第42話











 サラマンダー隊からティアを引き剥がし、ユウヒはニコ、シャルルを連れて外縁壁の外に出ていた。ティアは何処かへ行ってしまったのでここにはいない。


 北部外縁壁の出入口にあたる「北部ゲート」は頑丈かつ綺麗に整備されていて、ソフィアの采配によって警備にスレイヤーが配備されている。

 北部支部の士気は高くその辺の正規軍兵士よりも規律を重んじられているようで、防衛任務と言えど手を抜くようなスレイヤーは見受けられない。


 一行はそんな北部ゲートから外に出てニコが所有している荒野戦闘仕様の車に揺られている最中だった。


「北部いいですね。中央よりはましな環境だと思います」


 ユウヒはゾーン0とは思えないほどに整備され、周辺から廃墟のビルが撤去された戦いやすい荒地を見回しながらそう話す。


「ゾーン0の壁付近に前線基地を構築しているのも先進的ですね」


 ニコが運転しながらそう話す。

 今まさに走っているエリアが前線基地と呼ばれるエリアである。

 超獣の侵攻を食い止めるための塹壕が幾重にも用意されていて、その塹壕の内部にはヘリポートや待機所の併設されたスレイヤーの駐屯地が設置されている。

 対超獣兵器がズラリと並ぶこの前線基地はゲートの守りにも適していて、医療施設も十分な程には備わっている。

 中には旧式の手動の対超獣兵器も配備されていて、あの外縁壁崩壊事件の際にも防衛機能を損ねなかったという。


 探索に出払ったスレイヤーが救難信号を出せば即座に救出に向かうことが出来る。救助要請は有料ではあるが自分の命と比べたら安いものだ。


「ソフィアさんがそれだけ有能なんでしょうね」


 北部のスレイヤー人口は増加傾向にある。

 北部は人のあるべき姿をこのシティにもたらしてくれた。そう言う人間も少なくはない。

 ソフィアはそれだけの偉業を個人で成し遂げたのだが、それは北部以外の人間にはあまり知られていない。何せ報道もされていないし情報規制が敷かれているからだ。

 北部の発展は富民層からして見たら喜ばしいものではない。それだけが理由なのだ。


 とは言ってもソフィアは北部から接近してくるカテゴリー4級の超獣を壁に近づける前に迅速に排除している。

 ソフィアの指揮はそれだけ優れていて、北部で彼女が慕われる要因となっていた。

 故にスレイヤーズとしてもソフィアを排除することは難しい。有能な人材を排除してしまえばその穴埋めが大変なのだ。


「この辺でいいでしょう」


 前線基地からしばらく走れば雪山が遠目に見えてくる。

 ここまでくれば廃墟の都市がいつも通り存在する見慣れた崩壊領域コラープスとなる。いつも目にするものと異なるところと言えばちらほらと雪が降っているところか。


「シャルルさん、この辺で適当にカテゴリー3の超獣を倒してきてください。ダメそうなら援護します」


「ふぇ? 私一人で!?」


 シャルルが両手を振って慌て出す。

 それを見たユウヒは首を傾げた。


 確かに一般的な目で見れば「単独で超獣と戦ってこい」などという命令は常軌を逸している。

 スレイヤーは死ねと言われて死ぬような人間の集まりではない。生きる為に、金を稼ぐ為に、必死に戦いをしている者達の集まりだ。


 しかしそれを鑑みてもシャルルは言わば、”ユウヒ側”の人間である。

 シャルルは人としての常識を逸脱した存在であり超獣の一体二体なら単独でも倒せるとユウヒは考えていた。

 だがそれは同時にユウヒ特有の感性でもある。


「私一回一人で壁の外に出たことあるんだけど……怖かったからもうやりたくないよっ!」


「生きて帰ってきてるじゃないですか。それにカテゴリー4に臆することなく突っ込んで行ったって聞いてますよ」


「あれはニコちーが居てくれたおかげで…」


 シャルルはそう言いながら助けを求めるようにニコの方を見た。突然視線を向けられたニコは特に慌てるようなことも無く口を開く。


「確かにシャルルさんは強いお方だと思います。ですが」


「ですが?」


「ユウヒさんは特別に強いですが、超獣はやはり恐怖の対象なのです。建物の背丈を超えるほどの大きさの怪物達と戦う、というのはやはり人の本能的にも恐怖を抱いてしまうのでしょう。私も当然”恐い”ですからね」


