第3話
九月のある土曜日の昼下がり。この柿の木を庭に植えたのは結婚したすぐ後だったから、もう四十年以上になる。この家の庭で家族をずっと見守ってきた。家族の成長も、老いも、見守ってきた。そして死も。少なくとも、おばあさんまでは「見守って欲しい」。
その柿の木の影の中で四人が地面をはいつくばっている。草むしりをしていた。おばあさんの息子、そのお嫁さん、午前中に観音山で出会った叔父と甥っ子。おばあさんは、縁側に腰かけている、庭を眺めている、おじいさんが生きていた頃と同じように、柔らかい表情で。
おばあさんも「やります」とはいっていたのだが。
「おかあさんは、そこにいてください。そこがおかあさんの場所ですから」
お嫁さんにいわれたのだった。
お義母さんの体調を気遣ったわけではなかった、お嫁さんは。庭におりて作業してるお義父さんを縁側からお義母さんが眺めている、この景色に、いつからか安らぎを感じるようになっていた、お嫁さんは。「理想の家庭像」であり、またなぜか「懐かしい光景」であった、お嫁さんにとって。
庭がずっと気になっていた。おじいさんが亡くなって手入れをする人がいなくなった。お嫁さんが手を出していいものか。ずっと悩んでいた。お嫁さんからお義母さんに「草むしりしましょう」や「わたしが草むしりしますよ」とは、言い出せない。旦那にも相談した。
「もうちょっと、待ってみよう」
という、としかいわない旦那に不満を覚えつつ、それ以外にしようはないということに納得もした(「旦那に不満」というのは、その発言に対してではなく、その人に対しての不満であろう、恐らく)。
おじいさんが亡くなって庭の手入れをする人がいなくなった。庭が荒れていることが気になったわけではなかった。その庭を、おばあさんがどう思っているか、それが問題だった。それが知りたかった。荒れた庭が、お嫁さんには気になっていた。
おばあさんが、知らない人の車で送られてきたのは驚きだった。その理由を聞いてさらに驚いた。ショックだった。思わず両手で口の周りを抑えていた。
「ごめんなさい。黙ってこんなことして」
というおばあさんの謝罪がなかったら、恐らく奥にさがって泣いていただろう。
おばあさんが先に話してくれたことで、お嫁さんは、お客さんに泣き顔をみせることも、震える背中をみせることもせずに済んだ。お嫁さんは、足の力が抜けて、玄関先の床に腰をついてしまった。顔全体を手で覆い隠して、肩を震わせて。
この家の前について、柿の木をみたとき「ピン」ときた。
「もしかして、外所さんの友だちの」
おばあさんは「きょとん」とした顔で男をみる。
「わたしは、外所さんの隣の家のもので」
いつも外所さんに柿をおすそ分けしてもらってるんです、というと、おばあさんは、
「あら、そうなのね」
と、硬かった表情がいきなり崩れたのだった。
おばあさんを先にして家の中に入るとすぐ、自己紹介もそこそこで娘さん(あるいは義娘さん)と思われる女性が、その場で泣き崩れてしまった。
「わたしはこれで失礼します」
と慌てて家を出た。甥っ子は無事にここまでこれるかな。スマホを取り出してみる。問題ないことは、わかっているのだが。
「あ、叔父さん」
すぐに自転車に乗って顔をみせた。
「おう、ありがと。だいじょぶだったか」
自転車を、とりあえず玄関の近くにとめて。「帰るぞ」と甥っ子の背中に手を添えた。甥っ子が不思議そうに叔父の顔をみたのは、まずは正しい。
車動かすからちょっと待っててくれ、と甥っ子に話したとき、後ろから、
「待って!」
と呼び止められる、この家の人であることは当然なのだが、びっくりはした。車は向かいの家の塀際にピタリと寄せられていたので、甥っ子が助手席に乗ることはできない。甥っ子が「後ろに」といったそのときだった。振り返ると、娘さんだった。そこはこの家の敷地の内側と道路のちょうど境目のあたり、ただし道路には出ていない。
