第3話【転】
ふらついた足取りで空いた席に座り、今起こった事を思い起こす。
「何なんだ一体……くそっ!」
──ドガッ、
先ほどまでの恐怖が一気に怒りへと変わり、俺は座っていた椅子を強く殴りつけた。
が、すぐに電車内にいた数人の乗客が一斉にこちらに振り向いたため、俺は視線を避けるようにして、寝たふりを決め込むことにした。
20分程電車に揺られ、やがて目的の駅へと到着。
先ほどのこともあり、俺は警戒心を強めながらホームに降り、急いで改札口を抜けた。
ネットで調べた限りでは、T・K氏の住所を細部まで特定することはできなかったが、途中、駅前の公衆電話で手に入れた地図を見ると、同じ苗字の住宅が二件連なっているのが確認できた。
地図も一年前と古いもので、おそらく事件前のものだから間違いないだろう。
T・K氏の苗字と一致する家は、火災のあったこの辺りでは、この地図に載っている二件だけ。
おそらく火災現場はこの二件のうちのどれかだ。
俺はスマホで写メった地図を頼りに、火災現場であるT・K氏宅をめざした。
長い急な坂を登り、やがて閑静な住宅街に辿りつく。
入り組んだ道を、縫うようにしながら歩く事20分程、俺はようやくそれらしい場所を見つけた。
そこは他と比べ、一際広い空き地だった。
地図を何度も確認し、辺りの地形と照らし合わせる、間違いない、ここだ。
この空き地が、もしかしてT・K氏宅の跡地なのだろうか?
しばらく空き地を見回していると、
「おい、そこのあんた……」
突然男の声に呼び止められた。
声のほうに振り返ると、隣の家の玄関から、四十代ぐらいの男性が顔を覗かせていた。
やばい、不審者だと思われただろうか……
俺はいつでも逃げれるように身構えた、が、
「あんたが持ってる鞄……ひょっとしてそれって」
男の言葉に俺は思わず驚いた。
この鞄の事を知っているのか?
そういえば、男の立っている玄関の表札の文字、T・K氏の苗字と同じだ。
もしかして親戚か何かだろうか?
「あ、あの、実は俺この鞄の持ち主を探してまして……」
男のいる玄関前に駆け寄り、アタッシュケースを高々と持ち上げて見せた。
「ああ、やっぱりか、それ、中身あのミイラだろ……?」
男が言いながら苦々しい目を向けてくる。
あまり歓迎的ではなさそうだ。
しかしせっかく掴んだミイラの情報を、ここで逃すわけにはいかない。
「あの、このミイラ事で何か知ってることがあったら」
俺がそこまで言いかけると、男は慌てて玄関から出てきて俺の話を遮ってきた。
「待って待って!家の前でやめてくれよ、ちょっと入って」
男はそう言って俺を家の中へと招き入れてくれた。
家に入ると、男は中にどうぞと言ってくれたが、俺は悪いからここでいいですとやんわりと答え、玄関先で腰を下ろさせてもらった。
「君、葛西さんの使いで来たの?」
「葛西?」
俺が聞き返すと、男は驚いた顔で俺を見た。
「あれ?そのミイラ、気に入らないからやっぱり返しにきたとかいう話じゃないの?」
何の話だ?と一瞬思ったが、俺はもしかしてと思い、男に尋ねた。
「葛西って、このミイラを買い取った……?」
「うん……あれ、本当に葛西さんとは関係ないの?」
そう言って男は首を捻って見せる。
その反応を見て俺は合点がいった。
おそらくその葛西なる人物は、√の父親の事だろう。
あいつ苗字葛西って言うのか、今度葛西って呼んでみよう。
「俺は葛西さんの使いできたわけじゃありません。このミイラの事について聞きに来たんです」
「ミイラの事?本当に葛西さんとは無関係ないのかい?」
男の確認する声に俺は深く頷いて見せた。
「そうか……良かった、そのミイラの事で文句でも言いに来たのかと思ったよ。うちの親父もそのミイラの呪いで死んだかも、何て言っちゃったしね」
親父……?このミイラの生前の持ち主の?じゃあこの男性はその息子さんなのか。
「呪いで死んだかもって、どういう意味ですか?あっ絶対にその葛西さんという方には話しません。あくまでも俺がこのミイラの事について聞きたいだけなんです」
俺の言葉に男はしばらく、
「ううん……」
唸りながら考えた後、
「まあいいか」
と、観念したかのようにぼそりと言って話を続けた。
「そのミイラは親父が知り合いから手に入れた物でね。大層気にいったのか、よく周りに自慢ばかりしていたよ。近所の人も珍しいもの見たさによく親父の家に来てさ、そしたら変な噂なんかもたっちゃって」
「変な噂ですか?」
「ああ、この河童のミイラは呪われている、とかね」
呪い……。
その言葉を聴いて、俺はここに来るまでの出来事を思い返した。
やはり、一連の出来事はミイラの呪いなのだろうか……。
「持ち主は火事によってみんな焼け死ぬってやつですか?」
「それは親父が火事で亡くなってから噂された話だよ。実際親父は二酸化炭素中毒で亡くなったから、別に焼け死んだわけじゃないし、以前の持ち主の知り合いも、今でもピンピンしているしね」
えっ……どういう事だ?持ち主はみんな死んだんじゃないのか?