 ニコの言葉にユウヒはやや不満気な顔を浮かべた。

 しかしニコが笑顔を見せると確かにそうだと納得せざるを得ない。


 強いと豪語していたものたちは超獣を前にして呆気なく死ぬか、あれらの仲間入りを果たしていた。

 ナンバーズと呼ばれる一握りの者達であっても死ぬ時は死ぬ。

 所謂「ランク一桁」。

 ユウヒもそこに属しているからわかる通り、彼らは別格であり、超獣をただの”駆除対象”としか見ていないのだ。


 ランク7位相当だと言われていた頭のネジが外れているティアを倒し、カテゴリー5を難なく討伐したユウヒは当たり前だが一般的な基準ではない。


 超獣は元来から脅威であり恐怖の象徴だ。

 ユウヒは超獣に対して恐怖を抱くのを忘れていて、ただただ殺すべき相手だとしか考えていなかった。

 そしてその考えはこれからも変わることがない。


「では私が見守っているのでカテゴリー…」


「カテゴリー1、2あたりから倒した方がよろしいと思います」


「じゃあそうしましょう。その辺で雑魚を見つけてきましょうか」


 元よりマオから支給された武器の機能テストを兼ねている。マオはカテゴリー3程度の超獣からのデータを希望していた。だがそれは準備運動が済んでからでも問題ないか、とユウヒは考えた。


 一方でシャルルは常識人だと思っていたユウヒがかなり”イカれている”ことに気づいてしまった。

 こうなるともう助けはニコぐらいしかいない。

 シャルルから見たニコは「心優しいお姉さん」であり、末っ子属性のシャルルからすると懐く要素しかない人柄をしている。


(ユウヒ先輩だいぶイカれてるけど…ニコちーいると判断が優しくなってる?)


 シャルルは馬鹿だが人間関係への察しはいい。

 あのユウヒがニコ相手だとやけに判断基準を甘くしていることに気づいていた。

 とは言え、シャルルは馬鹿である。気づいたとしても真相には辿り着けない。


「ユウヒ先輩ってニコちーのこと好きなの?」


 そしてシャルルが馬鹿だと言うのはそんなことを口走ってしまうことから明らかで、シャルルの顔面に砲弾の如く飛んできた拳がめり込んでからシャルルは己の愚かさを呪うのであった。













 ◇◇◇◇













 雪景色の東京シティ北部崩壊領域コラープスは依然の東京とは異なる外観をしている。

 凍てついた大地。廃墟となった高層ビルよりも遥かに高い氷柱が、そう表現するに相応しいこの環境は超獣によって変動した海流や、超獣因子により変貌した特殊な植物によって摂取5度からマイナス100度の気温地帯となっている。