「ほんとに、ありがとうございました。なんてお礼をいったらいいか」
「いやいや、全然、気になさらないでください」
努めて笑顔を作ったつもりだが、どうだったろうか。外所さんからいつも柿を頂いている。そのお礼が漸く少し返せたというものである。叔父が、
「外所さんに」
といったそのとき、
「お昼食べたら、草むしりをしなくちゃね」
娘さんの後ろにおばあさんが立っている、おばあさんは横を向いている、おばあさんの顔の向く先をみる、と、柿の木、よりも前に、草ぼうぼうの庭が目に入った。おばあさんがその様を嘆いて、
「このままじゃ、実がならないかもしれないわね」
「それは」
「えぇぇ」
叔父と甥の言葉が重なった。その次の言葉は、完全に甥っ子に先を越された。
「僕も手伝います」
叔父は、甥っ子の頭を「ポンポン」と叩こうと思った、実際叩いたのは肩だった。
「僕らも、草むしりを手伝わせてください」
改めて。自分が、おばあさんの友だちの外所さんの家の隣に住むものだということ、毎年秋に外所さんから柿をいただいていること、弟が東京に住んでいてその弟のところにも柿を送っている、その弟の子ども、要するにこの「甥っ子」がその柿が好きで毎年楽しみにしていることを、娘さんに話した。
大人らしいところを、甥っ子にみ
せられて「ほっ」とする叔父だった。
「おかあさん」
どうしましょうか。
「ごめんなさい、わたしが」
変なこといっちゃったから、でも。
「ほんとに、やりますよ、なあ」
「やります、全然やる、柿食べたいし」
「おい」
と、叔父は声には出さなかったが、そのセリフに思わず苦笑い。
おばあさんと娘さんは少し考えたが、その時間は長くはなかった。
「じゃあ」
「いいですか?」
「はい」
「はい!」
話がまとまった。四人が四人それぞれの気持ちが決まった瞬間だった。家の中から男性が姿を現したのは、ちょうどこのときだった。空気に浸れない男性は、とぼけた顔で四人をぼんやりと眺めるだけである。
叔父の家からおばあさんの家までは、自転車で十分ほどである。叔父は自分の自転車、甥っ子は、かつて叔母さんが乗っていた自転車に乗って。
雑草を一つ一つ手で引っこ抜いていくのは骨が折れる。すぐに汗が額に浮いてきた。
「叔父さん、ちょっとこれ、抜けない」
「ん? どれ」
「草むしりも、けっこうしんどいな」
「いつもお義父さんに任せきりだったでしょ。手動かして」
それぞれ首に巻いたタオルで汗を拭きながら。
「みんな、あんまり根詰めすぎないでね。休みながらで、いいんだから」
おばあさんの声に梢が「サワサワ」とこたえた。風が爽やかだ。滲んだ汗を清涼感に変えてくれる、おばあさんの声と風のお陰だ、そんな四人を太陽から隠してくれる柿の木のお陰だった。
「がんばって、みんな」
「わたしもやろうかな」
おばあさんに背後から声をかけた、そのまま庭に下りた。柿の木の影の中にもう一人加わった。おばあさんの孫のお姉ちゃんだった。
午後三時。縁側に六人が腰かける。縁側に六人は、さすがにこの縁側にとっても初めての経験であった。麦茶と洋菓子屋で買ってきたシュークリーム。庭仕事中のおやつの、なんと美味しいことだろうか。大勢で食べるおやつの、なんと美味しいことだろう。
お義父さんと、こうしてみんなでおやつを食べたかった。
お嫁さんは、しみじみと思ったのだった。涙がうっすらと浮いていた。旦那と娘は、気づいていた。
「おやつ食べたら、わたしもやらしてもらうわよ」
おばあさんが、笑顔で宣言した。
午後五時。
「すっかりきれいになったわね。みんな、ご苦労さまでした」