「の、呪いで死んだかもってさっき言ってましたよね?」
俺は先ほど男が言っていたことを思い出し聞き返した。
「ああ、近所の人たちが親父が死んだのを、勝手に河童のミイラのせいだって噂してね、それをどこかで聞きつけた葛西さんが、そのミイラ売ってくれって家に来たもんで、まあ額が額だったし、ついそのミイラのせいで親父が亡くなったかも、何てその場のノリで言っちゃって……はは、それを怪しんだ葛西さんの使いで、君が来たんじゃないかって勘違いしちゃってね、いやあ、これ絶対に内緒だよ?」
男はそう言って苦笑い。
何て事だ……呪いは、ただの噂だったのか?
それにしてもその場のノリって、仮にも親父さんの遺品をこのおっさんは……。
俺は半ば呆れつつ、分かりました、と言って肩を落とした。
「まあ葛西さんの他にも、親父が亡くなる前から、その鞄を一目見て引き取りたいなんて人もいたらしいよ。親父は売り物じゃないって断っちゃったみたいだけどね」
そんな思い入れのある代物を、この人は簡単に手放したのだから始末が悪い。
これ以上は話を聞いても無駄そうに感じていた俺は、その他の話について二三男に尋ねてみた、が、どれも近所レベルのしょうもない事ばかりで、そのほとんどが根も葉もない噂ばかりだった。
実際にこのミイラのせいで、何ていう話も一つもない。
√にしてやられた。
火事でT・K氏が亡くなったのは事実だが、持ち主はみんな亡くなったと言う話は全部嘘だ。
ミイラの呪いなんていう話は、初めから実在しなかったのだ。
じゃあ……じゃあ俺がここまで来る間に体験したアレは一体……?
何か黒くモヤモヤしたものが頭の中を支配していく。
ゾクゾクとなんだか分からない寒気が、足元から這い上がってきたような気がした。
駄目だ、呑まれちゃいけない。
俺はそれを振り払うかのように頭を振った。
今はそれを考えても仕方がない。
結局、俺は話を一区切りし男に礼をしてから家を後にした。
家を出た俺は、速攻でスマホを使い心霊サークルのHPを開いた。
朝、大学を訪れる前に書いた、連絡先を教えてくれ、掲示板だと何かと不便だ、と書かれたレスに、返信のマークがついている。
√からのレスだ。アルファベット文字が打ち込まれていた。
おそらくLINEのIDだろう。
直ぐにID検索すると、√の名前がヒットした。
俺は急いで友達追加をし、LINE通話を掛ける。
規則的な機械音が何度か鳴り、やがて、
《はい、》
と、抑揚のない女の声がスマホから聞こえた。
聞き覚えのある声、間違いなく√だ。
「√か?俺だ、与一だ」
《分かってる、で何?何か用?》
素っ気無い√の返事。
「用があるから連絡したんだよ。あのな、お前俺に言ったよな?ミイラの持ち主は皆焼け死んだって、」
《正確には、持ってた人、みんな火事で焼け死んでるんだよね、だけど》
直ぐに√は付加えて言い返してきた。
「変わんねえよ。調べたぞ、本人の息子さんにも会ってきた。何であんな嘘付いたんだ?」
俺は観念しろと言わんばかりに言った。
すると√は、
《息子さんって、家まで行ったんだ?マジで?はは、暇人なんだね与一って》
「お前っ!?」
苛々が募りつい声を荒げてしまった。
《怖い声出さないでよ、ノリよノリ。ああ言った方が場が盛り上がるかなって思って言っただけよ、他意はないわ》
T・K氏の息子といい√といい、何でそう簡単にノリで嘘がつけるんだ。
俺は深いため息をつきつつ深呼吸した。
頭に昇った血がスゥっと引く気がする。俺は自分に落ち着くように言い聞かせると、再び口を開いた。
「このミイラはお前に返す。約束が違うとか言うなよ?嘘をついたのはそっちなんだからな」
俺がそう言うと、スマホから√の溜息が僅かに漏れた。
《はぁ、分かったわ、どこで、》
√の声が聞こえたその時だった。
《もせ……もせる……もせ、》
突然聞こえた意味不明な声、明らかに√の声ではない。
何だ?混線?いや、こんなの初めてだぞ?