 ゾーン0はまだ肌寒い程度の気温ではあるが、シティから離れるにつれて環境は悪化していく。


 環境が環境なせいか北部は危険な超獣が多い。

 いや環境が厳しいからこそ強靭な超獣が厳選されていく。

 凍てついた大地は生命を厳選する。

 そしてそれらは例外なく人類の敵であった。


「びええええええええええ!!」


 そんな凍てついた大地に情けない音が轟いた。

 鼻水を垂らして泣き叫びながら走っているのは赤い髪をふたつ縛りにした少女。シャルルである。

 走っている、と言ってもそれは人が走る速度ではない。それこそ自動車のような速度である。


 それを追い掛けるのは当然だが超獣である。

 それは凍てついた大地だと言うのに平然と活動している蛇。コブラのような外観をした身体中から冷気を放つ蛇型の超獣である。

 体長は50m程。残念ながらカテゴリー1とか2ではなく、カテゴリー3に分類される超獣であった。


「だずげでニコぢー!!」


 シャルルが叫べば、一筋の流星がシャルルのことを追いかけていた超獣の眼球を貫いた。

 直後頭を破裂させるようにして現れる氷の剣山。

 超獣は廃墟となったビルを巻き込みながら倒れ、その死骸は即座に凍結して北部崩壊領域コラープスに転がるオブジェのひとつとなった。


「ユウヒさん…やはりやり過ぎでは?」


「その考えも一理ありますが、彼女あれだけ攻撃されたのにも関わらず無傷ですよ」


 白い息が天に昇っていく。

 ニコは自分達の隊長を見上げ「やめてあげたら?」と視線を送るが、ユウヒ「妥当」という視線を返してくる。


 シャルルは難なくカテゴリー1や2の超獣を倒していた。中型トラックほどの大きさの超獣相手ならば臆することなくたちむかい、単独でも倒すことが出来ていた。

 しかしそれで見てもシャルルの戦闘能力は卓越したものではない。取り柄はやはりその堅牢さにあるとユウヒは踏んでいた。

 とは言え武器がマオの制作したASWだけあって戦闘能力はかなり向上している。

 シャルルの背丈の二倍近くありそうな斧型のASW「試作一式 撃滅」はユウヒが討伐したカテゴリー5超獣の素材を元に製作されたASWである。


「戦闘技能を持ち合わせていないんですね」


「最初はみんなそうですよ。ユウヒさんは確かお師匠様がいらしたんですよね?」


「ええ。今はどっか行きましたけどね」


 ユウヒは旅立って行った師匠の顔を思い出す。

 あの日々はとても過酷だったし、充実していたと評価できる。


「私は教えるのが下手くそなのであの人のようにはなれませんね」


「やはりマオさんを頼るのがいいのではないでしょうか?」


「マオさんですか? あの人体力ないし、戦闘能力もない非戦闘員なので崩壊領域コラープスに連れ出すのは無理ですよ」


「それはそうなのですが、ランク10000以上が利用できるVR訓練所を使えるのではないかと」


「なんですかそれ」


 ユウヒはニコの口から出た見知らぬ単語に目を丸くした。ニコもまさかユウヒが知らなかったとは思わず目を丸くしている。


「えっと…去年できた施設でして、データに登録されている超獣と精神投入型VRシステムを利用して模擬戦闘が出来る設備ですね。正規軍の訓練に使われていたものでしたが、今はランク上位に限定してスレイヤーも扱えるようになっています」


 ニコがユウヒにそう説明してくれる。

 ユウヒは初耳だったがそれも仕方がない。何せ去年できた設備なのである。

 アカデミーに通っていたユウヒは知らぬのも当然であった。


「そこでマオさんが戦闘訓練に携わってくれたらシャルルさんの成長も見込めるのではないでしょうか」


「ふむ…。いいですね。是非やりましょう」


 ユウヒが納得し、早速マオに連絡を試みようとした時である。丁度ユウヒのStecに通知が飛び込んできて、勝手に音声が流れ始める。

 そしてそれはユウヒだけではなく、ニコのStecにも、下の大通りでぶっ倒れているシャルルのStecにも同時に届いたようだ。


『緊急連絡。カテゴリー3の中規模の群れが北部ゾーン1に接近中。付近のスレイヤーは直ちにこれを迎撃せよ。座標、北部ゾーン1 D-1-2-8』


「らしいですよ」


「みたいですね。助太刀しましょう」


「シャルルさん、伸びてないで行きますよ」


 ユウヒが高層ビルの屋上から飛び降りてシャルルのことを引っ張り起こすとシャルルは驚く程に長い鼻水を垂らしながら目を回していた。

 何回か揺さぶればシャルルは意識を取り戻し、そんなシャルルの伸び切っていた鼻水をニコがちり紙で回収していた。


「何事!?」


「ゾーン1にカテゴリー3の群れが出たらしいです。殺しに行きますよ」


「わかった!」


「さっきまでカテゴリー3に怯えてたのに大丈夫ですか?」


「ユウヒ先輩とニコちーいるから平気!」


 どういう理屈なのだろうか。

 ユウヒはまあいいかと思考を放棄し、超獣を撃滅する為にニコの車両へと戻ることにした。




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COLLAPSE─崩壊領域─ ゆきごん @yukigon

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