第2話

 お茶席の隅にでもお邪魔させて頂こうと思ったのに、私の前の人で区切られてしまいました。

 次のお茶席では、私が正客になってしまいます。一番客として亭主の一番近くに座らせてもらうなんて、畏れ多くもできません。

 お茶室の前の廊下で待っていると、着物姿のご婦人達が小声で話すのが聞こえてきました。

 私のことを笑っているのかもしれません。でも、聞かないふりをします。お茶席での足の運び方やお茶の頂き方を頭の中でシミュレーションします。

 前のお茶席が終わり、案内されると、やはり私が正客になってしまいました。

 水屋口が開き、亭主がお辞儀をします。

 廊下でひそひそ話をしていたご婦人達が黄色い声で沸きました。

 私は呆気にとられ、お辞儀を忘れてしまいました。それどころか、彼の名前を呼びそうになってしまいました。

 私よりいくつか年上なのに、とてもしっかり者の彼。裏柳色の着物に千歳緑の袴姿です。

 硝子の水指に葉蓋という涼しげな演出の風炉点前。

 彼は流れるような手つきでお点前を進め、見入っている間にお抹茶が差し出されました。

 食べるのを忘れたお菓子は脇に隠し、お茶を頂きます。

 なんかもう、味がわかりません。幸せな瞬間に胸がいっぱいです。

 彼が私のためだけにもてなしてくれたのかと錯覚を起こしてしまいます。

 私なんか、幸せを感じる価値なんかないのに。

 お点前が終わって主客総礼すると、私は廊下に出て人気ひとけのないところに逃げました。

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