第二話 魂の重さと空の憧れ

蒼穹の魂は今も変わらず、そこにとどまっていた。誰に見つかることもなく、ただ静かに。

蒼穹は静かなものが好きである。しかし、静寂は好まなかった。そこでは静かすぎる。

誰もいない病室からは自分がいたらしいマンションの屋上が見える。

ふと蒼穹はゆっくりと、歩き出す。マンションへ向かって。自分の死に場所を探して。

彼は自分が死んだことにまだ気づいていない。それどころか自分というものに興味がなくなっている。


そしてマンションへ着く。そこはついさっきまでそこで人が血を流していたのかのような跡がある。雨すらも降らない静寂な夜にうんざりしながらも蒼穹は屋上に向けて階段を上る。一歩ずつ。


一段上るたびに空の記憶も徐々に戻ってくる。母の死を確認するのが怖くて、逃げた先にあったマンション。屋上に上がって落ち着こうとは思いつつも、心が落ち着く気配もせずただ心が濁る感覚がするだけ。彼にできたのは悲しむこと。そして絶望することだけだった。

救われたくて飛び降りた。死にたかったわけじゃない。ただ生きたくなかっただけ。

その先にあるのが、その先にいたのが今の自分だった。

痛みも感覚もない、そんな自分。


そのことが悔しくて、蒼穹は夜空を見上げる。月も見えないほどに、雲がかかっていた。

空を好み、憧れるようになったのは、蒼穹がまだ幼稚園生のころか。

彼の父は飛行士だった。何度も空の話を聞いた。いつだって聞いていた。

そんな日々が蒼穹は大好きだった…。

しかし、その日々は崩れ去った。父の運転していた飛行機はハイジャックに会い、そしてそのまま墜落。理由としては燃料切れによる操縦困難だった。無茶な飛行を要求したらしいハイジャック犯、乗客乗員全員死亡。ハイジャック犯の巻き込み自殺のような形で幕を下ろしたのだ。

父親は大好きな空に包まれ死んだ。


このようなことがあってもなお、蒼穹はこの空を嫌わなかった。

蒼穹は自身の名を呪わなかった。蒼穹にこの名前が付けられたのは、父が蒼穹を愛していたからである。そんな父は蒼穹にも好きになってほしくて付けた。そんな名を蒼穹に嫌えるはずがない。

でも


      —もう楽になろう。ここにはいたくない―


この世界は大嫌いだった。蒼穹はもう一度この空へと駆け出す。今度こそ溶けることを祈って。


魂の重さは約21グラム。これは偽りとされている。からだにあった空気の重さ。

ならば…魂に重さが無いのなら…


          ――空も飛べるはずなんだ――きっと――


その魂はいずこへ飛んでいき、新たな器に受肉した。

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