僕の消費期限は30日です。

くるみ

僕の消費期限は30日です。

 ──30日。

 僕の郵便ポストに届いた、1枚の封筒。

 中を開けると真っ白な紙の真ん中に大きくそう書かれていた。


 これは神様が僕に与えた封筒

 そして 消費期限。20歳になると必ず神様からこうやって消費期限が与えられる。ある人は3日、ある人は3万日設けられる人もいると聞くが──。僕は平均よりもはるかに下回る30日。


 はぁ…。

 今までの人生沢山の事を恐れ退屈な毎日を送っていた僕は、なんの取り柄もないこんな自分が嫌でもう生きたくないと思った事も少なくなかった。だから正直、このまま生きていても意味が無いんじゃないかって思う程人生に落胆してた。何も悲しまないだろうと思っていた。矢先だが ───

・・・どうしよう。

 浮かんでくる言葉全てが不安で溢れていた。

 このまま僕は何もせずに、死んでいくのか?

 消費期限切れの僕に周囲は何も求めない。僕を待ち受けているのはもう『死』しかないのだ。

 死の世界を何も想像出来ないから余計に不安だし、落ち着かないし、あぁもう人生長くないんだな…と何とかかんとか考えを巡らせていたらさっきまで日が昇っていたと思っていたのに気がつけばもう夜になっているじゃないか。

 ───こんな事、考えている場合じゃない。

 僕にはもう時間がないんだ。

 考えろ、僕。残りの人生の生き方を。夢を希望を__そう考えを巡らせても結局答えが出せないのが当たり前だった。考えが出てきても「僕には無理だ、僕なんかが」という否定的な言葉で全てがかき消されていくのだ。


 何も成功した事がない、人生真っ暗闇の僕からは当たり前のような言葉達だった。


 ───だが、僕の期限は残り30日だ。

 そうだ。30日間でどうせ死ぬんだからこれまでのように周りの目を気にして毎日コソコソと身を狭めて生きる必要も無いんじゃないか?

 どうせならこの際、堂々と生きていけばいいんじゃないか。などという考えポジティブな考えが久しぶりに浮かんで──そしてその日僕は「この30日間何も恐れず一度も後悔することのない人生を送る」と決意した事だけは確かである。



 *



 ───次の日

 まず、この惨めな自分の性格を変えた。

 貯金していた金があるし、もうバイトも行く必要が無いと思いバイトを辞めた。

 そして僕はとことん、自分の趣味に打ち込むことに決めた。

『歌』────僕は小さい頃、音楽という物に目覚め毎日のようにカラオケ屋に行っていた。歌を歌う事が大好きで僕にとっては1番の娯楽だったのだ。



 *



 カラオケ屋を目の前にすると、あの独特の鈴がついたドアが見えた。

 ガラガラガラ…チャランッ

 「久しぶりに聞いた…!」

 小さい頃にずっと通っていた古臭いカラオケ屋。最近はバイト忙しすぎて、歌を歌う楽しさなんて忘れてたから…。

 なんだか僕はソワソワした。

 慣れない受付のコミュニケーション、久々の外出。理由は様々あったが、これを乗り越えれば歌を歌えると思えばなんて事なかった。


 グ、グ、ゴクン。

 緊張のせいで、無駄に冷や汗をかいた僕は喉が乾いていた為勢いよく水を飲み干した。

 そしてお気に入りのオレンジジュースを頼み、さっそく歌った。

 🎶「あぁ〜、いつの日か─────」

 その後6時間ぶっとうしで歌を歌っていた。気づけば夕方になっていたが、そんな事どうでも良かった。


 とにかく心地いいし、気持ちいい。

 歌を歌うのはストレス発散にもなるしなんだか自分が自分で居られる、唯一無二の時間が過ぎていくような…「生きてて幸せ」心からそう思えた。こんな感情、自分にまだ残ってたんだ。そう思うほど驚くべき感情だった。家のベッドで刻々と苦しい時間を過ごすより何倍も、何倍も、素敵な時を過ごせた。



 *



 飲み物も全て飲み干してしまった時、ふと余命宣告をされたんだということを思い出した。

 そうだ。どうせ死ぬんだし、記念に動画でも撮っておこう。そう思って今度はカメラを回しながら歌った。その時僕は本当に夢中になって歌っていた。



 *



 気がつけば夜───

 その日の夜、僕はカメラに収めておいた動画を見返していた。

 「自分、こんな声してたんだ…。」

 こうやって動画に撮っておくだけで、自分を客観的に見ることができ自分にとって大きなプラスだった。

 ふとこれを他の人が聴いたらどう思うんだろう───という考えを巡らせた。

 っかといって、自分から周りに見せるのもなあ…と吐息を漏らす。


 その時僕はネットに上げるという方法を思いついた。途端に却下した。

 ダメダメ、絶対嫌だ。自分なんかが───

 … あ !

