『早起きは三文の得』

Chi dorme non piglia pesci.《眠っている者は魚が釣れない》

 え?ファミレスじゃないの?教室?


 夢かうつつか分からない僕に構わず、みんなはクスクス笑っていた。

「何?竜、彼女欲しいの?」「この前、別れたトコじゃん」「『幸せな』彼女?」「さっすが『情事じょうじ』くん!」「『恋愛事はおまかせ!』ってこと?」

 僕の嫌いなあだ名が聴こえた。


「おい!」

 彼らにがドスの効いた声を投げる。

「ごめんな、

 バツが悪そうに僕に微笑む黒井竜くんは、僕にとってクラスメートだ。


 彼に返す言葉を探すと、終業のベルがブーッと鳴って、教室はさらに賑やかになる。ただ小さくうなずいた僕は、黙って教科書を鞄にしまった。

 慌ただしく部活へ向かう人たち。他のクラスの友人が迎えに来る人たち。寄り道の相談をする人たち。意味もなく駄弁る人たち。……。

 みんなが帰った後も、ただ何となく僕は席に座っていた。誰かがうっかり電気を消した教室は、薄暗いけど、仄明るい。外の明かりが射し込んでいたから。

 静かな空気は穏やかで、風がたまにカーテンを揺らす。遠くのグランドから響く声。どこかのクラスで笑う声。ブラスバンドも聴こえた気がした。でも、その音色だけは空耳で、それが僕の心を凪いだ。


 ふとカラスのガラガラしゃがれた声が聴こえた気がした。


「うおっ!びっくりした!」


 聞き覚えのあるハスキーな声に振り向くと、ユニフォーム姿の黒井くんが扉のところに立っている。


「電気つけたら、いいのに」


 カチっという音を合図に、順々に白熱灯が灯っていく。白く照らされる教室は何だか喉が渇く気がした。


「ごめん、僕ももう帰るから」


 おう、と返した彼の姿は夢の中とは違っていた。

 外のカラスが一声鳴いて、近くの林に飛んでいった。木々の間を抜ける様子に、夢のカラスを思い出す。大きな翼をぶつけぬように、器用ながらも、ドキドキしてた。


 飛べる鳥さえ、そうなのならば…。


 飛ぶペンギンの展示を思い出す。彼らは空なんて飛んでいなくて、ただ水の中を自由に、切り裂くように進む。裂けた水が羽毛を撫でて、身体を捻れば渦が踊る。

 あぁ、空飛ぶ夢はもうおしまい。

 教室から一歩踏み出すと、廊下に射し込む西陽が眩しかった。冷たく響く靴の音。

 目覚めた僕も世界を泳ごう。風が僕の髪を撫でる。この世にあるのは空だけじゃないから。

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人鳥の夢 おくとりょう @n8osoeuta

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