Stop shooting! 宇宙警備隊本部命令、届く!(最終話)

 朝、ベッドで目覚めた俺は、何の違和感もなく起き上がれるようになっていた。


 俺と同様に気を失っていた黒波は、ルナたちが一旦俺と一緒に家へ運んだ後、その日のうちにおじいさんとおばあさんが待つ自宅へ連れていった。

 黒波が言ったように、傷はすぐに塞がり、出血も止まったものの、衣服はぼろぼろだったらしい。それでルナたちはテーブルに置いていた俺の財布を使い、閉店間際のスーパーで適当な普段着を買って着せてやった。お陰で、今の俺はすっからかんだ。

 深夜になって実家に送る頃には、黒波の意識も戻り、ゆっくり歩けるほどにまで回復していた。おじいさんとおばあさんには、学校からの帰りに貧血を起こして倒れ、服も汚れ、近所の俺の家で休ませてもらい、ルナの服を借りたと説明している。


 それにしても、翌日の学校は大騒ぎになっていた。

 ほとんど完成していた体育館の内部が、何者かによって滅茶苦茶に破壊されていたからだ。

 校内には大勢の警察官が入って現場検証することになり、この日は臨時休校となった。もうちょいのんびりだらだらしていたかった俺にとっては、ラッキーな展開だ。


 授業が再開した火曜、俺とルナたちは普段通り登校した。学校の正門には何人ものマスメディアのカメラマンや記者が張り付いて、時折出入りする警察官や、登校時と下校時の職員、生徒にインタビューを試みていた。黒波は、体調不良という理由で欠席している。

 テレビやネットのニュースを見る限り、警察では犯人の手がかりを全くつかめず、複数犯が工事用の機材を持ち込んで館内を手当たり次第に壊したと見ているようだ。

 一部のマスメディアは、同様に犯人を特定できない城址公園損壊事件と結びつけ、二つの事件は同一犯で、謎の破壊魔集団が街に潜んでいる、とセンセーショナルな報道で煽っている。ある意味鋭い、と言えば鋭い推理だろう。


 家の中にいる時の俺やミラはごろごろとテレビを見たり、コミックを読んだりしてるのに対し、マルはマルチタスクギヤを頻繁に操作している。

 マルは、最後の脱走犯との戦闘後、この機械のメッセージ機能を使って宇宙警備隊本部に顛末をすぐさま報告していた。もちろん、〝紅い悪魔〟に関しては伏せて。その返答や、救援隊が地球に到着するスケジュールを少しでも早く受け取りたくて、にらめっこを続けてるんだ。


 ルナは……あまり元気がない。

 宇宙警備隊の本部からメッセージが届いたら、とうとう俺は彼女たちとお別れになってしまう。ルナの元気がないのは、もしかして俺との別れを惜しんでるからだろうか?

 俺だって、まだ行って欲しくない。少なくとも、俺の心の中に芽生えたルナへの好意的感情の土台があやふやなモノなのか、それとも揺るぎないモノなのか。もっとはっきり自覚できるまでは……。


 けれど、そんな俺のわがまま勝手な希望が、宇宙警備隊本部に受け入れられるはずもないし、例えルナが側にいてくれたとしても、俺たちの仲がさらに進展し、カップルにでもなる可能性なんてあるだろうか?

 彼女たちの仕事は、無限に広がる大宇宙を飛び回り、いつも危険と隣り合わせの超激務。国が違うどころか、星が違い、生きている環境が根本的に違う。そんな相手と常に気持ちを通わせ、楽しく平和に暮らすなんて、もともと夢物語だろ、大鳶貴賀!………………そう何度も自分に言い聞かせる。


 彼女たちを見送れば、もう二度と会うこともないのだろう。それなら、今は目の前にいるルナの顔を、姿を一分一秒でも長く見ていたい……この目に焼き付けておきたかった。


 そして翌日、水曜の朝。運命の時がやってきた。


 マルは一番に早起きして、マルチタスクギヤのチェックに余念がない。朝の苦手な俺とミラをルナが強引に叩き起こし、朝食のミルクと菓子パンとドラゴンフルーツを食べさせる。彼女らが家に転がり込んでから登校前に繰り返されている、忙しない朝の風景である。

