エンドローグ
八月九日。夕方、夏祭り当日。
神社の入口近くで待ち合わせをしていた。出店と提灯が並ぶのとは反対側の細い通路の側の道で落ち合う約束だった。
ケンとジョウは待ち合わせ時間の少し前についてサラと一応今日の保護者役である坂月ランを待っていた。
時間ぴったりにランがサラを連れて二人の前に顔を見せる。
「どうかな、似合うかな……?」
黒を基調として赤と青の金魚が泳ぐ様なデザインがほどこされた浴衣に鮮やかな赤いストラップが特徴的な草履に近い形のミュールを合わせている。
ミスマッチがあるとすれば首元や胸元腕の近くが透けたりはだけたりしたときのために隠すために上半身用の黒いボディスーツとそれに合わせるために足元にも黒い足袋を身に着けていることか。
ただ、それは体にあるウロコ状の硬くなった皮フを見られないようにするために必要なことだ。
「うん、良く似合ってるよ」
「大体何着てもいっしょだろ」
そしてケンとジョウもまたふだんと違って、お祭り用にじんべえを着ていた。ケンはオレンジ地に水色を差し色に使ったやたら派手なじんべえで、ジョウは灰色地に深緑を差し色に使った大人しめのじんべえ。
「ちょっと言い方がひどい……」
「あはは、許してあげて、何着てても素材が良ければ大体良く見えるだろって言いたいんだと思うから」
「おい、ケンっ! 勝手に言外の意味をくみ取るな」
「じゃあ似合ってないって思ってるの?」
「そうは言ってないだろ……、そうは……」
「と、このようにぶっきらぼうなのは照れ隠しだから、ね?」
「今ので溜飲が下がりました」
サラはちゃんとほめてもらえて満足そうな表情を見せる。
「そうかよ……」
「あっ、二人もそれ、良く似合ってるよ」
「ありがと」
「おう」
「それじゃあいこっか」
人通りの流れに乗る様に歩きながら色々な出店の前を通って行く。
「それにしてもこんなに人って集まるんだね」
「夏祭りなんて、あの化け物事件のときからとんと出来てなかったからなぁ。前回こんな風な夏祭りやったのって多分、五年前、六年前とかなんじゃねーの?」
「そんなに前だともう全然記憶にないね」
「それは……、わたしのせいかも……、ごめんね」
「いやいや、多分全然そんなことないって。ぼく結構すぐいろんなこと忘れちゃうし」
「そうだぜ、コイツ二週間前に見た映画の内容ころっと忘れたからもう一回一緒に見に行こ? とか言ってくるからな」
それは去年の夏の夏にいっしょに映画を見に行く約束をしていたときの出来事だった。そして実は夏休みが終わった後で、その映画を見たことをすっかり忘れたケンが「まだ見に行ってないのに公開期間が終わっちゃう!」と大あわてしていたという追加エピソードもあったりする。
「えぇ? 単にもう一回見たかったってだけじゃなくって?」
「それがねー、本当にすぽって忘れちゃうんだよね」
「な? コイツが忘れっぽいのは元からなんだよ。だからあまり深刻になるなよ」
「うん。ありがとう」
「で、何からやる? やっぱり射的? それとも金魚すくい?」
「は? 祭りに来たら最初にやることなんて決まってるだろ!」
ジョウに先導されてやってきたのは型抜きの出店スペース。
つまり型抜きをきれいにやってお小使いをかせごうという算段だった。
算段だったのが、
「だぁー!! 全然キレイに抜けねー!!」
ジョウは自分が型抜きのような根気のいる作業が苦手なことを忘れていた。
「ジョウはさ、雑なんだよね。基本的にさ」
「そういうおまえはどうなんだよ?」
「今いいところだからジャマしないでね」
「そして、あんたはもくもくとやり過ぎだろ……」
最終的にはジョウは型を折ってしまって収かく無し、ケンが一五〇〇円、サラが二〇〇〇円の型抜きに成功した。
