第41話
東京シティ北部に存在するゾーン0は比較的危険と言われている。
対超獣結界が作用している範囲内ではあるものの、それ以上にゾーン2から流れてくるカテゴリー1、2の数が多いのだ。
というのもこれには超獣の生態の関係や、下位の超獣が上位の超獣から逃げてくる為に起こる現象でもある。
北部のゾーン1以降のエリアに存在する殆どの超獣はカテゴリー3以上か、もしくは巨大な群れを形成したカテゴリー2だと言われている。
その頂点に君臨するのがカテゴリー5。
北部を雪景色に変えている元凶だ。
カテゴリー5もの超獣ともなると環境や地形を変動させる程の力を持つ。なにせユウヒ達が討伐したカテゴリー5のあの超獣は下手したら噴火中の火山となって動き回っていた可能性がある。
「そのカテゴリー5殺したら環境は戻るんですか」
真っ当な疑問ではある。
ユウヒがそう聞いたのは目の前にいるユウヒより背の低い、茶髪の少女。東京シティスレイヤーズ北部支部長ソフィアである。
「まずカテゴリー5を倒せるという前提で話を進めたとしても、答えはNoでしょう。植物型の超獣が環境に適応し、結果として北部ゾーン2以降に自生する植物が周辺の気温を低下させる能力を持っているようです」
ソフィアはユウヒの発言に突っ込まず、冷静にそう返した。
「あの環境は既に人類ではどうしようもありません。故にカテゴリー5を刺激する必要性は皆無なので周知しておいて下さい」
「なるほど」
場所は北部支部。ソフィアの元にユウヒが招集され、北部の事情や正規軍の作戦について話を聞かされているところであった。
ユウヒはお茶を出してきた大きさ50cm程の水饅頭のような謎の生き物に気を取られながらもソフィアの話を聞いている。
「外縁壁製作の目処が経ったようなので着工が開始されるようです。既に測量は完了しており、拡張するエリアも目処が着いているようですね」
「徐々に伸ばしていく作戦でしたか」
正規軍は前回の反省を活かして、一気に外縁壁を作ろうとするのではなく1kmずつの範囲を囲って少しずつその範囲を拡大していく作戦に出たようだ。
長期的なものになるらしく、正直なところユウヒの出る幕は今の所ない。何故自分に声が掛かったのかわからない程だ。
「簡単な話、もし前回のようにカテゴリー5に襲撃された場合、正規軍じゃどうしようもありません。対EMP防御は構築されつつあるようですが、そもそも超獣の起こすEMPは我々人類が知る技術ではない。正規軍もそれを自覚していて、だからこそ貴方がシティから離れることを危惧したのでしょうね」
「要は補欠ですか」
「ええ。正規軍からの正式な依頼なので文句なら正規軍に」
ソフィアはクレームはごめんだとでも言いたげに謎の生物むいむいを撫でている。
ユウヒは「カテゴリー5ぶっ殺してきて!」とでも言われるのかと思っていたがそうではないことを知り気を楽にしていた。
「で、それなんなんですか?」
「この子ですか? むいむいです」
「いや、そうじゃなく。超獣ですよね?」
むいむいという生き物はどっからどう見ても超獣である。
本来超獣というものは人間に敵対的で、人間を見つけるや否や草食系の超獣であっても容赦なく襲いかかってくるものだ。
普段食物連鎖を起こしているような仲の超獣であっても、人間を見るなり捕食被食と言った生物としての営みをやめて人間を殺す為に結託してまで襲いかかってくる。
超獣とはそういうもので、何故人間に敵対的なのかは不明だが友好関係を結ぶことはまず不可能である。
しかしむいむいと呼ばれるこの超獣は何故かソフィアに懐いているようだし、人間とも友好的だ。意味がわからない、というのがユウヒの感想である。
「私が以前討伐したカテゴリー4よりも強そうに見えるんですよね」
「むいむいはいい子ですよ。超獣を駆除してくれますけど、敵対などはしませんので」
「…」
話の論点が変わっている。