お疲れさまでした。棟梁に頭を下げた人たちは、このとき一人増えて六人になっていた。弟くんが合流していた。おばあさんをいれて全部で七人が、草むしりをしたことになる。
「ほんとにありがとうございました」「いえいえ、こちらこそ」「母を送ってもらった上に草むしりまで手伝ってもらって」「いえいえ」「ほんとにすいませんでした」「いやいや、これで今年は柿がいつも以上においしく食べられます、あ、これじゃ催促してるみたいだな」
ははは、ふふ、あはは。
「東京ドームいったことある?」「あるよ」「何回くらい?」「何回くらいだろ、年に三回くらいはいくかも」「マジかよ、いいな」「岡本のサイン持ってる」「ヤバ、エグ」「今度もらったら、あげるよ」「欲しい!」
おばあさんと息子、叔父が話をし、甥っ子と弟くんはすっかり仲良くなったようだ。お姉ちゃんはすでにその場にいなかった。お嫁さんは、一人感慨深そうにその光景を眺めていた。
午後七時前。台所でおばあさんとお嫁さんが夕飯の支度をしている、そこに、
「お母さん、おばあちゃん」
お姉ちゃんが入ってきた。祖母と母にみつめられて、お姉ちゃんは少し俯いている。
「おじいちゃん、すぐ気づかなくて、ごめんなさい」
「ごめんなさい」が震えていた。俯いているお姉ちゃんの両目から、すぐに涙が流れ落ちる。
「わたしがトイレで、すぐに気づいて救急車呼んでたら、おじいちゃん、おじいちゃん……」
「あらあら」
おばあさんが、お姉ちゃんの頭を抱きかかえた。
「ごめんね、おばあちゃん気づいてあげられなくて」
ごめんなさい、ごめんなさい、お姉ちゃんの口から出る言葉はほとんど聞き取れないが、気持ちは十分に読み取れる、十分に。鼻をすする音は、一人ではなかった。
「ごめんなさい。わたしがもっと注意してたら、トイレから出てこないこと、もっと早く気づいてたら」
「あら、お嫁さんまで。困ったわね」
庭をみるたびに。おじいさんが亡くなったことに責任を感じてきた。雑草に覆われた庭、まるでおじいさんの呪いであるかのように。いいや、おじいさんはそんな人ではない、それはわかっている。
おばあさんの呪いだった。おばあさんがあえて庭を放置している、荒れた庭をお嫁さんにみせるために、お嫁さんを責めるために。まるで拷問のように。
その拷問を、自分は受けなければならないと、お嫁さんは覚悟していた。自分の責任だった。自分がもっとしっかりしていればおじいさんは死ななくても済んだ、自分はおじいさんのことをいい加減に思っていた。大事にしていると思っていたけど、それはただ、そういう「ふり」をしていただけだった。
結局、おばあさんに対しても不信感を抱いていた。
口にするのが怖かった。おばあさんは「全然そんなことを思っていない」としても、お嫁さんがそれを口にすることによって、おばあさんがその感情に「気づく」かもしれない、ということが。
お嫁さんは、ずっと一人だった。ずっと抱え込んでいた。
おばあさんが自転車に乗るといったとき、お嫁さんは嬉しかった。自転車の横に立つおばあさんをみたとき、嬉しかった。おじいさんがおばあさんにあげたあの鍵は、お嫁さんが買ってきた、おじいさんに頼まれて。あの日、自転車の鍵に鈴を結び付けたときのおばあさんの嬉しそうな笑顔、お嫁さんも嬉しかった、声を出して飛び上がりそうなほどに……。
きれいになった庭。自分たちできれいにした庭。今日しかなかった。
お姉ちゃんもそう思っていた。お姉ちゃんもずっと抱えていたのだ、一人で、今日までずっと……。
「みゆきさんもお姉ちゃんも。そんなこといわないで、泣かないで、ね。おじいちゃんも悲しくなるから。あの人ほんと、困った人、死んでからも女を泣かせるなんて」
ほんとにごめんなさ……、え?
「あの人ね、子どもが生まれる前は、それはろくでもない男だったのよ、ほんとに困った人でね」
ほんとに? いや、いまそれいうかな?