「おまえら、スゲーな……」
「落ち着きのなさが敗因だと思うな、ぼくは」
「大丈夫だよ! 型抜きが出来なくっても別に何にも困らないし……!」
「ふに落ちねー!! なんとなく、ふに落ちねー!!」
分かりやすく地団太をふんでみせて、からぱちっと切り替えるみたいに次の遊び先の算段を付けたみたいだった。
「よっしゃ、今度はおれの得意分野で行くぜ」
「射的?」
「そうだ!!」
自信満々にうなずいて、二人を引きつれて射的の屋台を探し出し、ちょう戦した。
ちょう戦したはいいけれど、
「なっ!! 当たったのに、全然動かねえ!! おっちゃんあれなんか動かなくねぇ!?」
「あぁん? なんか文句あっかー? ぼうず」
「いや、文句っつーかさ! 動かないじゃん!!」
「同じ景品に何度も当てて動かすして落とすもんなんだよ、こういうのは。ほら、とっとと次の弾使いな!」
「ちぇー、分かったよ」
景品は全然取れなかった。
「あー!! なんでだ! なんで全部当てたのに、ギリギリで落ちねーんだ!!」
射的屋さんの前でブーブー言っていると屋台のおっちゃんににらまれて怖い思いをしそうだったので、人の流れに乗る様に歩きながら文句を言う。
「まあ射的の高額景品なんてそんなものだよ……。ゲームソフトなんてねらわずに、えん筆六本セットとか、湯のみとか、USBメモリとか、SDカードとかねらえば良かったのに」
「夢のないこと言うなよ」
「でも目玉の景品を簡単に取らせてくれるところなんて多分ないよ?」
実はお祭りの屋台は割とインチキが横行しがちだったりもする。
「うぐぐぐ、そりゃそーだけどよ」
「ねえねえ、あのあれ食べたい」
「焼きそば?」
ジョウがブーブー文句を言っている横でサラがケンの袖口を引っ張って焼きそばの屋台を指さしていた。
「屋台で焼きそば!! いやー、おれ憧れがあったんだよなあ!! こうやって祭りの日に焼きそば片手に出店を見て回るの!」
さっきまでの文句はどこへやら、すぐに興味の対象が焼きそばへと切り替わるジョウだった。
「でも、分かるな。夏祭りを焼きそばとかフランクフルトとか手にして楽しむのって、なんとなくやってみたくなるよね」
「よっしゃ、みんなで買おうぜ!!」
「おっちゃん! 焼きそば三つ!!」
「はいよ!」
三人分の焼きそばを受け取って、また人の流れに乗って歩き出す。
「さてと、それじゃ次どうする?」
「せっかく買ったし、どこかで焼きそば食べたいけど……」
またしてもサラがケンのじんべえのすそを引っ張った。
今度はサラは何も言わなかったけれど、その視線の先には一つの屋台がある。
「亀すくい?」
サラが物珍しそうにその屋台を凝視していると、
「なんだおじょうちゃん亀すくいやったことねーのかい?」
屋台のおっちゃんが声をかけてきた。
「その紙の張ってあるやつですくうの? このカメさんを?」
「おうよ、これはポイっつってな! ちょっちょっとこれで亀をすくって、こっちのボウルに入れられたらゲット。ポイの紙が破けるまでは何回でもすくい放題ってわけよ」
「へぇー?」
分かっているような分かっていないようなそんな相づちだった。
「一回やってみようかな」
少しだけ悩んで、さっきもらった型抜きのお金もあるしとちょっと強気に一回やってみようと決心する。
「はい、まいど!」
ボウルとポイを受け取ったサラはどの亀なら取れそうなのか真剣に考える。
真剣に考えて、考えて、考えて、全然分からなかったので、一番近くで水の流れに流されるまま漂っている子に狙いを定めてポイを水につけた。
「あう、破けた……」
「はい残念。つってもまだ紙の部分残ってるし、その紙が全部なくなくなるまでは続けてみてもいいぜ? やってみるかい?」
「うーん。無理そうだし、いいです……」
