第6話「回想:進藤太郎」
『――進藤太郎です! 本日付けでこちらに配属になりました、若輩者ではありますが精一杯頑張ります、ので! ご指導のほど! よろしくお願いいたします!!』
そんな挨拶で俺たちのところにやってきたのを、こんなときに思い出すのはどうしてだろうか。
初めて進藤と会って、俺の部下になったあの時のことを。
妙に愛嬌のある可愛い奴で、どんな捜査にも熱意をもって挑んでいた進藤。
俺の無愛想さに気を悪くすることなく、捜査に挑む俺の背中に尊敬の眼差しを向けてきてくれた。
そんな進藤が今――
「……先輩、俺……」
――俺に向けて、ナイフという形の、殺意の塊を突き出していた。
正直言って驚いている。
あの熱意はあっても大人しい印象だった進藤が、こんな行動をしてしまうとは。この数年間こいつを見てきて、そして知り得たことはほんの表層でしかなかったことだと思い知る。
「信じたく、なかった……まさか先輩が本当にあんなことをしていたなんて。
でも調べればすぐにわかりましたよ、相沢健二に義理の娘がいたことは。そして彼女が先輩と入ったホテルも見つけ出した、店員の証言も録れてる。だからあの時の相談は事実だったって、今なら確信して言えます。
そんな先輩なら、そういう人だったんなら……納得が出来る。
――あんたが愛衣を殺したんだって」
こいつをこんな凶行に走らせた原因。
進藤の愛衣に対する愛は――それほどまでに深かったということだのだろう。
「何で、なんっ……でだよぉぉおーーー!!!
何で愛衣を殺したぁあ……! おれのっ……俺のぉおお……」
怒り、嘆き、悲しみ――愛。
複雑に絡み合った感情が無尽蔵に迸り、制御の利かないそれを燃料にどこまでもこいつを暴走させている。
奥底から生じる魂からの叫び――ことここに至り、進藤太郎という男は正気を失っていた。
そしてその激情の矛先は、最愛の存在を奪った相手である俺に向けられている。
「ずっと好きだったっ、ずっと、ずっと……!!
でもあんたが、幸せならよかったのに、何で、だから俺が……!
あぁあああっぁあああああああああーーーーー!!!!!」
支離滅裂な言葉を発しながら握ったナイフを振り回す進藤。
涙を流し、感情任せで出鱈目な攻撃は軌道が読めず、勢いもあって俺は徐々に追い詰められていく。
こっちは疲労困憊なのに対し相手は感情によってリミッターが外れている、年の差による身体能力の差もあって逃げることしかできない。
そして遂に背後に壁が迫り――状況は最悪だった。
「……俺、愛衣さんのことがずっと好きでした。
学校の先輩で、憧れの人だった。
後からあんたと結婚したって知って、気持ちを抑えようとしたけど、寂しそうなあの人からの誘いを、俺が断れるわけがなかった……」
壁際に追い詰め、優位と見てか。
若干冷静さを取り戻した進藤の口から、滔々と愛衣との関係が語られる。
何だ、あいつ……一人だったと言っときながら、やることはやってたわけか。
そんなことを考えたせいか、この状況のせいで俺もおかしくなっていたのか――顔が自然と笑みを形作ってしまっているのを見た進藤は、
「――何がおかしい!!!」
と、叫びを発して俺へと突っ込んできた。
その激情による動きは速く――だが、それは直線的ということでもあった。俺は一か八かで体を翻し、紙一重でナイフの強襲をかわしきった。それによる結果は言うまでもない。
「うあっ!?」
壁に勢いよくぶつかった進藤は体勢を大きく崩し、ナイフを地面に取り落とす。千載一遇のチャンス、さっきのをもう一度とはいかない俺は転がったナイフへと駆け飛ぶ。
しかしそれは進藤も同じ、周囲を素早く確認し近くに落ちたナイフへと腕を伸ばす。
地面を転げながら、俺たちは揉みくちゃになってナイフを奪い合った、何故それにこだわる必要があるのかと思われるほどに。
そして散々揉み合った末に――
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「あ、あぁ……そんな……」
――俺に突き立てるはずだった進藤のナイフは、あろうことか……こいつ自身の首元へと突き刺さっていた。
シャツに滲む血で汚れ、地面へと流れ出していく。
呆然とそれを、現実を受け止めきれていない様子で見下ろす進藤。
俺もそんな進藤の姿をただ、眺めることしかできなかった。
「愛衣、さん……」
ふっと、力を失った体が地面へと仰向けに横たわる。
あまり音はしなかった、本当にただ、寝転がったみたいな感じで。
そして進藤は、最期に愛しい人の名前を呟きながら、永遠に意識を失うのだった。
「進藤……」
なあ進藤、何でだろうな。
俺たち、ただ人を愛しただけなのにな。
どうしてこんなことになっちまったんだろうな。
でも……もうそれに進藤が答えることはない。
――俺がこいつを、大切な後輩を、殺したからだ。
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