何故かソフィアがむいむいを見る目が我が子を慈しむ母親のような目であるので特に突っ込む気にもなれない。
ソフィアがそんな謎の生物を大切そうにしている理由はわからないが、無害なのならユウヒには関係のない話だ。
「ともかく、貴方はしばらくの間北部で活動していただきます。もし自宅からの勤務が遠いようでしたら寮を貸し出せますが」
「いえ、走れば秒で来れるので。それに私には家族がいるのでセキュリティいいとこじゃないと住めないんですよ」
ユキが誘拐された件もあり、ユウヒはシオリが紹介してくれたセキュリティ会社と契約を結び、そのセキュリティ会社が警備にあたる中央近くのマンションに引っ越している。
単身赴任という手もあるがユウヒはそんな手は選ばない。姉が自分から離れるなど心配過ぎてどうにかなりそうだからだ。
「すぐに来れるのなら構いません。もし何かほかに質問があるなら今聞いておきますが」
「ティアさんここに置いといて平気なんですか?」
「控えめに言ってダメです。被害が出たら請求させていただきます」
「本部の方に送っといてください。私は彼女が問題を起こしても責任を取らない契約を結んでいるので」
「変な所は頭が回るようですね。彼女が暴れそうならすぐにでも手網を握ってくだされば文句はありません」
ソフィアはかなり正直な人間でユウヒがランク9位の英雄だとしても忽然とした態度を崩すことはなかった。ある意味、業務上であれば十分に信頼に当たる人間だろうとユウヒは考えた。
ソフィアの執務室を後にしたユウヒは待機していたシャルルと付き添いのティアの元へとやって来たのだが……シャルルが涙目で頭を抑えて蹲ってるだけでティアの姿がない。
「シャルルさん?
「うぅー! なんか強そうな人たくさんいるって言ってどっか行っちゃったよぉ…」
見ればシャルルの額がやや赤くなっていて、それに加えて筒状の金属が内側から破裂しひしゃげたような形で地面に転がっている。対超獣用閃光手榴弾だ。
「はぁ…。まあ見に行きますか…」
ユウヒはティアが向かっただろうエントランスに足を進ませる。
意外なことにエントランスでは争いが起きておらず、一つの集団がティアと向かい合ってなにやら会話をしている光景があった。
崩壊主義者とは違うが、独特な赤い紋章の入った黒いローブを身につけた何処か胡散臭い宗教家の集まりのような集団である。
その集団のリーダーと思わしき男がティアとなにやら話し合いというか、言い合いをしている。
「───故に世界は炎の円環によって導かれ、終末は炎の蛇によって訪れるのだ!」
「どうでもいいんですけど戦いませんか? 貴方強いですよね?」
関わりたくない。
ユウヒは他人のフリしてこの場から帰ろうか悩んだ。
しかしティアは目敏い。特に強者の匂いがすると直ぐに嗅ぎつける。だからユウヒがエントランスに足を踏み入れた瞬間からティアの瞳にユウヒの姿がガッツリと映り込んでいるのはユウヒにも理解出来た。
「先輩ー!」
ユウヒは目を細めた。
ティアが手を振ってこちらに来るようにと催促している。
ユウヒが覚悟を決めてそちらに向かって歩き出すとエントランスに滞在しているスレイヤー達は興味津々にそれを眺めている。
よく考えるとティアがいるのにも関わらずここのスレイヤーは逃げ出していない。
余程の無謀者しかいないのか、なんなのか。ティアに勝てる人間など早々いないだろうに。
「えーっと、すみません。うちの犬が」
「先輩、私は猫派ですよ」
「聞いてない」
「良いのだ。狂いし魔人も我らが教えを理解する日は必ず来るだろう。それに汝もまた火炎の蛇が世界を飲み込むまでの同志の一人。今は同志で争う暇は無いのだ」
やばそうな連中である。
なによりキャラが濃い。目の前の男は特に。
北部支部は厄介者の集まりだと聞いている。
マオが言うには北部支部の死傷率は一昨年までかなり高かったそうで、それはスレイヤーズが「危険因子」と判断したスレイヤーを北部ゾーン2に派遣して「始末」する為であるとも。
