60sの亡霊編
41. 21%の関係
九月四日火曜日、午後五時半。新学期が始まったばかりの八条目大学構内はがらんとしていた。接近が予報されている台風の影響に備えて、多くの教職員及び学生が早めに帰宅していったのだ。大半の教室が消灯され静まり返る中、電気のついた部屋がひとつ。ハクタク研究室である。
「けっこう強くなってきましたね、風」
窓ガラスをしきりに叩く雨音に眉をひそめながら、沿島はそう言った。今日、彼が受講している授業は午前で終了していたのだが、提出期限の近いレポート課題をやってから帰ろうと考えて研究室へ来たところ、白澤に横から口を出されてなかなか進まず、気がつけばこんな時間になってしまったのだった。
「今夜は泊まりかな、ぼくは。仕事も終わんないし」ひかるが応えて言う。「沿島くんはどうする? 帰る?」
「帰りたいんですけど、電車が動いてなさそうなんですよ」
「あ、ほんとに。じゃあ泊まってく?」
それしかなさそうですかね、とため息混じりにつぶやいた沿島を見て、ひかるはどことなく嬉しそうな顔になる。
「一応、教職員寮の空き部屋の鍵借りてあるから。お風呂とか使えるし、寝たければ布団もあったはず」
そう言って、彼は『T205』と印字されたタグのついた鍵をポケットから取り出し、机上に置いた。沿島は「へえ」と興味深げな表情をする。
「教職員寮ってそんな感じで使っていいんですね」
「うん。空き部屋、わりと多いみたいだからね。空けっぱなしでもしょうがないし、使いたい人がいるなら使わせたほうがいいってことじゃない?」
なるほど、と応える沿島に、ひかるは「あそこにあるんだけどね」と窓の外を指差してみせた。
「ここの棟と繋がってないから、行くなら風とかちょっと弱くなったときにしたほうがいいと思うよ」
「わかりました」沿島はひかるが示した建物の外観を眺める。「けっこう新しそうですね」
「うん。あれ、何年前だったかな、沿島くんが入学するよりちょっと前だから……五年とかかな? それぐらい前に建て替えられたんだよ。それまでは年季入ったぼろぼろの寮だったんだけど、火事で燃えちゃったから……ねえ、先生?」
ひかるが意味ありげに白澤へ目をやったので、沿島は驚いて「えっ、先生が燃やしたんですか」と訊いた。コーヒーメーカーの前にいた白澤は、突然俎上に載せられたことに顔をしかめ「燃やしていない。なんだ、いきなり」とふたりを睨みつける。戸惑う沿島に、ひかるは笑って「先生とぼく、その火事に巻き込まれちゃったんだよね」と話し始めた。
五年前のある夜、白澤とひかるは教職員寮二階の空き部屋にいた。その翌日までが期限の採点作業があったのだが、当時は大学側の都合で半月ほど学部棟内への夜間の立ち入りが禁止となっていたため、仕方なく寮の一室を借りたのだった。
ふたりは折りたたみ式のローテーブルを囲み、目の前に山と積まれた答案用紙の一枚一枚に目を通しながら、口では互いに互いへの不平をぶつくさ言っていた。ひたすら手を動かし続けて二時間弱、軽い眠気に襲われ始めたひかるが伸びをした、ちょうどそのときのことだった。突然、鋭い警報音が寮内に響き渡ったのだ。
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