「信じられない」
「嘘ですよね」
泣きながら笑うというのは、意外に簡単だ。悲しみの涙が嬉し涙にすり替わる。楽しさが寂しさに取って代わる。涙は心の汗だと、いうときがある。泣くとすっきりする。吐き出して空にするということ。
「わたしと結婚するときに、三人の女と別れたのよ、四人だったかしら」
嘘だよ、あのおじいちゃんが。ありえない。
「男なんてね、見た目に騙されたらだめよ、紳士なのは付き合うまでよ、一晩でくるっと変わるんだから、惚れたほうの負けよ」
逆に、涙が心を染めることもある。悲しい涙が心を悲しく染める、嬉しい涙は心を喜色に染める。
リビングでは。
「腹減ったなぁ、飯なんだろ」
「おい! いくな!」
父親が台所に向かいかけた息子を止める、その表情は、息子が思わずたじろぐほどだった。
台所で、いったいなんて話をしているのだろう。祖母、妻、娘、三世代の女性が集まることがどれほど恐ろしいことか、息子で旦那で父親は痛感するのだ。
「もう少し待ってなさい、ここに座って」
「また部屋でゲームしてこよ」
父と息子の、その絆の薄弱なことを思い、父は涙した。
日曜日、夜。
「じゃあね、叔父さん、また」
「おう、またな、いつでも遊びにこいよ」
新幹線のドアが閉まる。二十時七分、定刻通り、東京行きの新幹線がホームから流れていく。
日曜の夜、混雑しているわけではないが、ホームに人はそこそこ多かった。電車が出た後もホームに残る人が多いと思ったのは、日曜だからだろうか。日曜の新幹線に乗ることなど仕事をしていたときもほとんどなかったから、比較のしようもないのだが。
ホームは嫌いではない。夜の駅は、嫌いではない。人を見送った後、新幹線がみえなくなった線路、余韻に浸る心。嫌いではない。
不思議と郷愁をそそる。「郷愁」とは故郷に寄せる思いだ。叔父の故郷はここ高崎で、今まさにいるところが高崎駅なのだから「郷愁」というのはおかしいのだが、今このホームで佇んでいると、「帰りたい」あるいは「帰ってきた」という思いがこみ上げる。本来であれば「懐かしさ」なのだろうが、「懐かしい」という言葉は昨日散々使ったので、ここでは使いたくなかった。
別れとは常に切ないものだ。それでも、甥っ子とは「また会える」と思えばこそ、その切なさに浸ることもできるというもの。ベルが鳴り電車発着の放送が流れてくる。駅にくるとこういう気持ちになるのはなぜだろうと、叔父は不思議に思うのだった。
不思議に思う。一昨日ここにきたときは、「妻が生きている世界」にいるような感覚に浸っていた。現実逃避以外の何ものでもない。
自転車で観音山を登った。一つの区切りにしようと思って登ったのだが、それがここまで気持ちの変化を引き起こすとは思っていなかった。期待していなかった。妙にすっきりしていた。思い返せば、妻が亡くなってからの三ヵ月は三日の中をぐるぐる回っているような感覚だった。甥っ子がきてからの二日間は、その二日の中に二ヵ月分の時間経過を経験したような感覚。三ヵ月間、漆のような粘り気を持っていた感情に絡めとられていた、
「それじゃ向こうがこっちを縛り付けていたみたいな言い方だぞ」
自ら抜け出せなかった、抜け出さなかった、その粘りから抜け出したくなかった。
それが、甥っ子に会って話をして自転車に乗って今日は、さらさらとした粉のように、手を入れると心地よく包み込む、動かすと指の間をすり抜けていく。自分が欲しい分だけ手に取ることができ、欲しい分だけつかみ上げることができた。
「にいるような感覚に浸る」ことはなく、「妻のいない世界」に浸ることができるようになっていた。現実を受け入れることができた。この現実を生きることができるようになった、ような気がする。ような感覚に……
車のルームミラーから駅をみたとき、謝ろうとした、アキさんに、謝罪の言葉を心で唱えようとした、でも止めた。代わりに息を一つ吐き、笑ってみた。
「腹減ったなぁ」
甥っ子には駅弁を持たせたのだ。新幹線乗る前にどっかで食べようと、叔父は思っていたのだが、甥っ子は「駅弁食べた」かったそうだ。その気持ちはわかる。駅弁にノスタルジーを感じるのも、不思議なものだ。
イギリスで時刻表を用いて営利事業として鉄道事業がスタートしたのが今から百九十年ほど前。たかだか百九十年で「鉄道=郷愁」が人のⅮNAに刷り込まれたのか。それが考えにくいとすれば、鉄道とは人間の遺伝子と結びついてある感情を呼び起こす、人類史上に稀有な発明ということになる。
なんと大袈裟な。
馬鹿なことを考えると腹が減る。今宵はラーメンを食べることにしよう。
「ああ、仕事探さないとな」
半年間、家と「自分」に閉じこもっていた四十半ばのおじさんを雇ってくれる会社が、すんなりみつかればいいけれど。
「おじいさん、今年も美味しい柿がたくさんできましたよ」
おばあさんが柿の木をみながら笑っている。
きれいな庭に立つ柿の木に、実はもうほとんどついていない。葉っぱに隠れてみえないところに二つ三つ残っているだけ。鳥たちにあげる最後のお裾分けが、残っているだけ。
程よく乾いた秋の日差しが街に降り注ぐ、十月のある日のことである。
自転車 カイセ マキ @rghtr148
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