ソフィアがここの支部長に就任してからというもの死傷率は低下し、今となっては最も猛者の集まる支部となっているようだ。
ただ北部はやはり厄介者払いの行く先であると言うのには変わりなく、猛者は確かに多いが俗に言う”変人”がその大半を占めている。
つまりこの目の前の男もそうなのだ。
「おっと、紹介が遅れた。同志よ、私はサラマンダー隊隊長ネ=ジウ=サラマンダ。炎の蛇を見守りし者だ」
「あ、どうも。じゃ、これで」
ユウヒはティアの首根っこを掴むと早々にその場を立ち去ろうとした。されどサラマンダー隊隊長ことネ=ジウ=サラマンダは容赦がない。
「待ちたまえ同志よ」
「同志ではない」
「なに、炎の蛇はいずれ世界を食らう。それまでの僅かな時間を過ごす我々は皆同志。見届ける者共だ」
「普通の日本語で話してくれません?」
やたらと理解不能な言葉を使われてユウヒは苛立つ。
相手が男なのもそれに拍車をかけた。ユウヒは男性という生き物があまり得意ではない。
「サラマンダー隊と言えば北部支部のメイン火力ですよ先輩」
「へー。なんか炎関係のモッドとか使うんですか?」
「否。我々は魔術を扱う。炎の蛇の力の一端を拝借するのだ」
「マジックですか」
ユウヒは知らなかったがサラマンダー隊はかなりのベテラン部隊なようで、東京シティ創設時から活動している大古参であった。
最年少が若くて三十代と年齢層も高く、なにより歴戦。その戦闘は独特だが、「立ち位置」を理解している彼らは複数のチームからなる集団戦でその本領を発揮する。
サラマンダー隊はその全員が「マジック」を保有している珍しいチームだ。 なんでも炎系のマジックを扱えないと加入できないらしく、その宗教的なチームからは考えられないほど北部での防衛に貢献しているようだ。
「あ、ジウっちだ!」
ユウヒに少し遅れて閃光手榴弾とティアの大鎌の攻撃を受けただろうシャルルが満面の笑みでやってくる。
対超獣閃光手榴弾は当然殺傷能力も秘めている代物なのであの程度で済んでいたシャルルはおかしい。
それにジウっちなどという渾名をつけているあたり、この二人は旧知の仲なのだろうか。
「おお、同志シャルルよ。息災であったか」
知り合いなようだ。
いえーいと言いながらハイタッチしている当たりそれなりに仲がいいのだろう。
「へー、シャルルさんってチーム追い出されたとか何とかって言ってませんでしたっけ」
「ああ、その話は有名だ。頭が悪すぎてたらい回しであったと話聞く。炎の蛇の眷属ともならば世界の真理を理解できようと言うのに」
「ジウっちはそもそもマジックのニューしかチームに入れないから縁がなかったんだよ!」
そういえばこの男は変わり者だった。
シャルルは北部支部で活動していたが、最初に招待されたのは南部のスレイヤーのチームだったらしい。
一度は南部に行ったが活躍できず、また北部に戻され、成果を上げるとまたスカウトされ、そしてまた北部に戻される。
そんなことを繰り返していたようだ。
北部支部のスレイヤーとは顔馴染みが多いようだが、北部支部のチームはシャルルを受け入れなかった。
当然頭が悪すぎるのが理由なようだ……と思ったがどうやら違うらしい。
「同志シャルルは強過ぎる。故に北部で死なせる人材ではない。ソフィア嬢もそれを見抜き同志シャルルを中央に行かせようとしていたのだ」
会話をしていくうちにジウの口からそんな言葉が出てきた。
シャルルの強さを見抜けるということはやはり北部支部のスレイヤー達は侮れない。特にここの指揮官ソフィアという少女もだ。
「結果として汝に見初められたのは良い結果だった。同志ユウヒよ」
「シャルルさんを追いやったチームに見る目がなかっただけでしょう。馬鹿ですが、馬鹿は努力で解決できる」
「馬鹿じゃないよ!!」
いや馬鹿だよ。とは言わないでおこう。
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