 ルナに追い立てられるようにして身支度を整えた俺とミラは、玄関に出て靴を履く。三人が用意万端整えたというのに、マルがまだ部屋に残って機械をいじっていた。


「ちょっと、マルさん、もうそろそろ出ないと、今日も遅刻しちゃうわよ!」


 ルナに促され、マルは画面に見入ったまま手を振る。


「ふにゅ〜〜〜、わかった〜〜〜〜。もう終わるさかい……ああっ!!!」

「どうした?マルチタスクギヤのバッテリーがとうとう切れたのか?」


 ミラの問い掛けに、マルは嬉々として頭を左右に振った。


「メッセージが届いたんや、今!宇宙警備隊本部から!」


 とうとう、来てしまった!ミラの言葉が、衝撃をもって俺の全身を強ばらせた。

 ルナとミラが真顔になり、身を乗り出す。


「本部からは何て言ってきたの?」

「脱走されたのはまずかったけど、一応全員見つけたし、殺処分とはいえ、自力で収拾したんだから、ちょっとはお褒めの言葉も書いてあるんじゃないか?」


 メッセージを読むマルの顔色が、どんどん青ざめていく。


「マルさん、どうしたの?」

「何が書いてあったんだ、マル!」


 あんぐりと口を開けたマルが、こっちを向いた。


「今から日本語音声で読み上げさせるさかい、自分の耳で聞いて……」


 弱々しい声で言ったマルが、マルチタスクギヤの操作面に手を当てる。


「宇宙警備隊本部命令……綺羅の国時間五四三〇〇八九七九恒星刻……アンドロメダ銀河方面偵察大隊・第五百七十九万八千七百五十三分隊殿……」


 男とも女ともとれる合成的な音声が流れ、玄関に立っている俺たちは耳を澄ました。


「マルフレーゼンからの報告を元に、地球上空の大気圏外に配置した超高感度衛星カメラの記録映像と、地球上に配備する極小調査ロボットによるリサーチによって、事実内容を確認した。その結果、護送中の囚人に逃げられる大失態を犯しただけでなく、複数の惑星で囚人が逃走に使う宇宙船や食糧・金品などを強奪するのを許し、最終逃走先の地球においては現地人がオーラを吸引される被害を防げず、殺処分強制執行時には複数の現地公共建造物を大破させるなど、宇宙警備隊員にあるまじき不注意・不作為と乱暴行為の数々は目に余る。よって、宇宙警備隊就業規則・第一六四条にある懲戒処分の事由に該当すると認め、貴殿ら三人を減給及び戒告とする。これに伴い、本日付をもってアンドロメダ銀河方面偵察大隊の任を解き、新たに現装備のまま銀河系内の太陽系第三惑星・地球駐在員を命ず。任期は無期。当面の間、報酬は全カットされ、非常食とマルチタスクギヤ用交換バッテリーのみは定期的に搬送、支給する。駐在期間中、大いに反省し、業務に精励すること。以上」


 しばしの沈黙の後、ミラがガックリと膝をつく。

 俺に振り向き、肩をすくめるルナ……その表情は、へこんでいるというのじゃなく、どこか晴れ晴れとしているように俺の目には映った。


「あの……貴賀さん、とても言いにくいことなんだけど……もうしばらく、わたしたちをこのお家に住まわせてくれない?」

「ええっ!?……」


 俺の返事も待たず、ミラが頭をかきむしる。


「ウソだろ?ウソだって誰か言ってくれよ。まさか、こんな未開惑星に無期の駐在だって?体のイイ流罪じゃないか。あり得ない!あり得ないぞ〜〜〜〜〜!」


 マルはしょんぼりと玄関までやってきて、ミラの肩を軽く叩いた。


「まあ、住めば都て言うやないの。貴賀はんがいっつも買うてきてくれる地球の食べ物は案外いけるし、宇宙警備隊が装備を検討してる最新兵器の技術資料なんかを読破して研究するにはちょうどええ長期休暇になるえ。それに、この星にはいろんな異星人がやってくるみたいやから、中にはお尋ね者の凶悪犯が紛れ込んでて、手柄を立てる機会かてあるかもや」

「よくそんな暢気なこと言ってられるな!あたいたちは、この星で……」


 ピンボ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン!


 ミラとマルの会話に水を差すかのように、玄関のチャイムが突然鳴った。

 すぐに出るつもりでカギを外しておいたドアが、スーッと開く。


「おはよう!大鳶くん!」


 ドアを開け、笑顔で立っているのは黒波ソラだ。


「黒波さん!元気になったんだね!」

「ええ、みんなのお陰で、すっかり。今日から登校するわ」

「で、どうして俺の家に?」

「だって大鳶くん、いつも遅刻ギリギリで登校するでしょ?教室の窓から、駆け込んでくる君の姿を何度も見てた。で、これからはあたしがちゃんと呼びに来てあげようと思って」

「えっ!一緒に登校?……にしても、どうして急に俺の世話を焼いてくれるの?」

「大鳶くんは、特殊な生命エネルギーを持ってる貴重な地球人なのよ。これからも、どこかの異星人に狙われる可能性だって十分あるわ。だから、あたしがこれから大鳶くんを守ることにしたの。あたし……君のボディーガードになってあげる」

「「ボディガード!?」」


 思わず、俺とルナが素っ頓狂な声でハモる。

 黒波は、はにかみながら俺をチラッと見る。まさか、彼女は本気で俺に好意を持ってくれてる?……マジで?


