梅の木とバレンタイン

赤城ハル

第1話

 うちの家の庭に小さな梅の木が一本ある。

 そのくだんの梅の木は玄関から見て右側の庭にある。

 年々弱々しくなってきているのか玄関と門扉までの道に向かって枝を弓なりに下ろしている。

 そのせいか顔に当たりそうで危険。目に入るとやばい。

 それと夜とか、何も見えなくてまじ危険。

 ふと邪魔だなと梅の木を見ると枝にかさついた薄緑色のものがついていた。

 毛虫の死骸?

 にしては多すぎる。

 近くに寄ってみるが何か判別できない。

 もしかして腐ってる?

 でも、こんな腐り方するだろうか。

 けれども、ちょっと前に先が茶色くなって松の木が腐ってしまった。

 もしかして松の木の病気が梅の木に移った?


 しかし、母、曰くそれは苔だという。

 ネットで調べてみると、確かにネットで挙げられている梅の木の苔の写真と同じであった。

 空気が澄んでいるところに生えるとか。

 ん? 待てよ。

 ここは東京だ。空気は澄んでいるのか?

 これに母は「武蔵野だからね」と言う。

 確かに武蔵野は緑が多い。だからって空気は澄んでいるだろうか。

 でも、実際に苔が生えているのだから、そうなのだろう。


 そしてそんな梅の木もバレンタインの日に花を咲かせた。白い花、けれどうっすらとピンクが混じっている。

 そんな梅の木を眺めていると枝が落ちてきました。

 私は落ちてきた枝を見下ろします。

 …………枝ではありません。

 白蛇です。

「ええ!? なにさ!?」

 腹を上にして白蛇がぴくりとも動きません。

「死んでるの?」

 私は火バサミを持ってきて腹をっつきます。ひっくり返したりもします。

 やはり死んでいるのでしょう。全く動きません。

 私はこれをどうしようかと悩みました。

 ゴミ袋に入れて捨てるべきか。しかし、白蛇は神の化身やら使いやら言われる存在です。

 ですので私は埋めてやることにしました。

 この前、腐った松の木を抜いたのでそこに埋めてやることにします。

「よし。これでいっか」

 しかし、今日はバレンタイン。そんな日に朝から白蛇の死骸を埋めるなんて運が悪いことか。いえ、運が悪いなんて考えると神様が怒ります。ここはめったに出来ないことをしたということで佳き日だと思いましょう。


 でもバレンタインは惨敗。

 義理一つも貰えませんでした。

 時流というやつなのでしょうか。

 女子は本命か友チョコしか用意していません。

 ううっ、悲しきかな。

 とぼとぼと私が家に帰ると玄関の前で天狗を降り立ったのです。

「私は天狗」

「……でしょうね」

 赤い顔に長い鼻、修行僧の服に背中には翼。天狗団扇を持って、足には下駄。誰もがイメージする天狗像です。唯一違和感があるとしたらトートーバッグを引っ提げていることでしょうか。

「お前は良き事をした」

「良き事?」

「朝、白蛇を埋葬したであろう」

「あ、はい」

「褒美を授ける」

 と言って天狗はトートバッグから林檎を一つ取り出しました。

「受け取るがよい」

「ど、どうもです」

 私は林檎を一つ受け取る。

「では、さらばじゃ」

 と言って天狗は背中の翼をはばたかせて天に昇りました。

 そして見えなくなって、私は一言、「なんだったの?」と呟きます。

 気を取り戻して私はドアを開けて家に入ります。

 靴を脱いで廊下を進むと、いつもの祖父のわめき声が聞こえてきます。

「誰じゃ! 誰じゃ! 誰じゃ!」

 私は台所でまな板の上に林檎を置き、スクールバッグを床に下ろします。

 そしてリビングに向かい、

「帰ってきた」

 と祖父に告げます。

「おお! お前か!」

 いつも通り祖父は驚きの声を上げます。

 この時間に帰ってくるのは私だけ。少し考えればわかるはず。それなのにまるで盗人が侵入したかのように喚くなんて。

 本当、毎日面倒臭い。しかも私にだけだし。実はわかってやってる?

 私は台所に戻って、まな板の上の林檎を掴み、鼻まで持ってきます。そして林檎を嗅ぎます。

 林檎特有の甘酸っぱいにおいが鼻を刺激。

 すると不思議なことに、においを嗅いでいると食欲が生まれ、さらに歯茎がムズムズしてきました。

 私は林檎をピーラーで向いてから、包丁で割り、中の種がある箇所をくり抜きます。

 出来上がりです。

 私は一つを摘み、口へ。

 前歯で噛むと、前歯の裏と歯茎がゾワゾワとしました。

 その後、臼歯きゅうしで噛み砕きます。

 噛み砕かれた林檎から甘酸っぱい蜜が溢れ出てきて、反射的に頬を窄めて、目を瞑りました

 さらにむず痒かった歯茎に電流が走るような刺激が。

 美味しいかと聞かれるなら美味しいが、どちらかというと心地良いというのが素直な感想です。感触を楽しむ林檎なのでしょう。

 ふと右横に気配を感じるなと思い、顔を向けると、いつの間にか祖父が台所にいて、私が剥いた林檎を勝手に食べていました。

 まあ、いいでしょう。一人で食べるには多いですし。

 そして林檎を食べ終わると急に眠気が。

 ちょっと寝よう。

 でもその前に。私は制服を脱ぎ、パジャマに着替えます。

 制服のままで寝ると母が激怒するのです。

「ズボンの膝がピカピカになるでしょ!」

 当初、言ってる意味がわからなかったのですが、クラスメートのズボンの膝が白くピカピカになっていたので、そういうことかと理解しました。

 私はスクールバッグを担いで自室に入ります。

 バッグを端に置いて、私はベッドへダイブ。

 そして意識は微睡まどろみへと。


 真っ黒い空間。そこに私と私を丸呑み出来るほどのデカイ白蛇がいました。

 デカイ白蛇はとぐろを巻き、赤い目をこっちに向けています。

 こ、怖い。

 私は前を向いたまま、後ろへと下がります。

 でも後ろへ下がっても距離が変わりません。

「ここ、夢だよね?」

 でも夢にしては意識がはっきりしています。明晰夢というやつでしょうか。

「ワシは武蔵野の蛇神。我が子を埋葬してくれて感謝する」

 白蛇が喋りだした。

「我が子? ……朝の白蛇のことで?」

「うむ。あれは我が子である。できの悪い子であったが丁重に埋葬してくれ嬉しく感じる」

「そうですか。それは良かったです」

 どうやら敵意はないようで、私はホッとしました。

「そんなお前に褒美を渡そう」

「褒美ですか?」

 天狗の次は親蛇ですか。

「実のところ天狗の林檎はワシに会うためのもの」

「あら、そうでしたか」

 ということはこれからが本当の褒美と。

「あ! でも、うちの爺さんも林檎を……」

「安心せい。ワシが会いたいものの夢にしかワシは現れん」

 それは良かった。もし祖父の前に現れたらショック死だったはず。

「お主、女がいないそうだな」

「ええ」

「では、ワシが良縁を授けよう」

「本当ですか?」

「うむ。ただし、きっかけである。そこから相手の心を掴めるかどうかはお主次第」


「……ということが会って、お母さんと出会うことができ、結婚。そして奈緒、お前が生まれたんだよ」

 私は娘に不思議体験を慈しみを込めて教えました。

「は? 意味わかんねー」

 …………ですよね。

 そんなことを言われても理解できないよね。

 でも、事実なんだよ。



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梅の木とバレンタイン 赤城ハル @akagi-haru

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