「おい、√何だ今の?」
慌てて√にそう言うと、直ぐに√の返事が返ってきた。
《はあ?与一こそ何よ今の声、何?からかってるわけ?趣味悪いんだけど》
悪態をつく√。
待て、どう言うことだ?今の変な声は明らかに√から聞こえた声のはずだ。
《もせる……もせ……》
またあの声だ、低く篭ったような声。
「おい、」
俺がスマホに向かって言おうとした瞬間、
《いい加減にしてよ、何よさっきからもせって、意味わかんないんだけど!》
スマホから√の苛立つ声が響いた。
もしかして、同じ声がお互いに聞こえてるのか?
その時だ、ふと、背中にゾゾゾと這い上がってくるような悪寒が走り抜けた。
首の後ろに静電気でも流れたかのように、俺はその場から飛びのいた。
そして、
つんざく様な√の悲鳴が、スマホから突如響いた。
思わずスマホから耳を離す、と同時に、今度は背後から声が聞こえる。
「もせる……もせる……」
先ほどとは違う、背後から聞こえる声。
子供の声……!?
恐怖に足が竦む、が、歯を食いしばり俺は振り返りもせず一気に全速力でその場を駆け出した。
叫びたくなるのを必死で堪えながら走る。
記憶に残る範囲で駅の方を目指し、動悸が激しく波打つのを堪えひたすら走った。
住宅街を抜け、坂道をこれでもかと言わんばかりに駆け下りた。
どれくらい走ったのか。
ヘトヘトになり座り込んだ先は、コンビニ前のバス亭の椅子だった。
「はあっはぁっ……」
全身を椅子の背もたれに預け息を吐く。
やがて正常な呼吸が戻ってきた。
俺はシャツで自分の顔を拭い、汗を拭き取りながら辺りを見渡す。
会社帰りの学生やサラリーマンの姿が目に映る。
もう大丈夫のようだ。
ふと、スマホが振動している事に気がつき、俺はポケットからスマホを取り出した。
√からのライン通話だ。
急いで通話ボタンを押した。
「もしもし?√、大丈夫か!?」
先ほどの√の悲鳴、何かあった事は間違いない。
「昨日の喫茶店で待ってる、早く来て……」
「えっ、お、おい?」
無事を確める間もなく、√はそれだけ言うと唐突に通話を切った。
「返事ぐらい待てよたっく……」
まあいい、連絡がついただけでもとりあえず無事なのは確認できた。
俺はバス亭の時刻表に目を通し、昨日の喫茶店付近に停まるバスを探した。
ラッキーな事に少し待てば近くまで行きそうなバスを見つけた。
再び椅子に腰掛け、ぼおっと道路を行き交う車のヘッドライトを目で追う。
待つこと10分、俺は目的のバスに飛び乗り√との待ち合わせ場所に向かった。
それにしても今日は何て日だ。
俺はオカルトが好きだが、こんな事は望んじゃいない。
おっかなびっくりぐらいの体験でいいはずなのに、俺の軽はずみな行為が、いつの間にか踏み込んじゃいけない領域に足を踏み入れてしまっていた。
首を絞められ、駅に突き落とされそうにもなった。
体力ももうそろそろ限界だ。
おそらく次は何かあっても走って逃げ切れそうにない。
正直もうこのアタッシュケースを放りだして今すぐ逃げ出したい気分だ。
だが、まだ今なら引き返せるかもしれない。
元の持ち主にこれを返す。
手に抱えたアタッシュケースに目をやる。
その為にも√と会わなければ……。
やがて、俺は昨日訪れた24時間営業の喫茶店に辿りついた。
辺りはもう暗い。
店の賑わいと街頭の明かりが、今は俺の心の寄りどことなっていた。
入り口のドアを押し、今は何時だろうと思いながら俺は店の中に足を踏み入れる。
店に入ると、窓際の席に見覚えのある服装の女が目に映った。
今回は薄いレザージャケットに皮の短パンという服装、相変わらず色は黒。
ひょっとしてこいつは黒しか持ってないのかと疑いたくなる。
まあこれはこれで似合っているし目立つのだが……。
俺は無言のまま√の座っている席に向かうと、テーブル越しに軽く頭を下げながらソファーに腰を下ろした。
「待たせたな葛西さん」
皮肉交じりに俺がそう言うと、
「何?人の名前なんか調べて、与一ってストーカーなの?」
相変わらず口の減らない奴。
早速文句の一言でも言い返してやろうかと思ったその時だ。
「私の家に、血だらけの子供がいた……」
「えっ……?」
突然の√の言葉に、俺は一瞬で葉を失ってしまった。
血だらけの……子供?
