第三話 空駆ける種族

蒼穹は知らない空のもと目を覚ます。その空はかつて見たことがないほどに綺麗な青空だった。

それはまるでアニメーションや、パノラマの世界のような自然の空というより造形物のような印象すら見受けられる。それはこの世界で最初に蒼穹が見た景色だった。

ここを夢だと思い眼をこする。しっかりと目をこすった感覚はあるし、夢のような感覚もない。

ましてや、自分の思い描くような、理想のような空が見れるはずがない。父が大好きだった空を初めて知った感じがした。


そうしていると、涙があふれてくる。何故なのかは蒼穹にもわからない。感情を出すのすら懐かしい。悔しい、怖い。そんな感情はよく出ていた。しかし悲しみや嬉しみをこうもはっきりと感じるのは本当に久しいことだった。そんな感情なんて出ないほどに蒼穹の心は壊れていた。壊されていた。だからこそ…


(綺麗な空だ。明晰夢なら覚めないでくれ)


これは自分の感情が最後に見せている幻夢ではないかと疑ってしまう。

そもそも、高所から飛び降りて無事でいるはずもない。そんな風に考える。


なぜ蒼穹はこんな景色を見ているのか。自身の実体をなくした蒼穹は魂だけの存在となる。魂には重さも形もなかったため、蒼穹の魂は他の世界へと飛んでいき、ある者の肉体へと入っていった。それがいまの蒼穹である。そしてその体の持ち主は死産にて生まれてくるはずの子供だった。つまりその体には魂が宿っておらず形を保つことも困難になっていたのだ。

その肉体に蒼穹の魂が入ることにより、魂の実態を保った。

しかしそんなこと蒼穹が知る由もない。


そんなことをしている間に時間というのは過ぎ去るものであって、蒼穹が気付いた時には悲し気な表情を浮かべた二人の大人が入る。二人は明らかに夫婦のようであり、悲しそうな眼をして蒼穹を見つめる。辺りはもう夜だった。この二人の姿は何故か蒼穹にはぼんやりとしか見えない。二人が話してる言語が分からない。

それにより、多少焦った蒼穹は大声で泣き出した。するとすぐに夫婦は驚き、徐々に歓喜の表情となる。


それは時を遡る。



二人の夫婦が一人の赤子へ向けて涙を流している。その子供から生気は感じられず、大声で泣くこともしない。死んでいるのだ。

この二人の背中には羽が生えている。知らぬものが見れば、天使や女神とでも騒ぎそうなほどに美しい翼が。その者たちは翼人族である。背に翼を携え空駆ける姿はまさに天使。

しかし彼らは人間に姿を見せない。人間の前に姿を現さないのだ。

それの理由は二つ。彼らの羽や美貌を狙った誘拐が起こるから。もう一つが、彼らが世界樹と呼ばれる命の大樹の守り人だからであった。


世界樹の恩恵を受けた翼人族は生命エネルギーを蓄積されやすく、長命である。

その恩恵を受ける部分が翼であるため、生えていなかった子は死産や流産として下界へ送られる。


蒼穹が入った肉体は捨てられる直前の体であった。魂が納められたことで、肉体には精神と生命エネルギーが蓄えられていく。この時の蒼穹は極端にそれらがなく活動量の低下も起こった。

それにより目がぼやけたりしていた。蒼穹が泣き出すほどに力が蓄えられたことで、蒼穹の肉体にも翼が生えた。


これが夫婦が流した涙の秘密である。


時は戻って現在

「貴方!うちの子が…うちの子にも翼が生えました!」


「ありえない…こんな奇跡が?あぁ…神よ。感謝いたします」


震えるような声で二人は言う。二人は最後の別れを伝え世界樹の付近から遠ざけなくてはいけなかった。しかし翼が生えた今、二人の間にできた子を捨ててしまう必要もなくなった。

とはいえもとより捨てる気などなかった。自宅に閉じ込め、だれの目にも届かぬように育てることは暗黙のルールとして成り立っていた。しかし突然健康になった蒼穹を見て、二人の熱はなかなか収まらなかった。


しばらくして、二人は蒼穹を見て、微笑むと抱き着いたのだった。

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蒼穹を駆ける 黑井悠樹 @kuroiyuki-0127

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