「あの、黒波さん、ご厚意はとても嬉しいんだけど、貴賀さんにはわたしたちが付いてるし、遠回りをしてこんな場所に毎日来てもらわなくても……」


 対抗意識を燃やしたのか、ルナがやんわりと断りを入れるが、黒波は首を傾げる。


「でも、皆さんはもう近々アンドロメダ銀河に帰っちゃうんでしょ?」

「いえ、それが、まあいろいろあって、もう少しこの星に留まることになったから……」

「そうなんだ……じゃあ、それはいいとして、今もこんな時間なのに、星野さんなんかまだ鞄も持ってないし、靴も履いてない。奥の部屋は電気がつけっぱなしだわ。ぼやぼやしてたら、今日もまた大鳶くんを遅刻させちゃうわよ」

「マルさんはちょうど今、鞄を持って靴を履くところなの。さあ、マルさん、早く支度して!」

「はぁ〜〜〜〜〜い」


 適当な返事をして部屋の奥に戻るマルを見やり、ミラは俺のお迎え問題については全く無関心らしく、黒波に視線を向けながら「あ〜〜〜〜あ」と大きなため息をついた。


「こいつを助けたばっかりに、あたいたちはとんだ貧乏くじだぜ」


 ミラの嫌みに、ルナが敏感に反応する。


「ちょっとミラさん、今更そんなこと言わないの!」

「あたしのせい?」


 黒波がきょとんとした。


「ううん、ちがうの、こっちの話。ちょっと今取り込んでて」


 ルナはミラをにらみ、慌てて取り繕う。


「取り込んでるのなら、あたしたちだけで先に行くわね!」


 そう言うが早いか、黒波が俺と腕を組み、ぐいっと引っぱった。この娘の本当の姿が、あのキュラス星人であるのは頭でわかっているものの、外見はどこからどう見ても日本人の美少女なんだ。情けないことに、自然と気が緩んでしまう。幼稚園でのお遊戯以来、女子から腕組みされるなんて経験、これっぽっちもなかったんだから当然だ。


「ちょっと、待ちなさい!」


 顔色を変えたルナが、すぐに追いかけてきて、黒波とは反対側の腕を組んできた。


「えっ?ルナ……」

「黒波さんはクラスも違うんだし、そこまで細かなことを心配してくれなくても構わないのよ。クラスメートの〝わたし〟がケアするから」

「クラスは違っても、大鳶くんは生物部の仲間なんですもの。クラスメートよりも部活仲間の方が絆は強いわ」

「貴賀さんはまだ、生物部になんか入ってないでしょ?」

「なんかとは何よ。もうすぐ入ってくれるのよ。ねえ、大鳶くん?」

「そうなの?貴賀さん?」


 二人に愛想笑いでごまかしつつ、俺は後ろを振り向いた。

 部屋を出てきたミラとマルが、気の抜けた、それでいて呆れたような表情で付いてくる。

 ルナと黒波は、両側からさらに力を込め、体を俺に密着させて、牽制と嫌みをオブラートに包んだ言い合いを続けている。

 二人ともが異星人ではあるけれど、ルナと黒波にぴったりと挟まれ、〝両手に花〟とはこんな状態を言うんだろうか。


 ん!?黒波は豊満な胸をギュッと俺の腕に押し付けてる!……これ、ワザと?ワザとだよね!

 んん?もう一方の腕にも心地良い感触が……って、ルナも同じように胸をぐにゅっとくっつけてきてるぞ!この目で一糸まとわぬ現物こそ見てないけれど、戦闘コスチュームのシルエットから紛れもなく推測される、形の良い、大きくも小さくもない俺的には理想的な美乳を!

 衣服越しの感触とはいえ、体の奥の方からカーッと熱を持つような、内側からもぞもぞと波だってくるような……これは、この世の極楽だろうか……。

 ウキウキと胸がときめく一方で、まだほんの少し残っている理性が、俺はこれからとんでもない騒動に巻き込まれるんじゃないかという警告を発する。


 ええいっ!!!ウジウジ考えていたって、どうにもならん。なるようになるさ!


 俺をサンドイッチ状態にするルナと黒波は、延々と水掛け論のような問答を続けている。

 耳元で響く二人のかん高い声も、今の俺にとっては心地良い。

 しかしこの時、不思議な幸福感に包まれ浮かれてる俺はまだ知らない。自分の理性が警告した通り……近い将来、ルナや黒波を巻き込んで絶体絶命の大事件に巻き込まれるなんて……。

                                (おわり)

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怪物から助けてくれた三人の美少女は宇宙警備隊員で、止むに止まれぬ事情から奇妙な同居生活が始まり、ちょっぴりエッチな方法で変身して戦います @novak

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