第3話

 ガラス戸の外の庭では、百日紅さるすべりの花がこぼれんばかりに咲いています。

 私はガラス戸に映った自分の姿を確認しました。

 葡萄のような赤紫色の絽の着物。生成り色の帯。お太鼓の部分には、薄桃色の花が描かれているそうです。帯揚げと帯締めは、深緑色。

 若いんだから、華やかなのを着なくちゃ。そう言って見立ててくれたのは、彼のお母様です。

 でも、生きる価値のない塵屑以下である私には、洒落た格好をする資格なんか、ありません。

 短かった高校時代に同級生から言われた言葉を思い出しました。



 ――あんたがこの世に存在するせいで、あの子が苦しんでいるんだよ。



 それと、母の遺書も。



 ――あんたがこの世から消えてくれないなんて残念です。代わりに私が消えます。



 私が悪いのはわかっています。

 それなのに、私が被害者であるかのように、胸がしめつけられ、今でも苦しくなります。

 息苦しくなり涙が出そうになったとき、着物の袖が視界に入りました。私が着ているものと同じ、葡萄のような赤紫色の着物です。

「ご気分でもお悪いの?」

 顔を上げると、近くの女性と目が合いました。私よりひとまわりお姉さんで、洗練された雰囲気があります。

「平気、です」

 素敵な女性。つい、見とれてしまいました。

「お着物、同じ色ですね」

「あら、本当。でも、あなたは可愛らしいわね」

「そんなこと、ありません」

「可愛いわ。さくらんぼちゃんみたいで、素敵」

「いえ、私なんか、田舎者ですから」

 こんなに言葉を交わしたのは、いつ以来でしょうか。迷惑をかけることはわかっているのに、止まりません。

「あなた、お国はどちら?」

「甲府です。山梨県の」

「あら、奇遇。わたくし甲府にいたことがあるの」

「え!?」

 驚きました。洗練された素敵な女性が、地方にいたことがあるとは。

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