第4話【結】

絶句していた√が僅かに顔を上げ言った。


「何……これ?」


「これが河童のミイラの……呪いの正体なんだよ」


俺がそう口にした時だった。


「ちょっと違うかも……」


「えっ?」


「なっ!あ、あんた!?」


突然割り込んできた少女の声に振り向くと、√が慌てふためく様にして声を上げた。

どうやら知り合いのようだ。

いや待て、この女の子の姿……赤い眼鏡に毛先のフワッとした女……もしかしてこの子が√の……?


「ナマステ」


「何がナマステよ!お姉ちゃんスマホぐらい持ち歩いて出掛けなさいよ!」


なんだこの姉妹……。いや、それよりさっき気になる事を言っていたような……。


「あ、あの?」


「グーデンダーク」


「ど、ドイツ語……いや、じゃなくてさっき変な事言ってましたよね?ちょっと違うとか……」


「うん……言った」


眠そうな、というより力無い眼で√のお姉さんは俺を見つめてくる。

深刻な状況のはずがなぜか調子が狂ってしまう。


「さっさと答えて、さっきあんたが横やり入れてきたでしょ、あれはどういう意味なの?」


√が睨みつけるようにして言った。


何か√の奴、やけにお姉さんに対しては突っかかるな。

ひょっとして仲が悪いのかこの姉妹?


「うーん……呪いなら、あなた達もう死んでるかも」


「なっ!?」


思わずゾクリとした……。


先程まで無気力な√のお姉さんの瞳に、今は怪しげな緋が灯っているように見えたからだ。

まるで俺と√を射すくめるように……。


「し、死んでるってどういう事よ!」


たじろぎながらも食い下がる√。


「そのまんまの言葉。本当の呪いなら躊躇なんてしない」


躊躇?どういう事だ?


「この鞄からは殺意を感じない……呪いは迷い無き純粋な殺意の塊、これは私が欲している物とは違う……」


√のお姉さんはそう言うと、まるで興味を失ったかのように俺達に背を向けてしまった。


「ちょ、ちょっと待って!」


「何……?」


呼び止めた声に振り向きもせず返事だけが返ってくる。


「あ、あれがその、呪いじゃないなら……一体あれは何だって言うんですか!?」


「子供……迷子の……」


「まい……子?」


「うん……迷子の子供を見つけたらどうしますか?」


「えっ?み、見つけたら?それは……警察とか、親の元に送り届けるとか、」


「正解……」


√のお姉さんはそう短く言い残すと、店員にメロンソーダを頼みながら奥の席へと行ってしまった。


「あいつ……!」


√は気が収めらないのかお姉さんの席に詰め寄りそうな勢いだった。

俺はそんな√を制すように片腕で止めた。


「もういいよ、」


「良くないわよ!」


「俺達の置かれた状況忘れたのか?」


「なっ……わ、忘れてないわよ……」


√は少ししょんぼりした顔をして再び席に腰掛けた。

どうもお姉さんが絡むと我を忘れてしまうらしい。

本当にこの二人は姉妹なのだろうか?腹違いとは言っていたがそこに何か訳でも……いや、今はそれどころじゃない。


「ともかくだ。お姉さんの言ってる事で何となく分かった」


「分かったって何が?」


「迷子だよ」


「えっ?」


俺は聞き返す√に鞄を見せながら言った。


「迷子は親に送り届ける……だろ?」


俺と√はお姉さんに頭を下げてから店を出た。(まあ主に俺だけだが)


その後直ぐにスマホを取り出し、俺はある人へ連絡をとった。

昼間、話を聞かせてもらったT・K氏の息子さんだ。

余程暇なのかこのミイラについてまた話が聞きたいと言ったら連絡先を教えてくれたのだ。

少々不用心な気もするが今は有難い。


《もしもし……?ああ昼間の?》


「はい、早速ですけど電話させてもらいました。実はお話というか……」


俺はそう切り出し要点だけを伝えた。

すると息子さんは、


《ああ、ちょっとまってて、確か名刺だけ貰ってたんだよね……見つかったら電話するよ、それでいいかな?》


「はい!できればその、こんな事お願いできた義理じゃないんですが、なるべく急ぎでお願いします!」


《あ、ああ分かったよ。そのかわり葛西さんには絶対に昼間の事……》


どうやらまだ俺の事を葛西の使いだと疑っているようだ。


「そ、それは……そちら次第という事で……」


《わ、分かった!なるべく急いで探すから!》


そう言って息子さんは慌てて通話を切った。


これでよし。後は手掛かりを待つだけだ。


「何か掴んだの?」


「うん?ああ、まあな。とりあえずは連絡待ちだ。さて、とりあえず一度帰るか」


そう言った時だった。


「ん?」


袖を掴まれた。√に。


「帰りたく……ないんだけど」


「えっ……?」


思わずドキリとした。


いやだって普通そうだろ?

