1話

この夏、僕はまた秋を迎えた。

なかなかどうして、矛盾的に、もやっとした天候は気が付いたら無くなっている。

ヒヤリとすることもしばしばあって、それはそれで良くも悪くもある。


10月1日、今日は1年の75%が終了したらしい。

時間の流れは速くて遅い。


時間にも人にも流されてばかりいるのが鬱陶しくてしょうがないが、逆向きに泳ぐことはなおさら鬱陶しい。


竹中社長は今日も顔を青くして赤くして叫んでいた。

「どうやったらこんな大きな文字を誤植にできんねん。なんでおれはホンマに佐々木君を採ってんやろなあ、、、なんでなんか答えてみいや」


自分こそどうやったらそんな大きな文字の誤植を見逃せるんだろうなって素朴に疑問に思いながらいつものように返事をする。僕はどうすればとても激しい波立っている社長が凪になっていくのかを知っている。矢継ぎ早に問いかけられる答えようのない質問に「はい」と「すみません」を交互に繰り返す。


18分ほど経ったころ、社長が試合終了のホイッスルをようやく吹いてくれた。

「それでお前、どうするんや?」


「まずは、」と言い出したら、僕の口からはスマホの予測入力のように、すらすらと自動的に言葉が出てきた。「お客様に謝罪に伺います。しっかりと謝罪をして、対応内容とスケジュールをお伝えしたいので、10分後に対応内容とスケジュールについて社長に相談させていただけますか?」


あくまで申し訳なさそうに、顔は伏せて、抑揚はないがギリギリはっきりと聞こえる明瞭な声で話すのがコツだ。一文字でも聴き取れない言葉があれば「何言っとんじゃ!」と怒鳴られてしまうし、はつらつとした話し方をすれば再試合の申込みをしているのかと思われてしまう。


消化試合をこなしたことに一息つきながら、自分のデスクに戻る。いつもの癖でTwitterとFacebookを開いてしまったことに気付き、急いでページを閉じる。ゆっくりと周囲を見渡すと、社長は窓ガラスに映った自分を見ながら髪をいじっているし、経理の里村さんは鏡をのぞき込んでしまったメデューサのように微動だにせずパソコンのモニターの前に座っている。なるほどうちの会社は皆自分のことが好きなんかもなあなんて思いながら、Excelを開いた。


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