残念そうに溜息を吐きだす。
元々そこまで亀がほしかったわけでもなくダメそうならしょうがないかなと思っていたのだけれど、あまりにも全然ダメだったのでちょっとショックを受けていた。
「おじさんぼくも一回いい?」
「お、かたきうちかい? いいねえそういうの! せっかくだし一回五〇〇円のところ二回で八〇〇円におまけしてやらぁ!」
「えっ? あー、うーん。いや一回でいいです」
「なんでい。ずいぶん自信があるみてーだな。あいよ」
今度はケンがポイとボウルを受け取る。
「えぇと、どれがいいかな……」
受け取ったポイの大きさと流れていく亀の大きさを見比べて、一番大きそうな亀をすくおうと狙いを定めた。
「そんなに大きいと重さで紙が破けちゃわない?」
ケンがすくおうとしている亀は明らかに他の亀よりも一回り大きいサイズだったので、サラは思わずそう言った。
「うーん。そうかも……」
ケンもそれは否定せずに、だけれどそのままその亀をすくいあげてさっとボウルに入れてしまう。
「すごい!!」
「ちきしょう! やられたぜ」
「これだけ包んでください」
「ん? 一回だけでいいのか? まだそのポイは使えるだろ?」
「そんなに何匹もすくったら育てるの大変じゃないですか」
「そりゃそうだ、あいよ」
屋台のおっちゃんに亀を水袋に入れて貰ってそれを受け取る。
「おー、取れたか!」
邪魔にならないように人の流れから外れたところで待っていたジョウと早々に合流し直した。
「うん」
「でもなんでこんなに大きいの取れたの?」
また人の波に流されながら話をする。
「大きいのっていうか、大きかったからふちにひっかけて、さって取っちゃった。丁度重すぎず、小さすぎだったから、一番取りやすかったヤツだと思う。多分」
「へー。なるほど」
「じゃあ、はい。どうぞ」
「えっ? でもこれはケン君が取ったやつでしょ?」
「いいの、いいの。もらって、もらって」
君にプレゼントするために取ったんだよ、と言うのは気はずかしさが勝って難しいし、かといって自分がほしいかったから取ったといったら受け取ってもらえない。だから押し売りみたいに適当に押し通すしか手がなかった。
「そう? それじゃあ、えぇとありがとう」
「どういたしまして」
「……、なぁもうおれも口をはさんでいいか?」
そして二人が二人の空気を作って微笑ましいやり取りをしてしまうと、ジョウはちょっと居心地が悪かった。
「あっ、ごめんね。そういうつもりはなかったんだけど……」
ちょっとだけほおを赤くしたサラはあわててそう弁明したのだけれど、ケンの方はなんでジョウは口をはさんじゃいけないんだ? という顔をして首をひねっている。
「いや、ごめんおれが悪かったわ……」
ド天然に冷やかしは効果がなかった。流石は天然。
「そっか? とりあえず焼きそば食べられるところ探そう?」
結局よく分かってないケンがお腹を擦りながらそう提案し、三人はどこか落ち着ける場所を探してあっちへフラフラ、こっちへフラフラと移動する。場所探しの最中に見かけたりんご飴がおいしそうだったので、三人ともついでに買ってしまった。
「おぉー。これが本物のりんご飴。これってどれくらいおいしいのかな?」
「成分的にはリンゴとお砂糖だしおいしくないわけはなくない?」
「確かに!」
「でも、リンゴも甘いしお砂糖も甘いから、甘い×甘いで甘々になっちゃいそうだよ?」
そんな風に話しながらも最終的には神社本殿の裏手側に人の少ない場所を見つけたのでそこに腰を落ち着けることになった(実は坂月ランがこっそり三人の近くにいて見守っているのは秘密だよ)。
三人並んで腰を下ろして、膝の上に焼きそばを乗せて割り箸を割る。
「それで、身体の方はどう? 何か変わったこととかないの?」