女の子に、しかもこんな可愛い子にそんな台詞言われてみろ、普通の男なら無条件降伏の筈だ。


いや、普通……ではないのか。


そうなのだ。

√もできれば帰りたいのだろう。

しかし今家で一人になる勇気がないのだ。


なぜ察してやれない……まあこれが彼女いない歴=年齢と言うやつなのだろう。


俺はくしゃくしゃと髪をかきあげ、


「と、とりあえず今日はうちに来い……へ、変な事は……しないから」


「したら破滅させるよ」


「は、破滅って……し、しねえよ、一人より二人の方が安全だと思っただけだ」


「ふん……さっさと案内しなさいよ」


鼻を鳴らしそっぽを向く√。


「へいへい、こちらですお嬢様……」


俺は皮肉たっぷりにそう言うと、腰をかがめて手を添えて見せた。


──ガッツ


「痛っ!」


蹴られた。


アパートに戻ると、√は有無も言わさず俺のベッドに潜り込んでしまった。

近頃の学生は遠慮というものを知らないのだろうか。


電気を消し床に寝転がって寝ようと思ったが落ち着かず、ベランダで一服する事にした。


「あら、やほー」


「あ、ども」


ベランダに出て煙草を口に加えると、お隣のお姉さんが先に一服していたらしく、こちらに軽く会釈してきた。


「何?外で煙草吸うとか珍しいじゃない……あっ?ひょっとして……女?」


「ぶっ!ち、違いますよ!」


思わず煙草を落としてしまった。


「あははは、ムキになんなさんなって、へえそういう甲斐性あったんだねえ、可愛いの?」


「そ、そんなんじゃないですってば、だいたいその辺の女の子より凶暴だし可愛げ無いし、こっちは振り回されてばかりというか……」


「あ、やっぱり女だ」


「あ……」


しまった。誘導尋問だ……。


「良きかな良きかな。でもね、」


「はい?」


「女って男が思っているよりも強がりな生き物なのよ。いざって時は、男見せなきゃダメよ?」


「えっ?ああ……はい」


お姉さんはそう言うと「じゃね」と軽く手を振りながら部屋へと戻っていってしまった。


「そんなもんかね……」


俺は何となく気がそれてしまい煙草をしまうとそのまま部屋に戻った。


暗がりの部屋、僅かに小さな寝息が聞こえる。


開いたカーテンの隙間から漏れる月明かりが、寝ている√の横顔を微かに照らす。


ん?


√の目元に小さく光るものがあった。


涙?

よく見ると目元に薄らと涙を浮かべているようだ。

瞼には微かにクマのような跡もある。

ひょっとして寝不足だったのか?