「与一と通話してた時、もせって声が聞こえた後、私の袖をその血だらけの子供が掴んでた……私の顔見て、笑ってた……」
そう言って√は力なく俯いた。
√の家にあの子供が?ミイラは俺が持っているのに?
その時だ、俺の持っているスマホの呼び出し音が鳴った。
ビクリとしながらスマホの画面に目をやると、画面には大学の友人、Hの名前があった。
「悪い」
√に断りをいれ、通話に出る。
《おっ、もう体調はいいのか?》
「あ、ああ、昼間はすまん」
《いいよ気にすんな、それより例のミイラの件だけど、あらかた調べ終わったぞ》
Hの言葉に俺は思わず、
「ほ、本当か?」
店内にも関わらず声を張り上げてしまった。
√が思わず顔を上げこちらを軽く睨んできた。
気まずいながらもHに話を戻す。
「そ、それでどうだった?」
《いやあ、残念ってとこだな》
「えっ?残念?」
どういう事だ?もしかして分からなかったのか?
そう思い眉間に皺を寄せていると、
《残念賞、ニセモノだよ、あれは》
「えっに、ニセモノ!?」
あまりの事に、俺はまたもや声を張り上げる。
「ちょっと……」
苛々した√の声が聞こえる、が、今はそれどころじゃない。
俺はそれを無視しながらHと話を続けた。
《あれは動物の骨を組み合わせて作られたニセモノだよ。接合部分は蝋が使われていて、人工的に手が加えられた痕も見つかった。肋骨部分の骨なんか、ウサギや犬の骨なんかが混同されて使われてたよ。いや~残念だったな》
「ニセモノ……」
まさかの結果に唖然としてしまい、俺はアタッシュケースに目を落とした。
ニセモノ……呪いも、ミイラも、全部ニセモノ?
じゃ、じゃあ……何が本当なんだ?
頭の中がグチャグチャになりそうだ。
《一応人間の血液反応も出たけど……》
人間の?
「そ、それって!?」
《ああ、だけど微量だよ、極小とも言っていい、それにかなり古いものだよ。アタッシュケースの内装の紙に染み付いてたんだと思う、残念だけどミイラとは関係ないよ》
「そ、そうか……」
そこまで言って俺は口を噤んでしまった。
ショックがあまりにでかすぎる……
「悪いH、今度必ずお礼するから、ありがとな」
俺は力なく肩を落としながらHにそう言った。
《あ、ああ、あんまり落ち込むなよ?じゃあまたな》
Hはそこまで言って通話を切った。
唖然とする俺の耳に、ツーッツーッという機械音が虚しく響く。
「ニセモノって何?どういう事?」
通話の内容を聞いていた√が俺にそう尋ねてきた。
「いや、実は……」
俺は今朝から起こった出来事を、順を追って√に説明する事にした。
俺のアパートで起こった異変から始まり、大学でミイラを調べてもらった事、そしてT・K氏の事を調べ、呪いについて話を聞いた事、そしてその過程で、あの忌わしい子供に命を付狙われた事も。
「まっそうだとは思ってたけどね……」
「えっ?なんだよそれ、お前知ってたのか?」
「知ってたって言うか、あれ何も感じなかったもん。だからねニセモノかなあって……でもさ、変な事もちょいちょいあったのよ。子供の泣き声、与一も聴いたでしょ?」
「あ、ああ」
「だからアレが何なのか気になってたのよ。だから与一に預けてみた」
「預けてみたって、お前簡単に言うけどな……」
「結果はこのザマだけどさ……一体何なんだろ、ニセモノなら私達に起こった事って一体何と関連してるわけ?」
√の質問に俺はどう答えたらいいのか分からず口を噤んでしまった。
あの子供は何なんだ?
ミイラともその呪いとも関係ないとしたら、一体俺は何に命を狙われた?
