垂涎の的

こんとーん

垂涎の的

とある山奥の洞窟。五人ほどの集団が、息を潜めながら奥へと歩いている。

「しかし、本当なのか?ここに竜の卵があるってのは。」

松明を持った者の問いに、地図を持った者が答えた。

「ああ、間違いない。信頼できる仲間から聞いたんだ。」

地図から目を離さず答えるその声は、抑えきれない興奮故か、微かに震えている。

「なんて幸運なんだ。俺らにもようやく、運が向いてきたんじゃないか?」

一人が少し大きい声を出した、その時。彼らの一人が、シッ、と口に指を当てた。瞬時に足を止め、周囲を警戒する彼らの耳に、ほんの微かな竜の呻き声が入る。

暫く岩陰に隠れた彼らは、相手の気配が消えるのを待つ。そして五分後、安全を確認したのか、ゆっくりと出てきた。警戒を促したものが、大きな声を出した者の頭をコツンと叩く。

「おい、気をつけろよ。気付かれたらどうするんだ?」

「すまんすまん。安心してくれ、せっかくの幸運、無駄にするつもりは無いとも。」

わざわざここまで来たのだ、目の前のお宝を見逃すという選択肢はない。

竜の卵は、その大きさと見た目からは想像もできないほどの高値で取引される、常に金のない宝探し屋としては大変ありがたい代物だ。尤も、割れてしまえば価値は激減するため、慎重に運ばなければならないのは些か面倒くさいが……。とはいえ、それが一つ売り払えば、街の中心に豪邸を建ててもお釣りがくると言われている、まさしくお宝なのだから。

ふと、彼らの目の前が急に開けた。これまで細い通路にいたのが、部屋に出たかのよう。

大きい広間のようになっている場所、その中心に、大量の草が、大きな鳥の巣のように積まれていた。その上には、見た目こそ鳥のものと大差ないが、大人が両手で抱えなければならないような大きさの卵。

「見ろ、見ろ。本当にあったぞ。」

地図を持っている男が、手の中身を強く握る。彼の聞いた通り、伝説の宝探し屋でも中々お目にかかれないと言われている竜の卵がそこにあった。

一人が指差し、その数を数える。

「一、二……やったな、五つも!」

「丁度いい、俺らの人数と同じじゃないか。これも何かの縁みたいだな。」

ガサガサと踏み入り、口々に喜びを表す五人。

「これだけあれば、当分困らないぞ。」

「しかし、こんなにとはな。」

「ああ、聞いていたより多い。思わず、涎が出そうじゃないか。」

彼らにとって、この卵はまさしく垂涎の的。入ってくる大金はもちろんの事、竜の卵を見つけたとなれば、その名は宝探しの名人として遥かに轟く。


「ともあれ、チャンスに違いない。今のうちに、いただいてしまおう。」

「そうだな。卵に傷がつかないよう、くれぐれも気を付けろよ。」




とある山奥の洞窟。卵の置いてある場所からは見えない、大きな岩の陰で、二匹の竜が密かに言葉を交わしていた。人間には呻き声としか聞こえないが、竜らにとっては立派な会話である。

「しかし、本当なのか?ここに人間どもが向かっているというのは。」

角が一本折れた竜の問いに、爪が一本欠けた竜が答えた。

「ああ、間違いない。信頼できる仲間から聞いたんだ。」

竜族は、数匹から数十匹で群れを成し、広大な範囲を縄張りとする。如何な些事でも漏らす事なく伝達されるのだから、人間が近付いてくるとなれば、その情報はあっという間もなく、群全体に伝わるのだ。

「なんて幸運なんだ。俺らにもようやく、運が向いてきたんじゃないか?」

少し大声を出しすぎたか、ガサリ、と人間どもの身構える気配。もう一匹が、慌ててその口を塞ぐ。

暫しの沈黙。その後、危険はないと判断したのか、安堵の雰囲気とともにこちらへ近付いてくるいくつかの足音。奴らなりに隠しているようだが、竜の耳はその程度の偽装を易々と看破する。それを確認し、角の欠けた竜が、爪の欠けた方の頭を小突いた。

「おい、気をつけろよ。気付かれたらどうするんだ?」

「すまんすまん。安心してくれ、せっかくの幸運、無駄にするつもりは無いとも。」

わざわざここまで来てくれたのだ、みすみす逃すという選択肢はない。

よく筋肉のついた、人間が五匹ほど。自ら出向いて食われに来る人間は、狩りの手間さえ省かせてくれる、産卵で消耗した身としては大変ありがたい代物だ。尤も、布やら金属やら、何かチマチマした物を身につけているのは些か面倒臭いが……。とは言え、まさにわざわざ口の中へ飛び込んで来てくれるが如き、言うなればお宝なのだから。


暫く息を潜めていると、卵のところに人間たちが現れた。

「見ろ、見ろ。本当にいたぞ。」

角欠けが興奮を抑えきれない声を上げると、爪欠けは指差してその数を数えた。

「一、二……やったな、五匹も。」

「丁度いい、卵の数と同じじゃないか。これも何かの縁みたいだな。」

何やら騒ぐ人間どもはさておき、二匹は密かに喜びを表した。

「しかし、こんなにとはな。」

「ああ、聞いていたより多い。思わず、涎が出そうじゃないか。」

竜に、とりわけ子供達にとって、人間はまさしく垂涎の的。

親からすれば卵から目を離す事なく手に入る食料、これから産まれる子供からしても、孵化してすぐに食べられる、鮮度のいい餌だ。

そんなことを話す彼らの目前で、人間どもは揺り籠に足を踏み入れた。もはや奴らの眼には、卵とその後待ち受けているであろう豪遊しか映っていないようだ。その背後から、二匹の竜が腕を伸ばす。


「ともあれ、チャンスに違いない。今のうちに、いただいてしまおう。」

「そうだな。卵に傷がつかないよう、くれぐれも気を付けろよ。」

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