不意にさっきベランダで話したお姉さんの言葉が頭を過った。


──女は男が思っているよりも強がりな生き物なのよ……。


「強がり……ねえ……」


俺は√の肩に毛布を掛け直し、座布団を枕にし床に転がった。


翌朝、俺は朝早く鳴るスマホの着信音で目が覚めた。


《あっ悪いね朝早くに》


T・K氏の息子さんだ。


「あ、はい大丈夫です……」


ぼおっとする頭を何とか抱え、俺は息子さんの教えてくれた内容をメモに取った。


「本当にありがとうございました」


《あ、ああ、これでその、約束は……》


──プツッ


通話を切った。

これに懲りて故人の私物を簡単に売り払ったりしないようにしてもらいたいものだ。


とりあえずこれで目的地は分かった。後はこの鞄を持ってそこに行けば……。


──トントン


肩を後ろから軽く叩かれた。

振り向くと√が不機嫌そうな顔で俺を見ながら玄関を指さしている。


「お、おはよう……な、何だよ?」


何となく気まずい。別に何かあった訳でも無いのに……。


「シャワー……」


「シャワー?」


「シャワー浴びるから出ていって!察しろ!」


「ええっ!?」


──ガチャッ


結局裸足のまま追い出された。


──ガチャッ


「あら?」


「あ、どうも……はは」


昨夜のお姉さんが部屋から出てきたところで俺と目が合った。


「ぷっ、なあにその格好」


「いやあ……俺もどうしてこうなったか聞きたいと言うか……はは」


「喧嘩も程々にね」


お姉さんはそう言ってウインクした後に足早に去っていってしまった。


結局その後一時間近く待たされたのに、俺は部屋に戻る事を許された。

女の身支度っていうのはどうしてこう……。

とまあ愚痴り出すとキリが無いので、俺と√は身支度を済ませサッサと部屋を出て目的地を目指す事にした。


アパートから歩く事十五分、俺と√は近くの駅のホームへと辿り着いた。

ベンチに腰掛けていると。


「いい加減何処行くか説明してくんない……?」


ムッとした顔で√が聞いてきた。


「ああ悪い、余りに素直についてきてくれるから話すの忘れてた」


「あんたが強引なだけでしょ……まあ……ちょっとは頼りになるところもあるけど……」


「頼り?」


「何でもない!それで、どこ行くのよ?」


「一々怒るなよ、H市にあるS村だよ」


「H市?K県の?なんでそんな遠くまで?」


「T・K氏の息子さんだよ。話を聞きに行った時に聞いたんだ、鞄を売って欲しいと、あの鞄を欲しがる人物がいたってね」


「その人物がH市に?」


「ああ、気が変わったらって名刺を預かってたらしく、息子さん一応遺品として取っておいたらしいんだ。で、その名刺の人物がこれだ……」


「町議会議員代表、M?」


√が、俺が見せたスマホの画面に写っている人物の名前を読み上げた。


「そう。名前と住まいを調べたら出てきたよ。地元では古くからの地主で結構な金持ちらしい。しかもこのM氏が住む家では、ある噂があるんだ」


「噂?」


「ああ、地元のローカルニュースでこのM氏が取り上げられた時に、地元の人間が言ってたんだが、昔からこの家では座敷童子が住み着いてるって」


「座敷童子って……あの妖怪の?」


「そっ、河童の次は座敷童子だとさ」


「座敷童子……子供……」


√が独り言のように呟く。


「そう……何か繋がってるよな」


あの血だらけの子供達とも……。


「それに、K県の辺りの方言で、燃えるゴミってなんて呼ぶか知ってるか?」


「燃えるゴミ?さあ」


「燃せるゴミって言うらしい」


「燃せ……あっ!」


√の顔が困惑した顔から驚きの表情へと変わった。


ホームに電車の到着を知らせるサイレンが鳴り、駅員のアナウンスがスピーカーから流れ出した。


「色々と繋がっただろ?だからこれはもう、」


「行くしかないわね……」


「だな」


俺と√は互いに顔を合わせ頷くと、到着した電車に乗り込んだ。


車窓から見える高層ビル群の景色が、のどかな田舎の田園風景に変わり始めた頃、俺達はようやく目的地の駅へと辿り着いた。


「ふう……はぁ……」


大きく背伸びをする俺の横で√が、


「田舎ね……コンビニ寄っていい?」


「ん?あ、ああ」


駅を出て直ぐのコンビニに入ると、√は色々と買い込み始めた。


「何をそんなに買うものがあるんだ?」


「下着……何?見たいの?」


「下っ!?あ、いや……結構です」


なるほど、よく考えてみれば下手したらここに一泊って事も有り得る……。

とりあえず√が買い物をしている間、俺はこの辺で泊まれる場所をスマホで探す事にした。

決して怪しい宿を探すわけじゃない。

ちゃんと一般的な……いやもしなかった場合はそっちも視野に入れて……。


「終わった。行きましょ」


「おおう」


「何?変な声出して」


「い、いや何でもない。とと、とりあえずM氏の家の近くまで行ってみよう」


「そうね、もっと情報も欲しいし」


「ああ、ていうかさ」


「何?」


俺の声に√がキョトンとした顔で聞き返す。


「やっぱ目立つなその服装……」


「うっさい!」


「痛っ!一々蹴るなよ!」


「さっさと歩け、また蹴るわよ」


「分かった、分かったから!」


√に急かされながら、俺はM氏宅を目指した。


田んぼだらけのあぜ道、蝉の鳴き声が響き渡る中を歩く。

人も自転車も車すら滅多にすれ違わない道、ただ静かに草木を渡る風の音が聞こえる。


本来なら歩くだけで気持のいい場所のはずが、今はこの纏わり付く不気味さを拭えないでいる。

一体この先に何が待ち受けているのか、この一連の事件に終わりは来るのか……。


「ねえ、あれじゃない?」


先を行く√が、遠くに見える大きな屋敷を指さして言った。

いかにもといった旧家を思わせる大きな屋敷だ。


「あんたらMさんとこに行くのかい?」


「えっ?ああ、はい」


突然呼びかけられ田んぼの方へ振り向くと、麦わら帽子を被った農家の夫妻らしき人物に声を掛けられた。


「Mさんやったら明日の昼頃にならんと戻らんよ?今朝仕事で家を空ける言うとったからね」


「そ、そうでしたか」


「あんたら何?取材か何か?」


「取材?あ、ああ……はいそうです!」


「ちょっと……」


√が小声で小突いてきた。


「いいから……」


俺も小声で返事を返す。


「実はMさんのお宅での座敷童子のお話を伺いまして、ほら夏ですし、うちでもそういった話の特集でも組もうかなって事になりまして話を聞きたいなと……あ、この子はアイドルやってる子でして今回アシスタントとして」


「ちょっと誰がアイドルよ……!」


「いいから合わせろ……!」


「ほお……アイドルさんかい、またこんな田舎によう来たねあんた。それも衣装かい?いやあめんこいねえ」


日焼けした顔をくしゃくしゃにしながら笑う農家のおばさん。

良かった、何とか信じてもらえたようだ。


「は、はい……これは衣装で……」


俯き観念する√。


「覚えてなさいよ……!」


何かすげえ怖い事言ってるが今は無視しよう。


「と、ところで、Mさんの家で座敷童子の噂って聞いた事ありますか?」


「わ、わしゃ知らん……」


俺がそう聞くと、さっきまで黙っていた夫妻の旦那さんが、なぜか強ばった顔でそう答えた。


「知らんって、お父さんも聞いた事あるやろ有名やないの」


「知らんたら知らん……」


「あの、奥さんは知ってるんですか?」


「えっ?ええ、昔からあの家には座敷童子が住み着いとるって、この辺りでは有名な話しよ。この近くで民宿やっとる女将さんも、昔あの屋敷で夜に座敷童子を見たって言っとったよ」