それに……
「ねえ、もうさ、そのアタッシュケースのミイラ、関係なくない?」
√が怪訝そうな表情で俺に尋ねてきた。
そのとおりだ。
アタッシュケースを預けたはずの√の目の前にも、あの子供は現れた。
それはつまり、例えこのアタッシュケースを返したとこで、何も解決しないという事になる。
「訳分んねえ……」
両手で頭を抱えながら、俺はテーブルに突っ伏した。
「どうするの……私達、たぶんこのままじゃ……」
どんなことにも動じなさそうな√の顔が、不安気な表情を浮かべている。
考えてみれば当たり前かもしれない。
普段はその辺にいる女子高生と変わらないのだ。
それがこんな事に巻き込まれれば、普通なら今頃泣き喚いていてもおかしくない。
だが、それは俺にも言える事だ。
こんな命の危機に際悩まされる日常なんて、まっぴらごめんだ。
本来なら緩く浅くオカルトを楽しみたいだけなのに……。
このミイラも呪いも全てニセモノ……だけど、あの不気味な子供は……。
「このままじゃ家にも戻れない……こんな時にお姉ちゃんがいればいいんだけど……」
「お姉ちゃん?お前お姉ちゃんがいるのか?」
√の不意に漏らした声に、俺は思わず聞き返した。
こんなのがもう一人いると思うと、それはそれで恐ろしくもある。
「うん、腹違いのね。呪いとかに凄く詳しくて、いつもこの店に顔見せるからもしかしてって思ったんだけど……そう言えばお気に入りの店員がいるって言ってたような……あ、すみません!」
そう言って√は突然店内にいた俺と同い年位の男性店員を呼び止めた。
「はい、ご注文お決まりでしょうか?」
「あのさ、赤い眼鏡して毛先のフワッとしたメロンソーダばかり頼んでる女の子とか知らない?」
また随分とアバウト質問だ。店員さんも困っている様子。だいたいそんなので分かるはずが、
「えっ?メ、メロンちゃ、じゃない……あ、はい、心当たりなら……」
分かるのかよ。どんだけ有名人なんだ。
「今日来る?」
「あ、いや今日はまだ……毎日とも限らないので」
「そう……」
しかし呪いに詳しいお姉ちゃんって、やはりろくでもない姉妹なのは間違いないようだ。
「あの人スマホ持ち歩かないから捕まらないのよね……ああもう、本当にどうしたらいいのよ……!」
「喚いたってどうしようもないだろ、それより何かお前も考えろよ!」
√の苛立つ声に、俺も苛立ちを隠せず声を荒げながら言った。
「考えてるわよ!でも手掛かりがこれじゃどうしようもないじゃない!」
√はテーブルに身を乗り出すような格好でそう言ってきた。
「あのな!何でもかんでも人頼みにするなよ!大体原因がミイラじゃなかったら何……なん……」
そこまで声を上げて、ふと俺の中で何かが引っかかった。
「何?どうしたの急に?」
√が訝しげな目で俺を見る。
そんな√を他所に、俺は隅に追いやっていたアタッシュケースを手で掴むと、飲み物をどかし、テーブルの上に置いた。
アタッシュケースをじっと見つめる。
集中しろ……何かヒントがあるはずだ。
かき集めた情報を思い浮かべ順に確めてゆく。
まるで頭の中で散らばったパズルのピースを、一つ一つ組みあげていく感じ。
ニセモノの河童のミイラ、時折現れる着物姿の子供、勝手に開くアタッシュケース。
息子さんが言っていた、T・K氏が生きていた頃に、鞄を一目見るなり引き取りたいと言った人物、Hが言っていた、アタッシュケースの内装の紙に染み付いてた人間の血……。
──ガチャッ
「ちょっ、何急に?」
√がそう言いながら止める間もなく、俺はアタッシュケースのロックを開け、中から取り出したミイラを、ソファーの上に乱暴に置いた。
そして、ベリッ、という音と共に、ミイラを包んでいた鞄の中の綿と紙を一気に引き剥がした。
瞬間、かび臭い埃と古びた鉄のような異臭が辺りを漂う。
「何この匂……あっ!?」
思わず口元を手で覆う√の目が、突然大きく見開かれた、明らかに驚愕している。
そして俺も……。
アタッシュケースを掴む手がわなわなと震えている。
冷房の効いた喫茶店のはずなのに、俺の額にはびっしりと脂汗が滲んでいた。
内装の紙が剥がれたアタッシューケースの中は、茶色く変色した何かが、一面中に、まるで血でも飛び散ったかのように広がっていた。
俺は乱れる呼吸をなんとか落ち着かせながら、振り絞るようにして言った。
「呪われてたのはミイラじゃない、この……鞄だ……」
ー続くー
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