人鳥の夢
おくとりょう
『戻らない人を待つ』
Aspettare il corvo.《カラスを待つ》
頭の上に被さるように、突き出した水槽。
エサにつられたように数羽のペンギンたちが集まっていく。
…ペンギンは飛ばないだろ。頭上を横切ろうとも。空を背景にしようとも。
どんな展示のしかたをしても、
「飛べない鳥に勇気は要るか?」
自分の顔が醜く歪んでいるのが分かった。
でも、そんな僕のことなんてペンギンたちは見向きもしない。ガラスの向こうで、すぅーっと水を割くように滑らかに、縦横無尽に動き回る。
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「こらっ!ジョージ!
いつまで寝てんのよぉ!」
妙に甲高い薄気味悪い裏声に薄目を開けると、無愛想な
「…授ぅ業ぉぉ…終わった…ぞぉぉ…」
さっきとはうってかわって低い声。耳の中に生暖かい息を吹きかけられて、びくっと飛び上がるように身体を起こす。首と背中がバキバキだった。机に突っ伏して寝ていたからだろう。
「…おっはよぉ」
ニタっと白い歯を見せる彼の名前は、黒井竜。その名に
「今日は部活休みだからよぉ、一緒に帰ろうぜ」
野球部らしいよく通る声で言った。
ベタッと頬を机につけて、ナマケモノみたいに気だるげな態度で。
ギョロッと目だけこちらに向けて、だらしなく、ニタァっと口を開く。
「…昨日バイト代入ったから、今日は俺が奢ってやるよ」
当然のようにファミレスに寄り道をするつもりらしい。僕の意見も聞かずに…。まったく…もう…。
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天井の空調が音を立てる。
少し淀んだ、静かな空気に満ちた午後のファミレス。
「うぅ…。彼女が欲しい!」
バンっと机に置いたカップの中で、飲み残された氷がクルクルっと回った。
「しぃー…」
フライドポテトをつまみながら、人差し指を立てる。ちょうどおやつと夕飯の間くらいの時間だからか、店内の客は少ない。
「だって、もう夏も終わりだぜ?
文化祭にクリスマスとイベント満載なんだから、さっさと彼女作んねぇと寂しい夜を重ねることになっちまうよ」
「…別に、竜はクラスの人気者なんだから、寂しい夜にはならないでしょ」
氷を噛りながらボヤく竜に苦笑いを返す。…一瞬、何かが頭をよぎった気がした。
「そうでもねぇよ。
…俺もいろいろ苦労してんだよぉ。
だって、友だちが多いってのは、揉め事に巻き込まれることも多いんだぜ。みんなそれぞれいろんな意見を持ってるんだから」
ポテトを一掴み頬張ると、氷が溶けて薄くなったコーラで流し込んだ。
「…それに顧問もうるせぇから、部活だけじゃなくて、勉強も手は抜けねぇし…」
「えぇ、めんどくさいな…。
じゃあ、彼女と遊ぶ時間もないじゃん」
不意に視界の端、窓の外が気にかかる。そこには一羽の黒いカラス。
「んー?そうか?…んー…そうだな。
でもな、俺はこれが幸せなんだ。
マイペースな自分時間が少なくても、周りの言動に腹が立ったり、哀しくなったりしても。このぐちゃぐちゃした中に、俺の幸せはあるんだよ」
カラスは何かを見つけたのか、電柱の上でじっとしている。僕は何だかカラスから目が離せなかった。
と、前触れもなく飛び上がった。
「お前が今の毎日の中に幸せを見つけているのと一緒だよ」
歩道の上の、看板や電灯もある狭い空間をひゅーうっと通り抜けていくカラス。器用に周りにぶつかることもなく。
「…おい、おい!聞こえてる?」
切れ長の瞳が怪訝そうにこちらを見つめている。
「え?あ?ごめん、えっと…幸せな彼女が欲しいんだっけ?」
ぼうっとした頭でぼんやり応えると、教室がどっと沸き返った。
……え?…ここ、教室?
首と背中がバキバキに凝っていて、僕は辺りを見渡せなかった。みんながどんな表情をしてるか、見れなかった。
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