エピローグ

 ガチャガチャ――ギィィ――。

 無機質な鉄製の扉が開かれる。

 扉の向こうには刑務官が二人。どこか辛そうな表情を向けている。

 そうか……ついに来たのか……。

 

「二三四三二番……出ろ」

「……はい」


 と、短く返事をして立ち上がる。

 そして、ゆっくりとした足取りで部屋の入り口に向かう。いや、どうせここには戻って来ないだろうし、出口と言った方がいいのか、まぁ、どちらでもいいや……。

 廊下に出た俺は、今まで俺がいた独房を見渡す。

 三畳ほどの俺の城だ。

 この拘置所に来て何年が過ぎたのだろう……。

 俺の死刑判決が確定するまで三年ほどの歳月が掛かった。

 これでも短い方だろう。俺がもっとごねてたら倍の時間が掛かっていたかも知れない。

 それから、十二年……。俺は五十歳になった。

 そして、今日、刑が執行される。


「うん? はは……そんなに身構えなくても大丈夫ですよ、暴れたりしませんから」


 よくこういう状況に陥った死刑守が最後の悪あがきをすると聞いた。

 それはそうだ、今から自分の二本の脚で死にに行くのだから。俺はもういいんだ……この十二年で気持ちの整理は全てついているから。

 刑務官の二人は、俺の態度に警戒を緩める。


 俺は、もう二度と戻って来るはずのない独房に向かって一礼する。


「十二年間、お世話になりました……」

 

 そして、俺は刑務官に連れられ、刑場へと向かう。

 十二年間も生き永らえた事によって、この狭い世界でもそれなりの人脈を築くことができ、道中色んな刑務官達と軽く最期の挨拶を交わす。中には、こんな俺の為に涙を流してくれた刑務官もいた。

 実にありがたい事だ……。


「ここだ……」


 担当刑務官に連れられてこられた場所は、何というか……会議室の様な扉だった。

 もっと、こう薄暗い場所だと勝手に想像していたのだが。

 そして、担当刑務官が扉を開けると、俺の鼻にやけに落ち着く匂いが入ってくる。

 線香の匂いだ。ふと、左の壁を見るとそこには仏壇がおいてあり、線香から煙があがっていた。

 そして、この十二年間俺の話を聞いてくれていた、和尚さんが立っている。


「さぁ、こちらへ」


 和尚さんは、備え付けのテーブルに座るように促し、俺は素直に従う。


「和尚さん、色々とお世話になりました……」

「川村さん……貴方は頑張りました。この十二年間、よく罪と向き合って……」


 和尚さんの両目に涙が滲む。


「和尚さんをはじめとする、この拘置所いる皆さんのおかげです」


 和尚さんは、うんうんと頷き、「こちらを」 と和尚さんは、レターセットとボールペンを俺に渡す。


「すみません、特に遺言を残すつもりはありません……」

「そうですか……それなら、そこにあるお供え物でもおひとついかがですか?」

 和尚さんの指さす方をみると、皿の上にお饅頭が置いてある。


「お供え物を物を食べてもいいんですか?」


 これから死ぬって言うのに、罰当たりな事をしていいのだろうか?


「えぇ。それは、川村さんのお供え物ですから」

「……なるほど」


 少し考えれば分かる事だった。仏さんは俺という事か。


「折角だから、一ついただきます。ここにいると甘味は中々味わう事ができないので」


 俺がそういうと和尚さんはゆっくりと頷き、饅頭が載っている皿を俺に向け、俺は饅頭を一つ手を取り

口に運ぶ。うん、甘くて、美味しい。

 俺は、ペロっと饅頭一つを平らげた。


「こちそうさまでした」


 それから、和尚さんにありがたい話を聞き、今度は拘置所長から刑執行に対する分を読まれた後に、カーテンの前に立たされる。恐らくこの先が……。

 そんな事を思っていると、アイマスクを付けられ両手に手錠がはめられる。

 サーっとカーテンが開く音がしたと思ったら、刑務官に腕を引っ張られ一歩、また一歩と前に進む。

 よく刑場には、十三段のある階段を昇ると聞いた事があるが、実際はそんなものはない。俺は罪人、逝き先は天ではなく、奈落の底なのだから……。


「ここで、止まれ」


 刑務官の指示で足を止めると、今度は両足をロープで縛られる感じがしたのち、首に何かが掛かる感触……。


「最期に言い残す事はないか?」


 最期、これが俺の最期の言葉になるのか……。

 そんな事を思っていると、走馬灯が駆け巡る。

 数えきれない程のシーンが、俺の目の前を過ぎていく……その中で俺に向けて笑顔を向けてくれている芽衣がいる。あぁ、愛らしい……俺は、どこで間違ったのだろう……。

 芽衣の事、もっと早く気づいてあげられたら、こんな負の連鎖はなかっただろう……。

 俺は芽衣と同じ場所にはいけない、もう二度と逢えない……それだけが心残りだ……。

 悲観的になっていると、俺の頬を風が通り抜ける。

 そして……


『お兄さん……』


 あぁ……この声は……十五年間一時も忘れた事がなかった……彼女の声だ……。

 俺の首に括られている無機質なローブが次第に彼女のか細い柔らかなモノへと変わっていく様な錯覚に陥り、彼女に、包まれている様な、そんな温かな気持ちになる。


『私のせいでごめんなさい……沢山、辛い思いをさせてしまって、ごめんなさい。あの時、私が声を掛けなければ……お兄さんは、正義の味方でいられたのに』


(いや、いいんだ……俺は、君と出会えて幸せだった。君だけの正義の味方でいれたんだ)

『そう言ってくれて嬉しい……』

 

「芽衣、俺は、君を愛してる……」


 ドォン!!

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