「夜に座敷童子?」


「うん、まだMさんのお父さんが生きとった頃、Mさんは一人っ子のはずなのに、Mさん以外の子供が夜屋敷を駆けずり回ってたとか、赤ちゃんが屋敷をハイハイしとったとか」


「なるほど……」


「でもまさかあんな事件が起きるなんて……ねえ」


「事件?」


「事件って何ですか?」


黙っていた√が食い気味に奥さんに聞いた。


「何ねあんた達取材に来たのにそんな事も知らんの?Mさんのお父さんの事よ。何十年も前に火事で亡くなったんよ。それで座敷童子も見かけんようなったって」


「火事で……?」


「まあ見た通り家は栄えとるし、地元の人間は今でもあの家には座敷童子がおる言うて噂しとるけどね」


「そうですか……」


そこまで聞いて√の顔はどこか青ざめているように見えた。

いや、正に俺がそうだ。


火事……またミイラの呪いと繋がった。


なぜM氏は鞄を手に入れようとしている?

ミイラではなくあの鞄を、それは……それはきっと何か心当たりがあるからだ。

この鞄と、血だらけの子供達、座敷童子、そして数十年前の火事……。


俺と√は夫妻に頭を下げそこで別れた。

そしてその後、近くで民宿を経営しているという女将さんを訪ねる事にした。

あわよくばそこで宿を予約するという手もある。


時刻は午後三時半。

ひぐらしの鳴き声が虚しく響き渡る気怠い夏の昼下がりを、俺達は憂鬱な面持ちで歩いた。


「いらっしゃいませえ、お泊まりですか?」


目的地の民宿に辿り着き中へと入ると、三十代程の気建ての良さそうな女性が明るい声で出迎えてくれた。


M氏が帰ってくるのが明日の昼頃。

そう考えれば泊まりは確実だ。


俺はその場で一泊をお願いし、先程農家の夫妻に話したように、取材と称してM氏について幾つか聞きたいことがある事を伝えた。


「Mさん……?ああ、だったらうちのおばあちゃんに聞いた方がいいわね、今寄り合いで出掛けてるから晩御飯の後にでもお部屋に伺いましょうか?」


「あ、ぜひお願いします」


話を聞くと、この民宿は孫である娘さんとそのおばあちゃんの二人で切り盛りしているらしい。

元々この村で乳母をやっていたおばあちゃんが引退を期に始めた宿らしく、この辺りでは地元に愛され結構長くやっているとの事。


確かに。

宿自体は古い作りだが、手入れも良くいき届いていて小綺麗で嫌な感じはしない。


俺は部屋を二部屋借りると、風呂に浸かり旅の疲れを癒した。

小さな露天風呂だったが景色も良く、宿は貸切状態だったため眺めのいい景観を独り占めできた。


「よっ」


風呂から上がると浴衣姿の√と出くわした。

ほのかに薫良い匂い、少し火照った頬が妙に色っぽい。

こいつ本当に学生か?

というか今思ったら学生を連れ回すって軽くやばくないか?