 また言ってしまった。否定的な言葉達を。

 … 昨日宣言したばっかりじゃないか。

 自分を変える為。この惨めな僕を。こんな自分を変えるって決めたんだろ。自分自身に問い詰めた後。いつもの自分なら絶対にする事が無かったネットに上げるという行為を───その日した。



 *



 次の日───自分の身に凄い事が起こった。

 「なんだこれ?!」

 朝スマホの画面を見ると通知でいっぱいだった。昨日上げた動画だ。あのカラオケ屋の。動画を見ると───30万回視聴

そう書かれていた。コメント欄を開くと

「何この天使のような歌声!!」

「1000年に1度の天才だ!!!」

「なんて歌声が綺麗なんだ…。」

 などなど僕の声を絶賛する言葉で溢れていた。

「僕が…。こんな僕なんかが…。」

 なんだか涙が溢れ出てきた。


 「やっと認められた。

 生きててよかった。」

 心からそう思えた瞬間だった。

 


 *


 

 エピローグ

 あの日から僕は変わった。

 それからの僕の生活と言えば、朝起きてSNSをチェックし、テレビの取材、カラオケ番組に出演する毎日…。正直、「楽じゃない」そう思った時も沢山あった。けれど失敗を恐れて何も行動しないより、実際に行動してみて色んな事に挑戦していく方が何倍もわくわくしてこんなにも楽しいんだって分かった。

 

 今の自分はバイト生活をしていた頃よりも何倍も頑張れていると思う。



 *



 ───そうして僕は消費期限が設けられてから35日が経った。しかし僕の身体の状態は何も変わっていない。

 きっと、腐るはずだった身も心も今となっては輝きに変わり、その輝きに勝てないからなのではないかと思う。

何気なく投稿した動画や、写真。小説や、絵画。

 誰かに自分の思いが届けば…

 生きていれば…

 必ず誰かに認められる事がある。

 その気になれば今までの自分よりもはるかに成長する事が出来るし、なにより成長していく自分が身に染みて分かるのが楽しくて嬉しい。


 そうやって、人々は幸せというものを少しずつ噛み締めているのだろう──。

「その事を、神様は教えたくって消費期限を与えることにしたのかな。」


 あの日分かった事は、どうせ生きているのなら何も逃げることなく自分の可能性を信じて1度でもいいから何か挑戦してみる価値はあるんだ───という事だった。

 


 *


 

 時は過ぎとある場所で──


 「おい、嘘だろ…。」

 封筒を開けそこに見えた文字は 「20日」それだけだった。

 神様、どうかこのまま死んでいくのは勘弁してくれ。俺のこれまでの人生でやり残した事は何かなかっただろうか…。やり残した事、やり残した事…。

 あ ! そうだ 小説。小説、書こう。

 小さい頃から本を読むのが好きだった俺は小説を読むのが大好きだった。

 物語を作ることは好きだし…もう20日しか生きる事が出来ないため、考えてる暇もなく直ぐに書き始めた。

 自分が思っている以上に早く小説は書き終わりとりあえず出版社に送ってみた。



 *



 その後…

 う、嘘だろ ぉ?!?!

 思いつきで書いてみた小説はネット上で話題となり直ぐに書籍化が決定したのだった─。

 


 *


 

 ──この世界の人間に設けられる『消費期限』は『 古い自分の消費期限が切れ 新しい自分が始まるための物 』だったという事実は知る由もない2人であった。



 *



 後書き

 この出来事は、本当に消費期限が設けられていないと出来ない事でしょうか?


 現実世界で生きている私たちには消費期限が与えられません。だけれど現実世界でも『死』というものは何の前触れもなく突然訪れると思います。

 消費期限を与えられた『僕』は、これまでの生活を改め、今までにない濃い人生を送る事が出来ました。


 ──人が変わるためには大きな不幸が必要。

 と聞いた事があります。


 だけど私は、生きているなら大きな不幸が与えられなくても自分を変えられるチャンスはいくらでもあるのではないかと考えています。

 

 やり残した事はないかと考え、

 とりあえず失敗してもいいから何かを色んな事を挑戦してみる価値はあると思います。

 今からでも間に合います。

 残りの人生をどのように過ごすのか。

 「人生なんて、あっという間に変わっていってしまいます」





 ーENDー

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