ずるずると焼きそばをすすりながらケンがサラに問いかける。
流石にこういう話を祭りのど真ん中でするのは少し気が引けた。
「幻覚はずいぶん落ち着いたよ。ランさんが言うにはずっと心につっかえていたことが解消されて、心が安定したからじゃないかって。元々なんで幻覚が起きるのか自体も全部わかっているわけじゃなかったし」
「そっか。良くなってるんだ……」
「それにここ、二、三日で体に広がってたウロコ化も少し小さくなったんだ。今まではゆっくりゆっくり広がっていってたんだけど、今日は三日前と比べるとハッキリ分かるくらいに小さくなっててね」
「うろこの方はかなり時間かかるぜ。おれも今はこれだけ小さくなってるけど、三年前はこの倍くらいのデカさがあったし」
じんべえをめくって自分のうろこ部分を見せながらジョウがそんな風にいう。今までずっと隠していたことをこうして人に見せられるようになったというのも一つの変化だな、と内心で笑っていた。
「……、そっか。こっちはまだまだかかるんだ……」
「というか、夕洲もそうだけど、ケンおまえもどうなんだよ? ってなに難しい顔してるんだ?」
「えっ? ああ、いや、この場合早く良くなるといいねいうべきなのか、それともそれが治るのに時間がかかったとしても君は君だよ、っていうべきなのか、どっちなのかなって。あっ……」
「今それを口に出したら何のためにかっとうしてたのか分かんねーな……。で、どうなの?」
あきれた声を出しながらもジョウはそっくりそのままサラへとぶん投げてしまう。
「えぇ?! うーん。でも、これが治らないことには海にもいけないし、服装もちゃんと着込んでないと他の人こわがらせちゃうし、やっぱり早く治って欲しいかな……。でも、早く良くなるといいねって言われると今のわたしはダメって言われてるような気持ちになっちゃうっていうのも少しあるし……、うーん……」
「言う方も言われる方もどっちがいいって選べないなら、そんなこと言わない方が良いのかもな」
「でも、こういうことは言葉にしないと伝わらないから、だからきっと言わない方が言いなんてことないと思うんだよね」
「難しいね」
コミュニケーションに絶対的な正解なんていうのは多分ないのだろう。
その中で自分なりの、あるいは相手に合わせたやり取りの仕方を学んでいく。
失敗することもあれば成功することもある。大事なのは自分からふたをしないこと。
そんな話をしていたら、どこからともなくパンパンパンと空砲がなった。
花火がそろそろ始まるということの合図だ。
「そろそろ花火あがるみたいだね」
「せっかくだしこのまま見ていこうぜ」
「そうだね」
ヒューっと音が鳴って、色とりどりの小さな花火が空を輝かせた。
赤い花火、黄色い花火、白い花火、黄色と緑が混ざった花火、赤と青が混ざった花火。色んな花火が沢山上がって、夜空にきらめく。
「おおー」
「すげー」
しばらく小さな花火があがり続けて、それから一際長いヒューっという音が聞こえた。
大きな花火があがるんだと、感覚的に分かった。
「ぼくはなれたかな
ドンっ!! という花火の音でかき消されてしまうくらいの大きさの声でケンは小さくそう言った。
だれにも聞かれない方が良いと思った。だけれど、二人がいる場で言葉にしておきたいとも思った。
だから、今しかなかった。
ただそれで満足だった。
だけれど――――、
「
「ならなくって良いって言ったのによ……。でもありがとうな」
次の大きな花火の爆発音に紛れるようにそんな声が聞こえた気がした。
憧れの矛先 加賀山かがり @kagayamakagari
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