「な、なあ√?」


「何……?」


「お前昨日今日と外泊した事親に……」


「言ってないわよ」


やっぱり。


「ま、まじか、それってやばくないか?」


「大丈夫よ、うちほとんど親帰ってこないから。帰っても私とお姉ちゃんだけよ」


「お姉ちゃん……あああの……にしても凄いお姉ちゃんだよな」


「凄い?」


「うん、何か色々お見通しっていうか、何か全て見透かしているようなさ」


「私達昔からそうだった。でもあの人は別格。見える物も、感じている事もまるで別次元。誰もあの人を理解なんてできやしないわ……」


「√でもか?」


「ええ……無理……今はね」


そう言った√の顔はどこか寂しそうに見えた。


昨夜喫茶店でお姉ちゃんに突っかかっていた√の姿が目に浮かんだ。

あれはひょっとして必死に姉に追いつこうとすがる妹の……。


「行きましょ……」


「え?」


√に言われハッとして我に返る。


「ご飯、お腹空いた……」


「あ、ああ、そうだな。腹が減ったら戦は出来ぬ!だな」


「与一ってさ、」


「ん?」


「たまにおじさん臭いよね。まあおじさんだけどさ」


「お、おい!俺はまだお兄さんだ!」


「はいはい……」


「おい√!」


「はいはい分かったからおじさん……」


少なくとも仲の悪い姉妹というわけではなさそうだと、俺は妙な安心感を抱きつつ、√と一緒に部屋に戻った。


食事は地元の食材を使った所謂郷土料理というやつだった。


牛鍋をメインにマグロの刺身、生しらす丼など多彩に渡った料理はとても民宿レベルとは思えないほどの味で、俺と√はあっという間に食事を済ませてしまった。


「ふう……美味かったなあ」


正直食いすぎた感があるが本当に美味かった。

これが普通の旅行か何かだったらまたこの味わいも違ったかもしれない。

今度は絶対遊びで来よう、などと思っていた時だった。


「失礼します……」


入口の外からノックの音が聞こえ、女性の声が聞こえた。

娘さんの声ではない、少ししわがれた声。


「あ、はいどうぞ」


そう返事を返すと、扉を開け七十代くらいの気の良さそうなお婆さんがにこやかに頭を下げながら部屋へと入ってきた。


「あ、女将さんですか?」


「はい、この宿の女将、Sと申します。と言っても店は娘に任せっきりなんですがね」


言いながらSさんは歯の抜けた口で気さくに笑って見せた。


「どうぞ……」


√が座布団を用意しSさん招くと、Sさんは会釈しながら座った。


「さてお客さん達、何やらMさんの件でお話が聞きたいと伺いましたけど?」


「あ、はい、座敷童子の噂はご存知ですか?」


「ええ……まあ。私もあの屋敷で何度か目撃した事が……あっ……!」


突然、Sさんが口を開けたまま固まってしまった。

いや、僅かだが唇が少し青ざめ僅かに震えている。

様子がおかしい。


「あ、あのSさん?」


呼びかける声を無視し、Sさんは部屋の隅を震える腕を上げ指さした。


そして途切れそうな声で、


「あ、あれが何で……ここに……?」


「あれ?」


「鞄……」


√がボソリと言った。


ハッとしてSさんが指さす方に目を向けると、そこには俺達が持ち込んだあの件の鞄があった。


「あの鞄を……知ってるんですか?」


Sさんは何も答えない。


「Sさん?」


Sさんは俯き、ただただ肩を震わせるばかりだ。


「Sさん!?」


思わず声を荒らげると、


「与一!」


√が俺を見てこれ以上はと首を横に振って見せた。


結局、Sさんはその後も何も答えてくれなかった。

そして暫くして俺達に深々と頭を下げると、黙ったまま部屋を出て行ってしまった。


「くそっ……」


──ドンッ


思わずテーブルに八つ当たりしてしまった。


「仕方ないよ……あれは余程何かあったんだと思う」


鎮痛な面持ちで√は言った。


「何でそんな事分かるんだよ?」


「前に言ったでしょ、私そういうの分かっちゃうの。あれは余程嫌な事……ううん、触れてはいけないような事があったような……何だろう、とにかく口にも出したくないって感じだった」


「口にもか……」


然しこれで重要な話は聞けなかったわけだ。

これからどうする?

このまま明日M氏の元へ行ってもいいのだろうか……。


その後、俺と√は各々の部屋に戻り、翌朝を待つ事にした。

これ以上は何もできないし、翌朝にもう一度Sさんに聞けば何か答えてくれるかもしれない。

などと淡い期待を抱きつつ、俺は布団に潜り込んだ。


やがてうとうととし始め、深い眠りへとつこうとした時だった。


──ガタッ


物音がした。

一階からだ。

直ぐに身体をお越した時だった。


「うぐっ」


口元を抑えられた。

慌てて振り払おうとした瞬間、どこかで嗅いだことのある匂いが鼻腔をくすぐった。


これは√の?


「しー」


俺の口元を片手で抑え、自分の唇に指を立てる人物が居た。

暗闇に目が慣れてきたせいか、よく見るとそれは√だった。


「な、何でお前が」


「大きな声出さないで……誰か来る……」


「Sさんじゃ?」


「違う……足音で分かる……」


「あ、足音?」


「しっ!隠れて」


「え?うわっ」


√は言いながら俺を布団に倒し上から布団を被せてきた。


──ガチャ


扉が開く音がした。


部屋に近付く足音。

ドキドキと心臓の鼓動が早まる。

口元から飛び出そうな勢いだ。


部屋の襖がゆっくりと開く音がした。


限界だった。

俺は我慢していた叫び声と共に布団から飛び出した。

その瞬間。


「はっ!」


──シュッ


と鋭い風切り音が鳴ったと同時に、白い何かが舞った。


「うぐっ!!」


──ガラン


鉄のような何かが床に落ちた。


急いで部屋の灯りを付ける。


──カチッ


「あっ……!」


√だ。

あの白い何かは√の素足だった。

綺麗に伸びきった足が、襖の前で腹を抑えうずくまる男に突き付けられていた。

床にはスコップが一本転がっている。


「私空手やってるの……ていうかおじさん誰?」


伸ばした足をゆっくりと戻し、冷たく見下ろすように√は言った。


空手有段者だったのかこいつ……。


──ダッダッダッ


階下から複数の足音が聞こえた。


「お客さん達!?」


聞き覚えのある声、娘さんだ。


扉を見ると顔面蒼白の娘さんの姿があった。

その後ろにはSさんの姿もある。


「何か凄い音がしたから様子見に来たけど……なな、何があったの!?」


「くっ……」


うずくまっていた男が床に両手を着いた。


この男どこかで……?


