どろの証言5

 体のあちこちがみょうに痛んだ。

 特に頭痛が酷かった。

 後頭部になんだかやわらかさを感じる。

 段々と意識がハッキリとしてきた。

 自分が何をやっていたのか、自分が何を見ていたのかも、なんとなく追いついてきた。


「そうだ、寝てる場合じゃない……!! あれからどうなって……?!」


 飛び起きると、目の前にはジョウとそれから赤い白衣を着ていない坂月ランがいた。


「はぇ? あれ、なんで……?」


 ジョウは何も言わずに、ケンの真後ろへと指を差す。

 つられて後ろを向くと、いつもランが着ている真っ赤な白衣を羽織ったサラが正座で座っていた。


「よかったぁ……。無事だったんだ」


 安心して床に手をつくと、ガタッと何かの箱が手に当たる。それは、青八木さんからもらったなんだかよく分からないなぞの新素材のおもちゃのケースだった。

 確かにここへ来る前に何かの役に立つかもしれないと思ってポケットに突っ込んできた。

 それがいつの間にかポケットから飛び出してしまっていたらしい。

 少し心配になって、中身がこわれていないか確認するためにケースを開いた。


「そっか、あのときの声の正体はキミか」


 小さくだれにも気が付かれないようにつぶやく。

 箱の中身の形が少しだけ変わっていた。前に見たときはただの卵型のぶにぶにしたオブジェだったのに、今では卵の真ん中に真っ赤な口がついていた。もうどこからどう見ても絶対にしゃべるおもちゃだぞという顔(いや口だけついてないんだけれども)をしている。


「おまえ、本当にどうなるかと思ったぞ!! 少しの間とはいえ心臓も止まってたんだから!! でも、ソレが光って、そしたら急に呼吸も戻って……、本当にもうどうなるかと……」

「あはは、でもジョウの声で戻って来れたよ。ありがと」

「バカ野郎がよ……」


 ジョウはいつもよりも口が悪かった。でもそれはそれだけ心配していたということでもある。

 少しだけジョウから目を逸らすと、泣きそうな顔をしているサラと目が合った。

 サラは何かを言おうとして、小さく口を開き、それから、すぐに何かをおさえるように口元を一文字に結んで、立ち上がる。

 立ち上がって、すぐにケンたちに背を向けて逃げ出そうとする。

 なんとなく、そうなのかもしれない、という予感があった。

 一見超然としているように見えるし、実際あんな幻覚とずっといっしょに生きてきたこともあって、そういう部分も強くある。

 だけれど、本質的には臆病で繊細な子なのだと思う。

 だから、今逃げ出させてはいけないと思った。

 すぐに立ち上がって、サラの手を捕まえる。


「待って……!! だいじょうぶ、だいじょうぶだから……!! 落ち着いて、あせらないで」


 足を止めて振り返ったサラは小さな子みたいな表情で泣くのをがまんしていた。


「う、ううぅぅぅ……、うわぁぁぁぁぁん」


 そして、多分もう一回ケンの顔を見てこらえきれなくなって、声を上げて泣き出した。

 ここ何日かの夕洲サラからは想像も付かないような大泣きだった。

 泣きながらへなへなとその場にへたり込んで、ペタンとその場に女の子座りをする。

 泣いて、泣いて、泣いて、声がかれるまで泣いて、ようやく感情が少し落ち着いたみたいだった。


「本当はずっと、ずっと、謝りたかったの。わたし……、わたしは……、あのときケン君のことを殺しかけて……、」


 泣き止んでから、少しだけ間をおいてぽつりぽつり、と言葉をつなぐ。


「それで、それをずっと、ずっと謝りたかったの。あの時から幻覚の中で、ずっとずっと君に謝りたくて、謝りたくて、ごめんなさいをしたくって……、それで、それで……」


 小さい子をだきしめて、あやすみたいに背中をポンポンと叩いてあげたらいいのかな、と思いつつも流石にそんなことをする勇気はケンにはなかった。ので、代わりに頭をなでた。

 不思議そうに、サラはケンの手を見つめて、それからまた言葉をつなげていく。


「許してほしいなんていえないけど、でもそれでも、ごめんなさい……。ごめんなさい、ごめんなさい……。痛い思いさせて、こわい思いさせて、苦しい思いさせて、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 ずっとずっとかかえ続けていた夕洲サラの本当の気持ちがきっとそれなのだろう。


「いいよ」


 だから、ケンは少しの間も開けることなく一言で肯定した。元々そうするつもりだった。

 それがケン自身が信じる英雄ヒーローの考え方だから。


「うそ、そんなの、うそだよ」

「うそじゃないよ」


 許さないのもワガママだし、許すのもまたワガママだ。そして許されなくてもいいと思うのもワガママで、許してほしいと願うのもやっぱりワガママ。


「だって、あんなに泣いていたもの、あんなに苦しんでいたもの、あんなに痛そうだったもの……! あんなにこわいことを君にしてしまって、それでも良いよ、なんてそんなのうそだよ。良くないもん……、全然良くないもん……。忘れちゃったから、思い出せないから、そう言ってくれるだけで、きっとあのときのことを思い出したら、そしたら良いなんてきっと言えないよ……」


「確かにぼく自身の思い出としては全然思い出せていないけれど、でも君の夢の中で見ちゃったから、君がどんな気持ちをかかえてあのときのことを後悔していたのか、どんな思いで幻覚の中にいたのか、それを知っちゃったから。あんな気持ちをかかえたままで今までずっと一人でたえていたのに、それを許さないなんて、ぼくには出来ないよ」


 同じワガママならばやさしい方がいいに決まっている。ケンはそう信じている。


「う、うぅぅぅぅぅ、うわぁぁあああぁぁぁぁん」


 泣きながらサラはケンにだき付いた。一人で泣くのはつらかった。

 許してもらえるならずっとずっと泣きつきたかった。

 一人でいるのはつらいから。一人きりでかかえこむのは重たいから。

 そして、ありがとうと伝えたかったから。


「よしよし、ずっと一人きりでがまんしていたんだもんね。今くらいは、好きなだけ泣いていいよ」

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