男の姿を見てどこか見覚えがある気がした。


「あっ……田んぼの……」


√がハッとしながら言った言葉に、俺もようやく思い出した。

そうだ。

昼間田んぼで出会った農家の夫妻、あの時の旦那さんだ。

然しなぜ?


「お前……Nか?」


娘さんの背後から遅れて部屋に入ってきたSさんが信じられないといった顔で言った。


「Sさん……」


Nと呼ばれた昼間の男は、今にも泣きそうな顔を上げSさんを見た。


「そうか……そういう事か……馬鹿な事を……」


そう言ってSさんは目に大粒の涙をため崩れ落ちるようにしゃがみこみ、えづく様に泣き出したNさんの背中を優しく撫でた。


二人が落ち着くと、Sさんが申し訳なさそうに俺と√を見て頭を下げてきた。


「お客さん達、本当に申し訳ないね……全て、全てわしが悪いんじゃ」


「な、何言い出すんだ!Sさんは悪くない!悪いのは俺だ!」


「いいんだよN……」


「でもSさん!」


「あ、あの落ち着いてください!」


このままじゃ埒が明かない。

娘さんも状況が飲み込めず唖然としている。

俺は一旦落ち着いてもらうように、娘さんに皆の分のお茶をお願いした。

布団を片付け皆に座ってもらうと、今回の一件について、俺はSさんとNさんに落ち着いて尋ねた。


「これも運命なのかもね……分かった……全て話そう……」


「お願いします」


そう言って俺は大きく頷いて見せた。


「あれは私がまだこの宿を営む前、乳母をやっていた頃の話さ。Mのお父さん、Eさんの子供が産まれた時だった。嫁さんから取り上げた子は、明らかな奇形児だった」


「奇形児……?」


「ああ……しかも4つ子だ。一人はMさん。そして二人目は両目の無い子供、三人目は目が一つしかなかった。最後の四人目は能面のような表情一つ変えない奇妙な赤子……」


「嘘……」


お茶を運んできてくれた娘さんがショックの余り声を失っている。


「本当だよ。私はそれを取り上げたんだから。あの一族は親類婚が多かったんだ。なるべく外に血を流さない様に、親戚同士の結婚がね……当時Eさんは地元でも有名な起業家でね、政治家とも仲が良く中々の有名人だったよ。ある日私はEさんに呼び出されてね、こう言われたんだ」


Sさんはそう言ってはぁ、と軽くため息をついてから口を開いた。


「子供達の事は口外無用、誰にも話すな、とね。そしてこうも言われた、産まれた子供は一人、Mさんだけだと」


Sさんの目元に再び大粒の涙が浮かぶ。

それでもSさんは全てを話してくれた。

そして付け加えるようにしてNさんも、二度と語るまいと、墓まで持っていこうとした話を、俺たちの前で打ち明けてくれた。


やがて外が白み始め、夜が明けそうになった頃。


「昨日Mさんに連絡した……朝一番で屋敷に戻ると言っていた……今行けば……」


Nさんはそう言って畳に頭を擦り付けるようにして頭を下げた。


「Nさん……そしてSさん、話してくれてありがとうございます。全て……全て終わらせてきます。だからもう、これで終わりにしましょう。こんな事、終わらせなきゃいけない、絶対に……」


握り締めた拳に力が篭もる。


「与一……」


声を掛けてきた√と目が合った。


その目にはどこか強い意志を感じる。


「ああ、行こう√……」


返事はなかった。

だが代わりに√は今までの中で一番強く、そして大きく頷いて見せてくれた。


直ぐに支度を整えた俺と√は、見送ってくれたSさんと娘さんに別れを告げ、NさんのトラックでMさん宅へと向かった。


昨日見たあの邸宅の前に着くと、Nさんは


「後は……頼みます」


そう言って頭を下げ元来た道を引き返して行った。


「与一……」


「ん?」


√の声に振り向く。


「ありがと……ここまで連れて来てくれて。私一人じゃきっとたどり着けなかった」


「俺もだよ。√、お前がいたから……いや、お前だったからここまで来れた、ありがとな……」


「うん……行こう、与一」


「ああ、終わらせよう……√」


互いに頷きあい、俺達はM氏の玄関のインターホンを鳴らした。


暫くして応答は直ぐにあった。


厳格そうな男の声で、中に入り縁側の廊下を突き当たった部屋まで来てくれと言われた。


大きな玄関。

入口には高価な鎧や掛け軸、鷲の票本等が飾ってあり、正に富の象徴と言わんばかりの様子だ。


誰も出迎えない玄関から上がり、俺と√は縁側の長い廊下を突き進んだ。

やがて突き当たった目の前の部屋から、


「入りたまえ……」


と男の声が響いた。


言われるまま俺は目の前の障子をゆっくりと開く。


目の前に漆塗りの大きなモダンなテーブル、そこに座椅子に腰掛けた五十台くらいの、痩せこけた着物姿の男が居た。

短く刈り上げた髪に黒縁の眼鏡が、引き締まった顔により厳格さを感じさせている。


「遠路はるばる……かな?よくここまで来た……君たちの事はNから聞いている」


「Nさん?ああ、貴方が僕達を襲わせた男性の事ですか?」


先ずは牽制。


「襲わせた?何か不手際でもあったかな?私はNに丁重にもてなしてくれと頼んだつもりなんだが……」


眉一つ動かさない。

食えないおっさんなのは間違いなさそうだ。


「まあいい、何か手違いがあったのなら謝罪しよう、すまなかった。それで君達にお詫びも兼ねてなんだが聞いて欲しいお願いがあるんだ」


「お詫びとお願いですか?何か妙な話ですね」


「ふふ、まあな。なあに、悪い話じゃない。お互いに損をしない話だ」


「聞きましょう」


「君が持っているその鞄……それを私に譲ってくれないか?勿論ただとは言わんよ。報酬は弾む、詫びも含めてね……」


「詫び……ですか?」


「そうだ。悪い話ではないだろう?」


「与一……?」


「なんだ√?」


「こいつの話くだらな過ぎて吐き気がするんだけど」


「なっ!」


いつもならここで俺が注意の一つでもするのだが、今は違う、その言葉に俺も完全同意だ。


「確かにくだらないな」


「貴様らっ……」


M氏の顔つきが変わった。

目付きが一際厳しくなり、獲物を前にして我慢できなくなった猛禽類のそれだ。

恐らくこれが本性だろう。


「この鞄を買い取ったところで、もう遅いですよ……この鞄も、そして貴方に纏わり付く因果も、全て知ってしまいましたから……」


「何!?まさか……Nか!」


「Nさんも、Sさんも全て話してくれました。そしてこの河童のミイラ……いや、この鞄の謎も全て理解しました」


俺はSさん、そしてNさんから聞いた話を、順を追ってM氏に話して聞かせた。


おぞましい、この家の因果……それはこの家に奇形の4つ子が産まれた事が発端となっている。


当時政治家とも繋がりのあったM氏の父Eは、産まれた子供を外に口外せず、屋敷に隔離した。

昼間は外に出さず、家の中にあった座敷牢に隔離し、せめて夜だけはと外で遊ばせた。


この座敷牢だが、屋敷が火事になった時、焼け爛れた木造の牢の跡を、Nさんが確認している。


話を戻す。

やがて両目のない赤子と一つ目の赤子が病気になった。

元々長生きはできない状態だったとSさんは言っていた。

ましてやそれを口外しなかったのだから病院にも連れて行くこともできない。


ある真夜中、当時この家の小間使いとして雇われていたNさんは、この家に呼び出された。

Eによって。

そしてこう言われた。


「これを……鞄の中の物を捨ててきてくれ」


Nさんはそれが何かは聞かなかった。

だが、すえた血の匂いと死臭が漂うその鞄に違和感を感じないはずは無かった。

然し当時Eの命令はNさんにとっては絶対だった。

身ごもりの奥さんと病に伏せた両親、家族を養うためにも、NさんにとってEは絶対に逆らえない対象だったのだ。


やがて言われたままEの所持している山奥へと辿り着き、カバンの中に入った血だらけの袋を目にして絶句した。


袋の中を確認する事はできなかった。

だがそれがなんであるかは、薄々と感じていたらしい。

罪悪感に押しつぶされそうになりながらも、Nさんはそれを無我夢中で地中深くに埋めた。

鞄を持ち帰り屋敷で待つEに報告すると、数日がたった後に、E氏から、


「鞄はお前が持っていろ」


と言われた。

鞄は手直しされ、血の跡も取り除かれていた。

これはつまりEはNさんに鞄を預ける事により、お前も共犯だと思わさせたかったのだろう。

Nさんはその通りに預かった鞄を後生大事に家に閉まっていたらしい。


然しある日事件が起きた。

屋敷が火事にあったのだ。

火事によりEも奥さんも亡くなった。

恐怖の支配、繋がりはそこで途絶えたのだ。

預かっていた鞄を、後を引き継いだMさんに返し、借りていた田畑を譲り受け、NさんはようやくEの呪縛から解放された。


以上が、俺が二人から聞いた話の全容だ。


そこまで話、俺はM氏をじっと見つめた。

あれほど威厳に満ちた眼光が、今では明らかに狼狽えた目になっていた。

額には大量の汗が滲み異常な状態である事に間違いない。


「Mさん?」


そう尋ねた時だった。


「仕方なかった……」


今にも消え入りそうな声でM氏は言った。


「仕方がないとは……?」


聞き返す。


「私だって知らなかったんだ……自分に、自分に兄弟がいたなんて……夜になると屋敷から子供の声がするのは知っていた。けれど夜は部屋から出してもらえない私に知る由もなかったんだ……」


ハアハアと荒い息遣いが聞こえる。

息を飲み込むようにしてM氏が話を続けた。


「あ、あれは事故だったんだ!わ、私は何も知らなかった!あれは事故だ……事故なんだ……」


「落ち着いてください!事故って……?」


ゴクリと、M氏は唾飲み込んだ。


そして観念するように口を開く。


「ある夜……あ、あいつが私の部屋に来たんだ……夜に遊んでいる最中、おそらく抜け出して来たんだろう……親父のライターを手に持って……もう片方の手に持っていた虫をライターで燃やして遊んでいた……燃せ、燃せと言って私にもやらせようとしたんだ!あ、あの能面のような不気味な顔で!あんなのが……!あんなのが自分の兄だなんて思うわけがないだろ?ましてや知らされてすらいなかったんだ、だから……だから……」


「まさか……貴方が……?」


「違う!あれは事故だ!!あいつの手を払ったら火があいつに……あいつに燃え移って……燃え移って……」


そう言うとM氏の体は崩れ落ちるようにしてテーブルに突っぶした。両の肩を震わせながら。


屋敷の火事はその時のもの……それに巻き込まれEも一緒に……。


「あの鞄……Nさんから返してもらった後どうしたの?」


それまで黙っていた√が、突然M氏に質問を投げ掛けた。


の反りと身体を起こし、M氏が口を開く。


「父の残した会社が傾き、財務整理の中売り払われた……後に成人した頃にあの鞄の事をNに尋ねられ手放した事を話すと、例の一件について聞かされた……もしあれが何らかの形で知れてしまったら……そう思い、この数十年方方を尽くし探し回った……そしてようやく……」


T・K氏に辿り着いたというわけか……。


「結局隠したかったんだ……」


√の冷めきったような声。


「ち、違う私は……!」


「提案があります……」


「な!?何だ?」


√の言葉にM氏は大きく反応を返した。


「この鞄……貴方にお返しします……」


「√……!?」


「待って与一……確かにこれは警察に届けるべきか悩んだ……けれどお姉ちゃんも言ってたでしょ?迷子は親の元にって……」


「あ、ああ……」


「本当に、い、いいのか?」


M氏が顔を上げて言った。

充血した目ですがるようにして。

もはや始めの頃の威厳などどこにも見当たらない。


「ええ……後は……貴方次第よ……」


√はそう言って長い髪をかき上げ立ち上がると、片手を俺の方に向けてニコリと笑って言った。


「帰ろ、与一……」


「分かった……お前がそれでいいなら……」


苦笑いをこぼし、俺はその手を取ると、M氏には振り向かずそのまま二人で部屋を出た。



手を繋ぎ田んぼのあぜ道を通っていると、ふと思い出したように√が言った。


「やっぱりあの人には敵わないな……」


「あの人?お姉ちゃんの事か?」


「うん……あの人の言う通りだった。呪いじゃなく、子供……純粋な子供の駄々っ子だった……」


「駄々っ子ね……それで首締められたのは納得いかないけどな」


「ふふ……そうね……ねえ?」


「ん?」


「サークルのオフ会、次も……来る?」


「えっ?あ、ああ参加するつもりだけど、何で?」


「ううん……そっか……なら、私もまた行こうかな……」


「えっ?どういう意味」


「うっさい、いちいち聞くな」


「痛っ!だから蹴るなって!」


「いいからさっさと歩け、また蹴るわよ」


「分かったって!」



真夏の太陽が溶けた水銀のように輝いている。

草木が蝉時雨の中、ざわざわと風に揺らいでいた。


夏も折り返し残り僅か……俺達の旅もようやく終点を迎えようとしていた。



あの事件から二週間後、俺は昼間の街角で、とある速報ニュースを目にして呆然と立ち尽くした。

見上げる巨大テレビ塔。

その大きな画面に映し出されたのは……。


《H市の町内議員代表、M氏宅から出火し建物が全焼、焼け跡からは身元不明の焼死体が発見されており、家主であるMさんの安否は未だ確認されておらず……》


M氏が……死んだ?


──ブルブルブル


スマホのバイブ音がなり、少し狼狽えながらスマホを手に取る。


√からだ。

嫌な予感がする。


「もしもし……?」


《あ、与一?ニュース見た?》


あっけらかんとした口調。


「あ、ああ今丁度な……」


《やっぱりだったね》


「やっぱりって……お前?」


《だってあの時ああ言わないと、与一警察に届けてたでしょ?》


「お前……わかってたのか?こうなる事……知ってたのか?」


《お姉ちゃん程じゃないけどね、あれが相当な恨みを持ってる事は気付いてたよ……》


「√っ……!」


《与一……》


「何だ……?」


《私達……共犯だから……ね》


──ツウツウツウ


通話はそこで途絶えた。


ふとなぜだか視線を感じた。


辺りを見回す。


24時間の喫茶店、あの時の店が目に止まった。


目を凝らす。


店の奥で誰かがこちらに向かって手を振っている姿が見て取れた。


近付くと……。


√だ。

淡いソーダ水をストローですすりながら不敵な笑みを浮かべている。

そのテーブルの上には、見慣れたあの黒い鞄が、不気味に佇んでいた……。


──了──








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

河童のミイラ【起承転結】 コオリノ @koorino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る